隣の酒屋へ
雑貨屋を出てすぐ隣の店へ視線を移すと衝撃音と共に鎧姿の男が吹き飛ばされ大通りに転がり、呆気に取られるリンクス。大賢者ナシリスは大きなため息を吐きティネントはすぐに動けるよう踵を上げ、ラフィーラは腰に手をまわし自身が装備している剣を取ろうとするが本日は装備しておらず手が空を切り、メリッサは視線を走らせる。
「酒の味もわからねぇ奴がグダグダと文句を言うな! この舌音痴がっ!」
店の奥から響く大声にこの店はやめようと心の中でひとり納得するリンクス。だが、ティネントは心なしか浮足立った足取りで歩を進め、大賢者ナシリスもため息を吐きながらもティネントに続く。
「こ、ここに入るのですか?」
「ええ、懐かしい声が聞こえましたし、酒への情熱が変わっていないようで安心しました」
振り返らずにそう口にするティネントは開け放たれているドアへと足を進め、大賢者ナシリスもその後に続く。ラフィーラは吹き飛ばされた鎧の男へ視線を向け、大通りを挟んだ武器屋の立て看板代わりに置かれていた大楯に衝突した瞬間を目撃するが、見なかった事にしたのか店へと足を進める。
「この酒屋は領主さまとの交流もあるのでお嬢さまがいれば安心です。ささ、中へ入りましょう」
メリッサに促され足を進めるリンクス。中は多くの樽や瓶が置かれ酒臭さもあるが爽やかな柑橘系の香りや甘みのある香りなどもあり居心地がそれほど悪くはないようで多少なり安心するが、先に入ったティネントと大賢者ナシリスがカップを手に何やら飲んでいる姿にため息を吐くリンクス。
「ガハハハ、ティネントさまとナシリスさまが街に来た事は噂で聞いたが、店に寄ってくれるとは思わなかったぞ!」
「頑固なドワーフの中でも貴方は割と柔軟な思考を持っていますからね。隣のエルフにも勧められ足を運びました」
「うむ、酒を買って帰りたい。お勧めをいくつか紹介して欲しいし、この酒も美味いの」
「そりゃ、去年仕込んだ日本酒と呼ばれる米から作られた酒だからな! 今ではこの街は新しい酒がわんさか造られる天国だ! たっぷり試飲してくれ! お勧めはこっちのウイスキーとブランデーと呼ばれるワインを蒸留した酒だ!」
新たなカップにウイスキーとブランデーを注ぎ入れる店主。この男はドワーフで魔王討伐の際に武器屋防具のメンテナンス要員として一緒に旅をした仲間で名をドワワラ・ワララ・ドワラプラ。本職である武器屋を辞めてまで酒屋を選んだ生粋の酒好きである。
「昨晩もこれと似た酒を飲みましたがこちらの方がスッキリとしていますね。澄んだ水がそのまま酒に変わったような味ですね」
「うむうむ、ウイスキーも昨日飲んだが、ブランデーは香りが強いの。喉が焼けるようだが鼻に抜ける香りが素晴らしいの」
「ガハハハハ、ウイスキーとブランデーはここ数年で出回り始めたからな。ナシリスさまが好きなコーヒーに数滴垂らして飲むのも美味いぞ!」
「ほう、それは楽しみだ。どちらも買って帰らねばな」
リンクスの不安を余所に酒を口にする大賢者ナシリスとティネント。ラフィーラの前にも酒が置かれるが手を付けておらず、リンクスへと振り返りどうしましょうといった表情を浮かべている。
「えっと、ライセンさんたちにはどれを買って帰りますか?」
「ん? その若いのは……ああ、アレか……坊主はもう成人しているよな?」
店主であるドワワラと視線が合いウイスキーをグラスに注ぎ入れながら問われ、「一応は成人していますが酒飲んだことがないです」と返すとニッカリと笑みを浮かべ、ダンと目の前に置かれたウイスキーの入れられたグラス。顎をしゃくって飲めと勧められる。
「リンクスにはまだ早いです。これは私が頂きますので料理に使える酒なども紹介して下さい」
