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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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走る続けるラフィーラ



 草原を進み一時間ほど経過すると馬車内では幼い金孤たちははしゃぎ疲れたのか寝息を立て、一緒にはしゃいでいたラフォーレも寝息を立てている。そんな姿を微笑みながら見つめる伯爵夫人ラフテルと金孤たちの母であるキラリ。

 外では勇者ケンジが先頭を走るティネントを追い掛け、まだ余裕があるのか剣を取り出し時折素振りを交えながら足を走らせている。


「はっはっはっ、来る時は魔物に数度襲われましたが……魔物の気配がないわね……」


 息を荒げながら隣を走るメリッサへ声を掛けるラフィーラ。足が地面に付くたびに装備している鎧とショートソードがぶつかりガチャガチャと音を立てる。

 ラフィーラが装備しているライトアーマーは鎧でありながらも全身をギチギチに守るものではなく、二の腕まわりや太ももや関節まわりは布の服で動きやすさを重視しているが、それでも鎧ということもあり相当な重さがあり走ることには向いていない。鋼鉄製のプレートが張り付けられその重さは優に二十キロを軽く超え、腰にはショートソードが左右に二本装備している事もあってか隣をメイド服で走るメリッサよりも体力の消耗が激しくなるのは仕方のない事だろう。


「ティネントさまが威嚇をして魔物が逃げているようです。先ほども遠目に見えていた狼が逃げ出していました。それに鳥たちの姿が出発時から見えないのですが、それもティネントさまの影響でしょうか」


 メリッサの言葉に広くまわりを見つめ、青空に浮かぶ雲や草原へ視界を走らせるラフィーラ。


「はぁはぁ、鳥の鳴声が聞こえないわね。この辺りはコンドルなどの魔物もいて来る時は鳴き声が聞こえたわ……はぁはぁ」


 少しでも気分転換になればと思いメリッサに話し掛けたラフィーラ。今着ている鎧と二本装備したショートソードを投げ捨てばどんなに楽になるだろうと思うが街の外には多くの魔物が闊歩し、ティネントが威圧しても後方からは襲われる可能性があるため鎧を投げ捨てるという選択肢が取れるはずもなく、重く感じる足を動かし続ける。


「お嬢さま、息が上がり汗も凄い量ですし、一度馬車で休憩されては如何でしょう」


 メリッサからの提案に馬車へと視線を向けるラフィーラ。馬車の窓にはゆらりと動く黄金の尻尾が見え、幼い金孤たちに囲まれ水分補給ができたらどれほど幸せだろうと妄想するが、すぐに首を左右に振る。


「ダメですわ。まだ走れますし、この程度で根を上げては先を走る父さまに顔向けでしません。横を走るリンクスさまも……水球を浮かべていますわね……」


 少し間隔を開けて隣を走るリンクスのまわりには十数個の水球が浮かび並走しているのだが、その水球はクルクルとまわったり上下に上昇し下降したり水球の形を変えたりと様々な変化をしており思わず見惚れ、躓きそうになるが体勢をなんとか立て直し足を進める。


「あ、飲みますか?」


 視線が合いそう口にするリンクス。二人の会話が耳に入ったのだろう。


「えっ、あ、あの、走りながら魔法を使うのは大変ではないのですか?」


 ゆっくりと浮遊している水球が二人の前に近づき疑問に思ったことを口にするメリッサ。


「慣れれば簡単ですよ。口を近づけて飲んで下さい」


 ふたりの顔の前には拳大の水球が走る速度に合わせ進み、メリッサは慣れれば簡単というリンクスに驚きながらも毒見役として先に水球を口に付け吸い込む。


「味に問題はありません。お嬢さまも無作法かもしれませんが水分補給をして下さい」


「ええ、そうね……」


 息が上がっている事もあり少しずつだが水球を口に運び喉を潤す。水球が小さくなりおかわりかなと思ったリンクスが新たな水球を前に進めるとまた口にする二人。


「吸い込んだら破裂するかと思いましたが球状を保っているわね」


「恐らくですが、魔力量を多く使い水球の形状を維持しているのではないかと……」


 走りながら水分補給をして多少なり余裕が生まれたが足が重く、まだまだ先が長い事を知っているラフィーラは気合を入れるように両手で頬を叩いて足を進める。


 さらに一時間後、呼吸が乱れ汗が吹き出し足に力が入らなくなり限界を迎えそうになり心が折れかけたところで勇者ケンジが馬車を止めさせ休憩の指示を出し、それを耳にしたラフィーラは草むらに倒れるよう寝転がる。


