ハズレなしと残業確定
リンクスがお姫様抱っこをするとティネントは眉間に皺を寄せ複雑そうな表情へと変わり、大賢者ナシリスはニヤニヤとしながら口を開く。
「うむうむ、女性は大切に扱わねばの。ほれ、すぐに馬車を連れて来るだろうから外へと向かうかの」
「また来てくれよ!」
「ドア開けますね!」
グラスを掲げ見送るドワワラ、レジから急いで出て入口へと走るミモリ。リンクスも振り返り軽く頭を下げてから足を進める。
だ、ダメですわ……なにも考えられない……このような形で運ばれるのはパパ以外に……幼い頃を思い出しますが、それとは明らかに違って……キュゥー
普段から警備隊の男たちに混じって戦闘訓練に参加しているラフィーラではあるが、お姫様抱っこという形で運ばれることは幼少の頃以外にはなく、密着し更に抱き上げられるという体験に恥ずかしさを覚え、更には遠征訓練や風邪からくる発熱などが重なり意識を失う。正確に言えば意識を失ったのではなく防衛本能が体を休めようと眠ったのだが……
そんなラフィーラのお姫様抱っこを羨ましそうに見つめるミモリは目の前に急ぎ停車する馬車のドアも開けようと足を進め、御者席から急ぎ降りるメリッサはリンクスにお姫様抱っこされる状況に一瞬戸惑うも、ミモリが開けたドアへリンクスが気を使いながらラフィーラを運び座席に寝かせる姿に慌てて追い掛け状況を確認する。
「お、お嬢さま!?」
「眠っただけだと思うのであまり大きな声は……」
「失礼しました。ですが……大丈夫そうですね」
顔が赤いが呼吸はそれほど荒くはなくホッとするメリッサ。リンクスは指輪の保存機能から瓶を取り出しメリッサに手渡す。
「これは風邪薬ですので起きたら食べさせて下さい。そのまま食べられますが甘みが強く苦手だったら水やお茶と一緒に食べさせて下さい」
手渡されたそれへ視線を移しながら話を聞くメリッサ。
「あの、風邪薬ですよね? 私が知る風邪薬は粉状の物しか知らず……」
ビンには水分とカットされた果肉らしきものが入っており、傾けるととろみがあるのかゆっくりと中の果肉が動く。
「それは世界樹の果実を蜂蜜で煮たものです」
「うむ、風邪の特効薬で間違いないの。まあ、それひと瓶で城が買えるぐらいの価値があるがの」
馬車のドアから身を入れて話すティネントと大賢者ナシリスの言葉に口をあんぐりと開けて固まるメリッサ。後ろでそれを聞いていたミモリも同じように固まり、リンクスは指輪から毛布を出すと眠るラフィーラに掛け馬車から出ようと振り返るがまだ固まったメリッサがおり、正気に戻るまでゆっくりと待つのであった。
正気に戻り何度も頭を下げたメリッサが馬車を引き領主館へと戻るのを見送ったリンクスたちは昼近くなり冒険者ギルドを目指していた。
グンマー領の街は十字に大通りが走り東西南北の門が存在し、北には絶界と呼ばれる危険地帯があり冒険者たちは絶界の森に入り魔物や薬草などを集め冒険者ギルドへと運び入れる。その為か北には多くの酒場や飲食品展が並び、屋台も多く食べ歩きに適している。
西側には多くの巨大な工場があり特産品である酒や水あめに醤油や味噌を製造し、東側には住宅地が広がっている。近隣の街は南側にあり塗装された道が南続いており多くの馬車や商人が出入りしている。
「人が多くなってきたの。スリには注意するのだぞ」
「注意っていっても、持ち物はすべて指輪の中ですよ」
「私からスリができるような存在がいるとは思えませんが、注意はした方が良さそうですね。ギラギラとした瞳を向ける者たちがいます」
「ああいう類いは相手にせんのが一番だの。ほれ、行くぞ」
大賢者ナシリスが先頭を歩き冒険者ギルドのある北へ足を進める。露店からは元気な客引きの声が上がり大賢者ナシリスの顔を見るとその掛け声は途切れ驚きの表情へと変わり、すれ違う者たちも綺麗な二度見をする姿にリンクスは笑いを堪える。
