解体と受付嬢
大賢者ナシリスのエンチャントの効果は絶大で、アーマードベアの硬く斬撃耐性のある毛と皮を容易く切り裂く威力に歓声が上がる。
「切れ味が増しておるからの。注意するのだぞ」
「はっ! お前たち! 大賢者ナシリスさまがこれだけしてくれたんだ! 今日中に終わらせるぞ!」
「おおおおおおおおおおっ!!」
男たちの声が解体場へ木霊し作業に取り掛かり、アーマードベアは皮が剥がされ巨大な爪や牙が剥ぎ取れ、肉の繊維に沿わせ肉や筋が剥ぎ取られて行く。が、切れ味が増している事もあってか多少ナイフが入り過ぎただけでその筋は切れ使い物にならなくなるが、それでもプロ集団はすぐに慣れ魔石を取り出す。
「こいつはすげーな。これほどの魔石なら王都でオークションに掛けるべきだな」
後ろから聞こえた声に振り返ると解体している厳つい集団よりも更に厳つい顔をした男が現れリンクスと視線が合うとニッカリと笑う。
「レスターさん、お久しぶりです」
「ああ、リンクスも元気そうで安心したぞ。それに大賢者ナシリスさま、御無沙汰しております」
厳つい顔をしているが営業マンのように腰を折り頭を下げるレスターはグンマー領の冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスターであり、元冒険者でAランクを今でも所持している凄腕である。頬や顔に大きな傷があり如何にもの風貌だが誰よりも冒険者の安全を考え、初心者講習なども積極的に行い若い冒険者からは尊敬を集めている。
「うむ、久しいの。ワシがここに来るのは三年ぶりだが良い顔になったな」
「顔を褒めて下さるのは大賢者ナシリスさまぐらいですよ。ガハハハ、それにしても大量の魔物を……これは俺も出た方が良さそうだな」
そう口にすると壁に掛けてある巨大な斧を手に取りメタリックに輝くアイアンアントへと足を向け一気に振り下ろし頭と胴を二分させると解体場に歓声が上がる。
「おおおお、ギルドマスターが出てくれるのなら本当に今日中に終わるかもしれないぞ!」
「アレが『芝刈り』と称えられたギルドマスターの一撃!」
「アイアンアントの硬い甲殻も『芝刈り』の前にはただのアリだな!」
盛り上がる男たちを尻目に巨大な斧を使いアイアンアントを解体するレスター。振り下ろされる巨大な斧の一撃はダイナミックだが関節をきちんと狙い正確な斬撃は体内の魔石を傷つけることなく取り出す。
「うむ、ここは任せて次へ行くかの」
「そうですね。あの腕なら問題ないでしょう。後は水あめですね」
「受付で水あめが売っている場所を聞いて出ましょうか」
解体場には明日来ることを約束し冒険者ギルドのギルドホールへと戻ると受付嬢が大量の金貨と銀貨を数え、それを羨ましそうに見つめる他の受付嬢たちと冒険者たち。
「絶界は稼げると聞いたがここまでの金貨が積まれるとか、どんな素材を持ち込んだんだ?」
「ほら、大賢者さまが街に降りて来ていると噂になってただろ」
「げっ!? 『水遊び』だ」
冒険者たちから上がる声に苦笑いを浮かべるリンクス。以前の買い取りで絡んできた冒険者を相手に喧嘩を売られ、今いるギルドホールを水浸しにいた過去が頭に過ったのだろう。
「リンクスさま! 査定は終わりましたよ~」
目が金貨の形をしている受付嬢が手を振り満面の笑みで出迎え、内容を聞きながら受け取るリンクス。大賢者ナシリスも内訳を聞きながら納得し、ティネントは後ろからの尊敬や畏怖の入り混じった視線に不快感を覚えるが水あめの資金が手に入ったことに納得し心を落ち着かせる。
「こちらの方は全部で金貨200枚と銀貨47枚です。内訳は先ほど説明した通りです。最近では薬草関係も不足気味なので、採取してこられるようなら宜しくお願いします」
「はい、できる限り採取しておきますね。明日の昼までには解体したものを取りに来ますのでそちらもお願いします」
「お任せ下さい! ただ、当ギルドにも手持ちの金貨の限界がありますので、支払えない時は手形を発行させて下さい。物によっては王都のオークションで売らせていただくかもしれませんが宜しいですか?」
「うむ、それはリスターを信頼しておるから構わん。今まで通りで頼むからの」
「はい、ではそうさせていただきます」
丁寧に頭を下げる受付嬢。リンクスは受け取った金貨を指輪に収納すると冒険者たちからはひそひそと小声で話す声が広がり、収納という便利機能が付いた指輪に視線が集まる。
「あの指輪だけでも一生遊んでくらせる価値がありそうだな……」
「収納の指輪とかアイテムバッグよりも高価だよな……」
「あれがあればもっと稼げるのによ……」
そんな声を耳にしたリンクスは指輪を手で隠しながら口を開く。
「水あめを購入したいのですがお勧めの店はありますか?」
「水あめですか? それなら西の商業区画とかですね。水あめの値段はどの店も安く売ることが禁止されておりますので変わりませんが、入れる容器がガラス製なら高価になりますので壺で売っているお店の方がお得に買えますよ。入れ物を用意して問屋で買えばもっと安くなりますね」
「一律なのですか?」
「はい、水あめは作っている場所が同じで領主さまから各店に売り出す価格を決め販売されております。個人で作ることは禁止されていますが、水あめ自体が安価なので問題なく販売されています。最近では水あめ用の小さな壺を作る職人が増え街が更に活気づいていますね」
「うむ、すれ違う子供が小さな壺を持っておる姿を見たが、水あめを入れておったのか」
「そうですね。子供たちにも人気ですし、冒険者の中にも携帯食として持ち歩いたりお守りとして首からぶら下げたりする人もいるらしいですよ」
「御守りですか? そのような効果があるのですか?」
ティネントが首を傾げるが後ろの冒険者の中にも首から小さな壺を下げているものも少なくない。
「以前、東の森で行方不明になった冒険者の方が持っていた水あめのお陰で助かったという話が話題になり、栄養補給に効果があると立証されたからではないかと。他にもダンジョンで窮地に陥ったパーティーが生還した際に首から下げていた事もあってか、無事に帰還できる御守りとして有名になりましたね」
「そういえば引率した冒険者の中にも首から下げている者がいましたね……その効果でしょうか?」
顎に手を当て考え込むティネントに肩を揺らす大賢者ナシリス。
「うむうむ、商売戦略だろうが働き口が増えるのは良い事じゃの。ほれ、そろそろ行くぞ」
「ご利用ありがとうございました。次は薬草関係を宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げる受付嬢と別れ冒険者ギルドを出ると多くの人だかりがあり歓声が上がる。
「大賢者さまだ!」
「うちの息子を助けていただき感謝しますぞ!」
「アレが『水遊び』か!」
「勇者一行の大賢者ナシリスさまだぞ!」
集まった民衆の歓声に顔を引き攣らせたリンクスはそうしたものかと思っているとティネントから耳打ちされ頷き、大賢者ナシリスはアイテムボックスから杖を取り出すと空へと舞い上がる。
「行きますよ」
ティネントからの声に頷くと一気に空へと飛び跳ね、リンクスも後ろ襟を掴まれ一緒に空へと舞い上がるのであった。
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