休憩とリンクスの過去
「さ、最悪な味ですが疲れが吹き飛びましたわね……うぷっ……」
メリッサに無理やり飲まされたスタミナポーションの味に悶絶するも全身の疲れが吹き飛び眉間に深い皺を作る。それに気が付いたリンクスが口直しに水球を送ると口内に残る青臭さを洗い流す。
「傷を回復させるポーションとは違いかなり青臭いですが、即効性があって凄いです!」
「凄いのは理解できましたが味が恐ろしく不味いですわ。薬草を煮詰めてえぐみだけを取り出したような味で、次を飲みたいとは思えないわね……」
「そうか? その青臭さも飲みなれると癖になるぞ」
父である勇者ケンジの言葉に頬を引くつかせる娘のラフィーラ。メリッサは疲れ重かった体が一瞬で軽くなったことが嬉しいのかその場で跳ね、リンクスは幼い金孤たちから抜け出しメリッサにも口直しの水球を送る。
「貴方は飲まなくても?」
ふと水球をメリッサに送ったリンクスへジト目を向けるラフィーラ。リンクスはそのあじを知っているのか笑顔で「飲みませんよ」と口に出し、そそくさとその場を離れ辺りを警戒する。
大草原がどこまでも続き見晴らしが良く遠くに小さな街が見えあそこが目的地なのだがまだ先は長く、ひとりで水流を使ったボードで行けばすぐにでも到着できるのにと思いながら頬を撫でる風を感じているとティネントが現れ口を開く。
「日がある内に街へ辿り着けそうですね」
「そうですね……」
「どうしました? 他の人と合わせるのは苦痛ですか?」
ティネントの言葉に心を見透かされているのかと目を見開くリンクス。ティネントは微笑みを浮かべ口を開く。
「私はこれでも貴方の母です。考えている事などわかるのですよ」
「…………………」
開いていた目を閉じ隣に感じる温かな気配を感じながらリンクスは自身の生い立ちを思い出していた。
「リンクスよ。お前はこの森に捨てられたおったが、ワシが育て名義もワシの息子として登録しておいたのだ……」
「育てたのは私です。まだ赤ん坊だったリンクスに授乳させ強く育てたのは私です」
「そりゃ、ワシは男で乳は出んからの。ティネントは母役であったの」
「ナシリスは名義だけで育児にあまり協力的ではありませんでしたね……」
「いやいや、街へ買い出しに行き服や布におしめを手に入れてきただろう。他にも酒や菓子に塩だって……」
「子供は酒を飲みませんが」
「うむ、それはそうだの……まあ、リンクスがここまで健康に育ったのは我らのお陰じゃからの。これまで通りにワシのことは父親だと思って大いに頼ると良いの」
「ナシリスは父というよりも祖父では? 見た目ももう老人です。私は今まで通りに母と呼びなさい」
微笑むふたりの顔が瞼に浮かび自身が絶界という危険地帯に捨てられたという事実と、ふたりに厳しくも大切に育てられたという事実を改めて思い出し、横で佇むティネントの気配に安心感を覚えていると足元には「クゥクゥ」と鳴き声を上げる幼い金孤たちに囲まれ膝を折り撫で始めるリンクス。
「これではリンクスがこの子たちの父親のようですね」
「慕ってくれるのは嬉しいですね。でもこの子たちの父親が睨むので揶揄はないで下さい」
少し距離を取りリンクスへ視線を強めたライセンに気が付きそう口に出すリンクス。ティネントは笑い声を上げて肩を揺らす。
「あっ! リンクスのところにいた!」
「ふふ、走ると危ないから気を付けなさい」
「はい! みんな~」
後ろから伯爵夫人であるラフテラに幼い金孤たちの母であるキラリにラフォーレが現れ、手を振りながら走り幼い金孤たちに改めて囲まれる。金色の柔らかい毛に覆われた幼い金孤たちを優しく撫でるラフォーレの姿に、アレもある種の友情であったり愛情であったり家族の形なのかもしれないと思うリンクス。
実の親に捨てられたという思いが心のどこかにあるが、父役のナシリスと母役のティネントに感謝しながらふたりの厳しい修行を受け、ふたりが満足するまでの強さを身に着けたのである。事実、その実力は同年代の勇者の娘であるラフィーラを凌駕し、暗殺術を得意とするメリッサと戦っても引きを取らないだろう。
「ん? リンクス、狩りの時間です」
「アレは黒牛ですね。何かから逃げている様に見えますが……」
「逃げていようがいまいが黒牛の肉は味が良く肉質も柔らかいご馳走です! 行きますよ!」
ティネントの視界にはブラックカウと呼ばれる牛の魔物が疾走する姿を捉え、リンクスと共に走り出す。殺気を抑えながら近づきブラックカウの後ろを追い掛ける長い牙を持つブレードパンサーが視界に入り笑みを浮かべ、リンクスはいくつもの水球を浮かべ放出する。放出した水球はブラックカウが逃げる先に目標を定め向かい足元に生える草へと外れるが、水気を帯びた草は滑りやすく四頭が足を滑らせ転びそこへティネントが襲い掛かり一瞬にしてその首が刎ねられ、逃げる一頭をブレードパンサーが襲い掛かるが大きく開けた口へと水球が吸い込まれるように撃ち込まれる。
「よしっ!」
遠くから着弾を確認したリンクスが喜び全速力で走り仕留めたブラックカウを指輪に収納し、水球を行内に受け苦しむブレードパンサーを仕留め、逃げる最後のブラックカウに襲い掛かるティネント。
瞬く間にブラックカウ五頭とブレードパンサーを仕留めたふたりの姿にラフィーラたちは驚きの表情で固まり、勇者ケンジは「ちくしょう、出遅れた」と呟き、金孤たちはブラックカウの料理が振舞われるのだろうと期待して尻尾を揺らす。
「ふふ、あれは美味しいのよね~脂の乗りも良さそうね」
「ブラックカウは絶界までは入ってこないからな。あれを仕留めたら村がお祭り騒ぎになるほどの味だ。幼い娘よ、期待するがいい」
「ふぇ? 私でしゅか?」
急に話を振られたラフォーレは驚きのあまり言葉を噛み、ライセンはそんなラフォーレの頭を優しく撫で、まわりの幼い金孤たちも撫でて欲しいとライセンに飛び付きバランスを崩し転倒するも機嫌が良く幼い金孤たちを撫でる。
「ブラックカウは気性が荒くベテラン冒険者でもテリトリーに入ると襲われると聞きますが……」
「それよりも追い掛けていたブレードパンサーです。上顎から伸びるブレードのような牙は切れ味が鋭く硬い骨や岩すらも切り裂くと……それが一瞬にして討伐された事に……」
「ティネントさまがいれば竜種だって軽く仕留める。いちいち驚いては身が持たんぞ」
大賢者ナシリスが驚く二人に声を掛け、竜種すら仕留めるという言葉に口をあんぐりと開けまた固まり、勇者ケンジも思い出すように頷く。
「そうだよな~あの時もそうだったが、ティネントなら魔王だって軽くひと捻りだったろうにな……同じ竜種ということで手を出さなかったがティネントの方がきっと強かっただろ?」
「うむ、間違いなくな……ワシだって本気のティネントと戦うとなれば逃げの一手じゃの。勝てる気などはなからせんし、勝てるとしたら……」
そう言って腕組みをしながら二人が戻るのを待つ大賢者ナシリス。勇者ケンジは幼い金孤たちと戯れるラフォーレへ優しい視線を向けるのであった。
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