「お嬢さま大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄るメリッサも汗だくになり疲労がピークに達しているのか、よろよろと大の字で横になるラフィーラの横に倒れるように腰を下ろす。


「ええ……だい……じょうぶです……少し……休ませて……」


 息も絶え絶えに口にするのがやっとなラフィーラ。メリッサも余分な体力を使わぬよう口を閉じて回復に勤める。すると、それを目にしたリンクスは指輪から二つの瓶を取り出して倒れる二人の元へと向かう。


「緊急時の栄養補給に効果のあるポーションです。ジャンル的にはスタミナを回復させるものですので良かったら飲んで下さい」


 差し出すそれは瓶に入れられ濃い緑色をしており見るからに苦そうな雰囲気にメリッサは苦笑いを浮かべ、ラフィーラは返事を返す余裕がないのか薄目を開けて閉じる。


「ありがとうございます。ですがスタミナを回復させるポーションですか? 初めて耳にします」


 横になりたい気持ちを奮い立たせ身を起こし受け取るメリッサ。


「自分は何度もそれを飲んで走らされたので効果は確かにあると思いますよ。息を整えたら飲んで下さい」


「うむ、そうしておきなさい。筋肉の回復効果がありるが普通のポーションとは違い怪我ではなく疲労を癒す効果があるからの。精神的なものは癒せないが飲み続ければ一日だろうが一週間だろうが走り切れるからの」


 杖に乗り空から現れた大賢者ナシリスはそう口にしながら草原に降り立ち、馬車の窓が開く音に視線を向ける。


「クゥ~!」


 鳴声と共に飛び出した幼い金孤。弓なりに飛び出したそれはリンクスの顔面に飛び付き態勢が後ろへ流れそうになるのを堪えるが、二匹目、三匹目、四匹目と馬車の窓から飛び出してくる幼い金孤たちがリンクスを捉え抱き付き尻尾を揺らし、最後の一匹が左腕にくっ付き、疲れもあってか後ろに倒れ毛塊りになる。


「本当にリンクスは金孤たちに好かれておるの」


「う、羨ましいです……」


 呆れた顔でそれを見る大賢者ナシリス。ラフィーラは先ほどとは違い疲れた体を少し起こして見つめ、メリッサは手にしたスタミナ回復薬を見つめ意を決し開封する。ポンと音が響き聞きなれない音に幼い金孤たちの視線がメリッサに集まるが、すぐに安全だと理解するとリンクスに頬を擦り付けたり舐め始めたりとやりたい放題である。


「薬草の香りがしますが柑橘系の香りもしますね……」


「味はそれほど不味くはないと思うぞ。俺も昔に飲んだが慣れれば疲れたら欲しくなるよ。街の錬金術師にレシピを教えてくれないか?」


「教えても良いが手に入れる為には絶界のワシの家まで素材を取りに来なければならぬの」


 絶界の更には中腹にある大賢者ナシリスの屋敷まで到達できなければ採取できない素材と耳にしたメリッサは手にしている体力回復ポーションの価値に顔を引き攣らせるが今後それが飲める可能性は極めて低いのではないかと思案し、勇気をもって口へと運び味を確かめるように口にする。


「苦くはないですが何とも言えない不快な香りと不自然な甘さ……好んで飲みたいとは思えない……」


 スタミナ回復ポーションの感想をいうメリッサの体が輝きスッと疲労感が消えるのを確認すると、立ち上がりその場で数度飛び跳ね疲労感の無さに驚きながらも、もう一本を開封しそれに気が付いた大賢者ナシリスと黙って視線を合わせ頷き合い、幼い金孤たちを見つめるラフィーラへ無理やりにでも飲ませようと忍び寄るのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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