「ここだの。三年前から変わっておらんな」
三階建ての大きな冒険者ギルドの前には掲示板があり多くの依頼が張り出されている。薬草の採取から魔物の素材や近隣の村までの護衛などや、常時依頼される隣町に続く街道近くに出没する魔物の討伐とその報酬が書かれておりリンクスの視線が向くがティネントに背中を押され足を進め冒険者ギルドの中へと入る。
中は広く吹き抜けになっており五つの受付と冒険者だけが利用できる食堂などがあり、昼時と重なり数組の冒険者が利用し食事をしている。
「おっ! リンクス! お前も昼食か?」
声を掛けてきたのは先日も一緒に戦った『月の遠吠え』のリーダーで尻尾を振り大きく手を振る。
「悪い、これから買い取りを頼んだ後はティネントさんが行きたい店があってそっちで食べるからさ。また今度な」
「ああ、今度な~」
大声でのやり取りに視線を集めるリンクスは大賢者ナシリスに追いつくべく駆け足で受付へと向かうと、満面の笑みを浮かべる受付嬢。リンクスが持ってくる品々はどれも絶界の魔物の素材でありどれも高値で売買されるため、受付嬢の間では「『水遊び』にハズレなし」という格言があり、暇そうにしていた他の受付嬢たちは肩を落とす。
「リンクスさま、それに大賢者さまも、ようこそ冒険者ギルドへ! 買い取りですね?」
「はい、それとまだ解体していない魔物もあって、それもお願いできますか?」
「もちろんです! 噂ではアーマードベアやツリーレオパルドなどもあると耳にしております。遠征隊の成果も中々のものでしたがリンクスさまが持ち込んで下さる素材はどれも私のボーナスに響く素晴らしいものですから、すべて買い取らせて頂きます!」
受付から身を乗り出して叫ぶ受付嬢に若干引きながらも指輪の保存機能から売却用の魔石や受付カウンターに乗る小さな素材を置くと目が金貨に変わる受付嬢。
「後は大きなものが多いので解体場に運びますね」
「はぁ~い! 解体場へお願いしま~す!」
テンション高く魔石を鑑定する受付嬢。その姿に呆れたティネントはリンクスの後を追い解体場と書かれたプレーとのドアを開けて足を踏み入れる。
血生臭い香りが立ち込める解体場には多くの屈強な男たちがおり、リンクスと目が合うと顔を引き攣らせる。
「来ると聞かされていたがもうなのか……お前たち! これからが本番だぞ!」
「おおおおおおおおおお!!!」
解体場に木霊する男たちの声に暑苦しさを感じつつもまだ解体していないアーマードベアを指輪から取り出し、他にもツリーレオパルドやニードルラットにサーベルパンサーを積み上げる。
「おいおい、流石にこれは多すぎるぞ……」
「アーマードベアだけでも半日は掛かるぞ……」
「他にもアイアンアントやブラックグリズリーとかもあるのですけど、大丈夫ですかね?」
「……………………」
思わず絶句する男たち。受付には「『水遊び』にハズレなし」と呼ばれているが、解体場の男たちからは「『水遊び』の残業確定」と呼ばれその作業が深夜まで掛かることも少なくない。ただ、それはそれとして残業代が出るのでそこまでブラックということはないが、本日は朝からラフィーラたちが遠征で討伐した素材や解体を任されやっと終わったタイミングでの大量搬入に絶句したのだろう。
「屈強な男たちが情けない。スタミナ回復ポーションと解体用のナイフなどにエンチャントでも施してやればすぐに終わるでしょう」
「うむ、そうじゃの。ワシも早く帰りたいからの。どれ、解体用の道具を並べよ」
ティネントと大賢者ナシリスの提案に男たちは急いで解体に使うナイフや巨大なノコギリやサーベルを並べ、リンクスは指輪に入れてあるスタミナ回復ポーションを配り歩くのであった。
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