欲望に素直なペプラと血の臭い
「俺も絶対に行くぞ!」
「我儘をいうでない。ティネントだけでもきっと苦労するのに、我がまま放題のお前まで連れて歩いたらどれほど苦労するか」
「それは聞き捨てなりません。私はこれでも臨機応変に対応します。その辺の偏屈古龍と一緒にされては困ります」
「俺だったら我がままとかいわないだろう!」
翌朝、味気ない朝食を終えたリンクスたちは下山の為の準備をしていた。
そんなリンクスたちが住む山はかつて北を支配していた白の魔王が住む地よりも更に北にある山の中腹で大きな湖があり見晴らしの良い場所である。場所であるのだが危険な魔物が多く住む地で、白の魔王が討伐され永遠の冬から解放され勇者がその地を治め、ある理由からリンクスたちが住む絶界と呼ばれる山を与えられたナシリス。山は広大で今でも多くの魔物が住み着きベテラン冒険者でも中腹まで辿り着くのは至難の業だろう。
「ペプラは俺と爺さんを助けたことにして、ティネントの作る果実酒が目的なんだろ?」
このままじゃ埒が明かないと思ったリンクスが口を開くとペプラは素直に頭を縦に振り、呆れた表情へ変わるティネントとナシリス。
「よし! 果実酒を一本くれたら潔く諦めるぞ!」
ペプラは欲望に素直であった。
「はぁ……それならワシのを一本やるから今日は帰ってくれ。頼む……」
そう口にしながらバッグを漁りティネントと特製の果実酒が詰められている瓶を取り出して頭を下げながら手渡すと、満面の笑みで受け取りそれを頬ずりしながら喜ぶペプラ。
「私としては不本意ですが、ナシリスとリンクスにケンジの迷惑を考えればグッと堪えねばですね……同じ古龍種として恥ずかしい限りです……」
「なっ!? 恥ずかしいとかいうなよ! この酒は特別なんだ! ティネントは自分で好きなだけ作れるからそう思うのだろうが、俺が飲もうと思ったらリンクスやナシリスを助けた事にしないと絶対にくれないだろ!」
頬ずりしていた果実酒の瓶を今度は大事そうに抱え弁明するが、三名から呆れた視線を向けられ口を尖らせたペプラはしゃがむような仕草を見せると一瞬にして空へと舞い上がり本来の古龍である龍へ姿を変える。蛇のような細い胴体に複数の羽と光沢のある龍は壮大で、初めて見るものはその姿に驚き畏怖し見惚れるだろう。
「あの姿になると偉大なのだと思えるが……」
「普段の行動が子供ですから……」
「気を付けて帰れよ~」
呆れる二人とは違いリンクスだけは空へと手を振りペプラの帰省を心配し、手を振られたペプラは瞬きの間にその姿を消し去り木々が遅れて揺れこの葉が舞い上がる。
「これで心配事がひとつ減ったが……」
「私は問題ありません! ちゃんと相手が悪いように情報操作すれば問題ないのですよね?」
「その言い方からして問題があるようにしか思えないのだが……」
「それよりも早く行こう。歩いて行くのなら早く出ないと日が沈む」
睨み合う二人へリンクスが正論を述べ、親代わりをする二人からしたら今の押し問答を恥じたのか「そうだな」「そうですね」と互いに頷き下山に向け足を進めるのであった。
絶界には多くの魔物が住み上へ行くほどその危険度は増して行く。その中でも最も危険なのが頂上付近の龍の頂き、古龍のなかでも王として崇められる地龍が住む地で資格がないものは近づくこともできないとされている。更にその下には亜竜種が多く住む竜の岩場があり百を超える亜竜がコロニーを作り、その下にはナシリスが住む竜神湖。その中腹からは四方に縄張りを持つ強大な力を持つ魔物たちが住み着いている。
北には神にすら噛み付くとされるフェンリル。
東には鉄をも噛み砕く顎を持つアイアンアント。
南には巨大な体躯と強靭な肉体を持ち斬撃耐性のあるアーマードベア。
西にはクラウンホワイトと呼ばれる鳥の魔物が支配し均衡が保たれている。
