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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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グンマー領



 数回の休憩と昼食を終えた一行は日がある内に目的地であるグンマー領へと辿り着く。広い穀物地帯のなかにある巨大な壁の中には多くの家々が目に入り初めて見る大きな街に幼い金孤たちはキャッキャと興味深げに窓へ顔を押し付け合う。


「街中ではカーテンを閉めた方がいいかしらね」


「そうなの? ここから街並みやお店を見たかったのだけど……」


「ほら、窓にギュッと集まって外を見ちゃうと金孤ちゃんたちも街の人に見られちゃうわ。この美しい毛並みを見た商人や貴族がいたら色々とね」


 金糸のように美しい毛並みを指差す伯爵夫人であるラフテラの言葉に我が子たちの安全を考えカーテンを閉めるキラリ。その行動に幼い金孤たちから「クゥクゥ」とクレームが上がるが「ダメですよ~」と口にして二匹を捕まえ抱き締め、残りの三匹はラフォーレに左右と膝の上に乗り外が見たいと鳴き声を上げる。


「襲われちゃうのでダメです。お家に付いたらそこから街を見ましょう。良い子にしてたら街中を案内してくれるかもしれません」


 普段は末っ子気質なラフォーレだが自身より幼く見える金孤たちを前にお姉さんぶり、ラフテラとキラリはその光景に微笑みを浮かべる。


 外では帰還した領主の姿に門番たちが敬礼し巨大な門が開かれる。北側の門が開くことはあまりなく、まだ村と呼ぶには足りない北の砦へ物資を運ぶ兵士や商人か冒険者ぐらいだろう。そんな門が開き領主兼勇者という肩書のケンジが先頭を歩き現れた事で北の広場には歓声が上がり、一気に騒がしくなりリンクスは耳を両手で塞ぐ。


「相変わらず人族は煩いですね……」


「うむ、ワシもいつものような静かな生活が好きじゃの……」


「悲鳴でないだけましだが、この煩さは頭痛でも起こりそうだ」


 ティネントにナシリスとライセンが顔を歪め盛り上がる民衆とは別にテンションを落とす。領主であるラフィーラは逆に安心感を覚え汗だくになりながらもメリッサと共に胸を張り足を進め、視線を街並みから先にある領主館へと向ける。


「なんだ? もう家が恋しいのか?」


 先を歩いていた父からの言葉に首を横に振るラフィーラ。


「たった四日間の遠征でしたがとても厳しい戦いだったと……それに私が生まれるたった十五年前にこの地を取り戻し、ここまで反映させた父さまの凄さを体感していました……」


「あははは、そうか、そうか! この地を治めるまでの苦労は多くの人々の助けがあってこそだ! 俺か帰ってくるだけでこれだけの人々が喜んでくれるからな。俺は人に恵まれているよ。いや、仲間か……」


 笑いながら話す勇者ケンジの言葉に深く頷くラフィーラ。中央通りを抜けそのまま領主館までの緩やかな坂道を登り家々や屋台が見えなくなる頃には人々の姿はなくなり、丘になっている上部には三階建ての大きな屋敷が全身を現す。東側は整地されグランドのような場所と領主館よりも大きな建物があり多くの兵士たちやメイドなどが作業しており、石で組まれた竈からは煙が上がっている。


「絶界の調査、ご苦労! 皆には報酬とは別に食事と酒を用意している! 今夜は好きなだけ飲み食いしてほしい!」


 領主館のロータリーへ着くと勇者ケンジが叫び歓声を上げる冒険者と兵士たち。現れた兵士たちが冒険者たちを誘導し東側のグランドへと足を向け兵士が続き、リンクスは後ろを振り返って街並みを見下ろす。


「やっぱりここからの眺めは綺麗だな」


 夕日に照らされた街並みは美しくオレンジ色の光が屋根を照らし煙突や屋台から煙を上げ、街を囲む高い壁の影は長く伸び陰影を作る。人々は小さな点程に見え中央通りに集まり屋台を食して酒を酌み交わす。そんな何気ない風景を見つめるリンクス。


