ティネントVS水の女神アクアラ
厳かな礼拝堂に似合わない破裂音が響き合いゼロ距離で拳を打ち合うティネントと女神。それが異世界であっても異様な光景であり震えるラフィーラとメリッサ。方や大賢者ナシリスは呆れ顔で見つめ、リンクスはその攻防を目に焼き付ける。
「礼拝堂で暴れるとは何事かっ!」
礼拝堂のドアが開き叫ぶ男の声に視線を向けると、そこには急いでこの場に向かって来たのか肩で息をしながらも威厳のある白いヒゲを蓄えた司祭で、後ろには先ほど案内してくれたシスターの姿もあり眉を吊り上げている。が、礼拝堂に入り女神だと一瞬で分かる風貌がメイド服を着たティネントと殴り合っているという光景に唖然として固まる。
「ぐふぅ!? 一撃の重さはありますが所詮はトカゲ……握りが甘い!」
「があっ!? 水を祀っているだけあって腹筋も水面のように脆いですね!」
互いに拳を固め殴り合う姿は衣装でありながらも美しく、尊さすらある光景に震えて見ていたラフィーラとメリッサも次第に引き込まれ戦いの行く末を見守り、自身が憧れる強者としての戦い方をその姿に重ねる。
「すごい……どちらも防御すらせず打ち合うとは……」
「打たれる瞬間に殴られる覚悟をしているのでしょう。そうでなければあの一撃をまともに受ければ吹き飛ばされて……」
ラフィーラとメリッサが考察しながら見つめるなか、新たな光が現れ二人の攻防がピタリと止まり体には輝く鎖が巻き付き顕現する黄金の髪をした女神。白いシンプルなドレスを纏っているが光の粒子が舞い散り誰もが目を奪われる輝きを放っている。
「アクアラ、それにティネントも何をしているのですか?」
無音の礼拝堂に低く響く声に自然と片膝を付く大賢者ナシリス。ラフィーラとメリッサはその神々しい登場に瞬きも忘れ目を奪われ、固まっていた司祭とシスターはその場に膝を付く。
「そこのクソ女神が可愛い私の息子に抱き付こうとしたので鉄拳を持って成敗しようとしただけです」
「わ、私はずっとリンクスの成長を見守り息子のように思って……疚しい気持ちなどありません! 本当です! シュレインさま、どうかご慈悲を……」
ティネントは光の鎖に拘束されながらも力を入れ開放しようと足掻き、アクアラと呼ばれた水の女神は抵抗なく創造の女神であるシュレインに慈悲を乞う。
「どちらにしても祈りを捧げる場には不相応ですね。特にアクアラは私の許可なく地上へ顕現し干渉しようとした事は由々しきことです。先に戻り反省していなさい」
そう口にすると払う仕草をする創造の女神シュレイン。水の女神アクアラは震えながらその姿が消え失せ、ティネントへと視線を向ける。
「貴女もですよ。ここは水と地を祀る教会であり水を司るアクアラの力は増大するのに殴り合うとは……そもそも、古龍種は……人が増えてきましたね」
礼拝堂の入り口付近には司祭とシスターだけであったが騒ぎを聞きつけ数名のシスターが口を半開きにして固まっている。
「説教はまた別の機会にするとして、リンクスは立派に育ちましたね。大変嬉しく思います。折角ですし祝福のひとつでも捧げましょう」
そう口にするとリンクスに光の粒子が降り注ぎ温かな風が礼拝堂を駆け抜け、口を半開きに驚いていたシスターたちは我に返り膝を折る。
「温かい光ですね……」
リンクスも驚きながもそう口にすると創造の女神シュレインは微笑みを浮かべその姿をゆっくりと消し、リンクスに降り注いでいた光も消え失せ、ティネントを拘束していた鎖も消え、殴られた跡なども綺麗サッパリになくなっている。
「はぁ……緊張しましたね。神さまに会うことになるとは思いませんでしたよ……」
「シュレインは良いとしても水を祀るアクアラには気を付けなさい。あれはある意味悪神です。天界からリンクスを覗き見ていた変質者ですからね」