そんな危険な絶界を全力で駆け下りる三名。先頭をメイド服姿のティネントが走り視界に入った魔物に睨みを利かせ追い払い、杖に乗り木々をすり抜けるように飛ぶナシリス。リンクスは最後尾を全力で走り二人の後を追っている。
時折、水飛沫を上げて前を行く二人から離されないよう魔法を使いながらも集中力を切らさずに魔物の気配を感じ取り、高度が下がり木々の背が高く太く変わると慣性の法則などを無視した急停止をするティネント。ナシリスもその場で宙返りをして勢いを殺し、リンクスは飛び上がり木の枝に手を掛けて逆上がりをしながら停止する。
「悲鳴が聞こえましたが助けに向かいますか?」
「うむ、助けられるのであれば向かおうとは思うが……」
「この姿で控えめに行動すれば問題ないのでしょう?」
「うむ、そうだが……」
杖から降りて目を瞑り辺りを探るように首を動かすナシリス。リンクスは面倒そうな表情を浮かべるが自身の耳にも悲鳴が聞こえ腰に差してある剣に手を掛け木々の間に身を躍らせ、その後を微笑みながら追いかけるティネント。目を瞑り魔物の気配を探っていたナシリスも杖に乗り後を追う。
「血の臭いかよ……」
「そのようですね。人族が複数と鎧熊が五匹……絶望的ですね」
「なら急ごう!」
木々の間を器用に抜けながらも足に魔力を集め水飛沫が舞い一気に加速するリンクス。
「本当に器用に水魔法を使いますね」
「ワシの弟子は凄いだろう」
ティネントの横に追いつき自慢げな表情を浮かべるナシリス。ティネントはそれを鼻で笑い「私が育てましたので当然です」と口にするのであった。
「ラフィーラさま! どうか撤退して下さい!」
「一頭でも手が余るのに五頭も相手にできるわけない!」
「勇者の再来だったら引き際を見誤るな! どれだけ犠牲になろうが生きて人々の希望になるのが勇者だろうがっ!」
森の一角にある開けた場所では血の臭いが広がり木々の間には多くの兵士や冒険者が倒れ、勇者の再来とまで言われたラフィーラは一頭のアーマードベアと対峙していた。
数分前まではキャンプという単語がぴったりなほど平和な空間であったが、四方から現れたアーマードベアの登場に現場はパニックになり地獄と化したのである。
そんな中でひとりのメイドが三匹のアーマードベアを引きつけ健闘していた。名はメリッサ。暗殺を得意とする家系に生まれその技術を習得し伯爵令嬢であるラフィーラの専属メイドにまで上り詰めた実力者である。が、斬撃耐性のあるアーマードベアとの相性は悪く鋭い爪の一撃を躱しながら気を引くので手いっぱいであり、もう一頭は多くの兵士たちと冒険者で犠牲を出しながらも抑え、最後の一頭とラフィーラが対峙している。
どちらも実力を認めているのか動くに動けず立ち上がり腕を振り上げて体を大きく見せ威嚇するアーマードベア。ラフィーラも剣を構えながらもまわりから聞こえる悲鳴や血の香りに焦りが募る。
「くっ! 切り込んだ瞬間に鋭い爪が襲い掛かるイメージしか湧かないわね……」
小さく漏らした言葉を否定するようにショートソードを握る手に力を籠めるラフィーラは震える足へ鞭を叩くように一気に加速する。
「グマァァァァァァ!!」
大きく振り上げた腕が振り下ろされる中で極限まで高めた集中力がその一撃をギリギリで回避させ、身を捻り勢いそのままに剣が躍り水平に引き抜かれた一撃はアーマードベアの腹部へと吸い込まれるような軌道を描く。が、次の瞬間、ラフィーラの身が宙を舞い背の高い木々へと弾き飛ばされ激突し、朦朧としながらもその手はショートソードを離すことはなかった。
「大きいのは任せますね」
「ワシはアレをやるかのう」
「おい! そこはジジイやティネントさんがでかいのをやるもんだろっ!」
木々の中から現れたリンクスたちへ視線が集まるのであった。
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