「綺麗な街並みだろ。街が広くなるのを見越して碁盤の目のように家や店を配置したんだよ。ほら、夕日が差し込むと整理された街並みが一段と見栄えするだろ」


「人が作ったにしては綺麗な風景ですね」


「うむ、屋根の色がオレンジに統一されているのも綺麗だの」


 勇者ケンジがリンクスの隣へと佇み自慢しながら街を見下ろし、ティネントと大賢者ナシリスもその風景を見つめる。オレンジ色の屋根はやがて闇に飲み込まれ星々が姿を見せる頃になると東のグランドからは歓声が上がり酒を酌み交わす声が響く。


「ほらほら、リンクスたちも飲み食いしてこい。今日は俺のおごりだから腹いっぱい飲んで食べろよ! 酔い潰れても部屋は用意させるから遠慮なく飲めよ!」


 そう言いながらリンクスの背中をバンバンと叩く勇者ケンジに成人したばかりのリンクスは「酒は遠慮します」と口にしてティネントと大賢者ナシリスにライセンと共に足を進め、その後をラフィーラとメリッサにメイド長のササーリが続く。


「水遊び! お前も飲めるんだろ! 一緒に飲もうぜ!」


「絶界では大活躍だったからな! あの逃げ足は最高だった!」


「大賢者さまやティネントさまにも酒を持って来い!」


「俺たちがこうして生きて帰って来れたのは大賢者さまたちあってこそだからなっ!」


 『月の遠吠え』をはじめとした冒険者たちに声を掛けられ支給をしていた兵士やメイドが一斉に集まり配られているワインや香ばしく焼かれた肉串を手渡す。

 その際に兵士たちからは敬礼され、メイドたちからはお礼を口にし、ちょっとした英雄気分を味わうがリンクスは居心地の悪さを感じているのかワインと肉串を手に騒ぐ集団からひとり足を進め、人気のないグランドの隅へと辿り着き街を見下ろし手にしていた肉串を口にする。


「美味いな……」


 小さく呟き見下ろした街並みは暗い中にも光で繋がり、星々のような街明かりを見つめる。


「我々を救った英雄なのにひとりで過ごすのですか?」


 その声に振り返るとラフィーラとメリッサの姿があり手には山盛りの肉串を皿に乗せ現れ、月明かりに映し出されたラフィーラの顔は不満そうに片眉を上げる。


「リンクスさま、彼らが言うように我々が今生きて帰って来られたのはリンクスさま方のお陰です。本当にありがとうございました」


 ラフィーラとは違い素直に頭を下げお礼を口にするメリッサ。手にした山盛りの肉串を落とさないよう頭を上げ微笑むメリッサ。不満気なラフィーラは肉串を一本取ると大きくな口を開け齧りつく。


「これも醤油を使った料理ですわ。ヤキトリという醤油と水あめを使い甘い味にしているのですわ」


「ん? 砂糖や蜂蜜以外にも甘い味があるのか?」


「ええ、水あめという砂糖と同じくらい甘いタレです。それを肉串に付けながら焼くとこの味になるのですわ」


 ドヤ顔で簡単な説明を口にするラフィーラ。


「正確にはデンプンと呼ばれる芋などの主成分を酵素という力で糖化させ甘みに変える方法です。これも領主さまが開発し広めたものです。王都ではこの技術を使い砂糖より安価にできると民たちから賞賛されております。ヤキトリのタレは醤油と水あめに酒を入れ煮たてた物です」


 メリッサが説明しながら肉串の乗る皿をリンクスに差し出す。


「水あめも街で購入できますか? 買えるようなら買って帰りたいのですが」


「ええ、もちろんですわ! 見て下さい。西側の工場地帯では水あめを大量生産しており瓶に詰め王都へと運んでいますわ。他にもこの街では他の街では作られていない料理や調味料が多くあります。口に合うものがあれば私の権限でいくらでも用意させ……ヘックチ!? させますわ……」


 盛大なクシャミをするラフィーラの鼻からは鼻水が糸を引き、月明かりに照らされたそれは無駄に輝きキラキラとする鼻水に気が付いていないのかドヤ顔のラフィーラ。メリッサが吹き出し、リンクスも同じように肩を揺らすのであった。





 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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