「うむ、リンクスには早いの。酒を飲ませるにしても家に帰ってからだの。もしものことを考えるとの」
グラスに手を出しそうになっていたリンクスだったがその手を引っ込め、ドワワラも「そうか、飲めるようになったらオレが奢るからな」と口にして、豪快に笑いながらティネントのリクエストに応える酒を選ぶ。
「ガハハハハ、料理に使うのなら日本酒だな。特に魚料理の臭みを取るのに使えるぞ! 肉料理ならワインだな。ワインをたっぷりと入れて肉を煮込めば柔らかくもなるからな!」
ご機嫌に酒を選ぶドワワラ。ティネントはグラスに入れられたウイスキーを飲み干し店内を見渡し、新たな客の登場に視線を向ける。
「貴様っ! 私は男爵家に仕える騎士だというのにっ! 我慢ならん! 老人やメイドには酒を売るのかっ!」
先ほど吹き飛ばされた鎧の男が剣を抜き現れ大声叫び、面倒臭い事になったと視線を向けながら後退るリンクス。ラフィーラが声を上げようとした瞬間、ティネントがグラスを持ったまま一瞬にして鎧の男との間を詰め力任せに装備しているフルフェイスの頭部鎧に手を掛けて力を籠める。
鉄の軋む音が店内に木霊し、叫び声を上げる男は剣を落とす。
「少し静かにしなさい。折角の美味しいお酒が台無しです……」
メキメキと音を立てて変形する頭部鎧。目元しか見えていなかったそれは飴細工のように変形し、ティネントの握力により強引に引き延ばされ口元へと集められ気を失う男。
「あ、あの、リンクスさま。止めてもらわないと困るのですが……」
上着の裾をクイクイと引きながら小声で伝えるラフィーラ。その膝はガクガクと震えておりメリッサも同様に震えリンクスへと視線を向けている。
「アレでも手加減をしておるから問題なかろう。頭から外すときに苦労するぐらいだの」
ブランデーが入れられたグラスをまわしながら声にする大賢者ナシリス。
「ティネントさんもそのぐらいにして下さい。ラフィーラさんたちが困っていますから」
「いえ、私は困ってないです! 困ってないです! リンクスさま!!」
クイクイしていた上着をグイグイと引っ張るように変えリンクスの体を揺らすラフィーラ。自分が頼んでいることをティネントに伝えたことで矛先が向く可能性を考えての事だろう。
「そうですね。ゴミはちゃんとゴミ取集場所に捨てないとですね」
そう言いながらそのまま外へと捨てに行くティネントを見つめるラフィーラ。メリッサは壮大なため息を吐くが店主であるドワワラは笑い声を上げる。
「奴は今後も贔屓にしてやるからありったけのウイスキーを格安で差し出せと脅してきたからな。いい気味だ! ガハハハハ!」
「配達終わったよ~今、男を片手で引きずるメイドさんがいたけど……」
大声で豪快に笑うドワワラへ帰宅の報告をする少女。どことなくドワワラに似た目元と癖のある髪質。身長もドワーフなのかやや小ぶりでラフィーラよりも頭一つ分低い。
「おお、ミリモか! 今、厄介な客をティネントさまが片付けてくれたぞ! ああ、それとこっちの御方は大賢者ナシリスさまだ! 魔王を倒した勇者さまの仲間だぞ!」
その言葉に目を丸める娘のミリモ。
「仲間というならお前もだろう。ドワワラにはケンジとアレックスにレレネがお世話になったからの。もちろんワシもだ。吹雪の中、大楯を持って先を進んでくれたお前がいてくれたのは本当に助かったからの」
「それでも戦闘の役には立たなかったがな。ガハハハハ、風除けと鎧の整備ぐらいだったが楽しい時だったな!」
「すごい! 本当に父ちゃんが討伐隊の一員だったんだ! 絶対嘘か妄想だと思ったのに!」
「………………」
娘の言葉にショックを受けるドワワラが軽くフリーズするのは仕方のない事だろう。
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