眉間に深い皺を作ったティネントの言葉に顔を引くつかせるリンクス。大賢者ナシリスもゆっくりと立ち上がりどう説明したものかと顎髭を弄り、ラフィーラとメリッサは創造の女神シュレインからの祝福という奇跡を前に二人で頬を引き攣らせるのであった。
「それにしても神さまから祝福してもらいましたが、何か良い事でもありますかね?」
場所を教会の応接室に移しシスターが紅茶を配るなかでのリンクスの発言にラフィーラとメリッサはまだ頬の引き攣りが治まっておらず、給仕をするシスターは手をガチガチと震わせこぼれそうになるのを何とか堪え注ぎ入れる。
「創造の女神シュレインからの祝福ですか? そうですね……教会関係者が言い触らしたら聖王国から使者が来てリンクスを攫ってでも自国に連れて帰ろうとするでしょうから……教会関係者すべてを抹殺してまわる事ぐらいでしょうか?」
「ヒィ!?」
ティネントの言葉に悲鳴を上げるシスター。それもそうだろう。目の前でお前たちを殺すと言われ、更にはその実力を先ほどまで神を相手に見せていたのだから恐怖するのも仕方がないだろう。
「えっと、ティネントさんも冗談にしては物騒過ぎますよ……もし、教会から逮捕状でも出たら違う国にでも逃げますし、そもそも絶界からでなければ捕まえにもこれないでしょ?」
絶界という単語にラフィーラとメリッサはふたりで頷き合い、恐怖状態のシスターも絶界という場所の怖さを知っているのか何度も頭を縦に振る。
「なんだろう。祝福って良い事ないですね……」
リンクスの言葉にティネントが吹き出し方を揺らし、そこへノックの音が響き姿を現す大賢者ナシリスと司祭。ふたりは別室で先ほどの事とリンクスという存在について話し合いを行い終了させ合流しに部屋へとやってきたのである。
「待たせたな。彼がここの司祭でロナウドだ」
「ロナウドと申します。先ほどは驚きましたが、創造の女神シュレインさまの祝福を受ける場に居合わせた事を嬉しく思います」
リンクスに向け丁寧に頭を上げる司祭ロナウド。リンクスも立ち上がり頭を下げティネントは話し合いが上手くいったのか大賢者ナシリスへと視線を向けて目を細める。
「ほれ、まずは座って話すかの。リンクスも座りなさい」
大賢者ナシリスに促され司祭ロナウドがソファーに腰かけリンクスも座り直し、恐怖していたシスターは新たに二人の分の紅茶を入れると部屋を後にする。
「結果から言えば司祭さまは黙っていてくれるそうだ。安心してくれ。特にティネントよ、古龍たちを聖王国に嗾けるような事はするでないぞ」
「そんなことしません。するにしても私ひとりで十分ですから」
そんなやり取りに震える司祭ロナウド。ティネントの正体を知るラフィーラとメリッサも一緒に震え、そんな姿を視界に入れるリンクスは祝福とは呪いの類ではと疑いを持ちはじめる。
「まあ、司祭さまは黙っていてくれるというのだ、信用しようではないか。二人も黙っていてくれよ。ワシからケンジには伝えるからの」
大賢者ナシリスの言葉に頭を縦に振るラフィーラとメリッサ。
「それにしてももうリンクスも十五才になるのですね……ついこの前までオシメをしていたと……」
「うむ、ワシもそう思うぞ。ねしょんべんの度に浄化魔法を使ったからの」
二人は笑い合い肩を揺らすが、リンクスは顔を赤く染め上げこれ以上この話題が続かないよう口を開く。
「次は買い物ですよね? ここから近いのですか?」
「はい、馬車に乗らずに歩いてすぐです。司祭さま、このまま駐車させていただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、かまわんぞ。手が必要ならシスターを貸すがどうじゃ?」
話題が逸れ胸を撫で下ろすリンクスなのであった。
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