幼い金孤と出発
勇者ケンジの語った食の都という夢を聞いた翌日、朝食を済ませた一行は街を目指す。馬車に乗り別れを惜しむラフォーレは涙目で口を尖らせ涙が零れ落ちないよう踏ん張り、悲しそうに鳴き声を上げる幼い金孤たちに手を振る。
「クゥ~ン」
「ううう、またきます! 絶対にまたきます!」
馬車の窓から身を乗り出して叫ぶラフォーレに母であるラフテラも貰い泣き状態で目を赤くしてハンカチで拭い、この状況をどうにかして欲しいと幼い金孤の一匹がリンクスの足に掴まり悲し気な鳴き声を上げる。
「悲しい気持ちもわかるが住む場所が違うからな。金孤たちの美しい毛並みを見た貴族や商人が襲ってくるかもしれない。連れて行きたい気持ちもあるが本当に街中は危ないからダメだぞ」
「クゥ~ン」
「甘えてもダメだぞ。ほら、キラリさんも止めて下さいよ」
一匹だった幼い金孤たちが集まりリンクスの足や背中や腕に抱き付きかなしそうな鳴き声を上げ、どうにかしてくれと母親であるキラリへ視線を向けると同じように潤んだ瞳を向け、あっこれはダメだと父親であるライセンへと向ける。
「ここまで懐くとは驚きだが、リンクスが言うように自分も守れないような幼いお前たちを待ちに連れて行くのは危険だ。本来なら冒険者や兵士の前に目撃されるのも危険なのだぞ」
そう口にしながらリンクスの背中に張り付いた一匹を剥がそうと腕を伸ばすライセン。だが、その爪は確りとリンクスが背負っているリュックに食い込み引っ張っても離れず、腕にしがみ付いている一匹に狙いを定めて腕を伸ばすがスルリとその腕をすり抜けリュックに爪を掛ける。
「こらこら、いうことを聞けない子はもうリンクスとは会えなくなるぞ」
その言葉に「クゥ~ン」の大合唱が始まり、まわりの冒険者や兵士たちはその可愛らしい仕草に癒され、潤んだ瞳を向けていた伯爵夫人であるラフテラが口を開く。
「ねぇ、キラリさま、もし良ければ皆さんも街へ行きませんか? 折角娘と仲良くなれた事ですし、キラリさまにも温泉に入り夫の夢である食の都を堪能してほしいわ。もちろん、その子たちが安全に過ごせるようできる限り配慮致しますし、リンクスも手伝ってくれるわよね?」
その提案にキラリが涙を拭いながらパッと笑顔を咲かせ、幼い金孤たちも一斉にリンクスから離れ馬車で泣きそうになっているラフォーレに向かい走り出し、身軽になったリンクスは勇者ケンジから教わっていたラフテラには逆らうなという教訓を思い出し「はい、自分ができる範囲で協力します」と口にする。
「ラフテラ、ありがとう。貴女と仲良くなれて嬉しいわ」
そう口にしながら馬車へと乗り込むキラリ。ライセンは唖然としながら馬車に乗り込み幼い金孤たちに囲まれ喜ぶラフォーレを見つめ、ギギギと首を動かしリンクスへと視線を向ける。
「私も気を付けるので子供たちの身の安全を守る協力してくれ……」
「はい……」
リンクスも覚悟を決めライセンへと返事をし、そんなやり取りを見つめていたティネントは大きなため息を吐き、大賢者ナシリスは肩を揺らして笑い、勇者ケンジもナシリスの横で笑い声を上げる。
「くははは、いいかお前たち! これより金孤たちは我が盟友だ! もし、彼らの情報を漏らす奴がいたらそいつは反逆者である! 盟友を守り人種の壁を越えた良き関係を築くぞ!」
叫ぶように命令を出す勇者ケンジ。兵士や冒険者は手にしていた武器や荷物を掲げて叫び、ラフィーラは幼い金孤たちと過ごせる時間が増えたと心の中で喜び、メリッサは守る対象が増えたことに起こりえるアクシデントを想定しながら周囲に視線を走らせる。
「クゥ~ン」
「あははは、くすぐったいです。みんなもお家へいったら良い子にするですよ」
「クゥ~ン」
馬車のソファーでは五匹の幼い金孤がラフォーレの左右と、膝の上に、両肩に寄り添いながら一斉に尻尾を揺らし、満面の笑みで囲まれ涙を流して喜ぶ姿に母たちも微笑みを浮かべる。
「盟友とするのは良いが、魔物と勘違いされる可能性を考えると個体識別の首輪も用意すべきじゃの」
「ああ、街に戻ったら特注で作らせよう。些細な事で盟友を困らせたくはないからな」
金孤の毛皮は普通のキツネとは違い黄金に輝く美しさがあり、伝説として語られる金孤は魔物使いと共に村々を歩き危険な魔物や盗賊を退治してまわったという言い伝えがまことしやかに語られている。
しかも、連れているのはまだ幼い金孤で愛らしさがあり人々の視線が向くのは必須である。領主相手に難癖をつけ浚うような事はないだろうが、目を離した隙に攫われ売り飛ばされる可能性を考えれば、首輪をつけ冒険者ギルドに登録して安全の可能性を上げる必要があると考えたのだろう。
「では、さっさと街を目指しましょう」
南側にある門が開き視線を走らせるティネント。多少の殺気を前方に向けると壁の上で寛いでいた鳥たちが飛び立ち、暴れそうになる馬を宥める御者たち。
「これティネント、殺気を押さえよ。馬車が暴れては街へ行く前に馬に逃げられる」
「ですから殺気を抑えて放ったのです」
「それでもだ。お前の殺気は生物の本能で避ける効果があるからの。本気で放てば魔物だけではなく人や使役している動物すら逃げ出すからの」
大賢者ナシリスの言葉に口を尖らせるティネント。
「俺もまわりを警戒します。ティネントさんももしもの時はお願いします」
口を尖らせていたティネントにリンクスがお願いすると「むぅ……」と言いながらもっクリと頭を下げひとり足を進め、その後ろをリンクスが続きラフィーラとメリッサが続く。本来であればラフィーラとメリッサは馬車に乗って移動するが、基礎体力をつけるためリンクスが走る事になり、それを聞いた二人は自ら志願して街まで走ることにしたのである。
他にも勇者ケンジも最後尾を大賢者ナシリスと共に走ると宣言し運動不足を解消しようと考えたのだが、大賢者ナシリスは杖に腰を下ろして空へと飛び上がる。
「では、出発するぞ! シモン、あとは頼むぞ!」
砦兼村を守るシモンに声を掛けるとその場で頭を深く下げ見送り、馬車がゆっくりと速度を上げる。馬車は数台続きそのまわりを馬に乗った兵士が囲み、冒険者は荷台や屋根に乗り辺りを警戒し、その先頭をティネントとリンクスにラフィーラとメリッサが走り、その後を不機嫌な表情を浮かべ追い掛けるライセン。
「ペースが速いから無理だと思ったら早めに馬車に手を掛けて乗り込んで下さいね」
後ろを走るふたりに声を掛けるリンクス。馬車の速度は駆け足よりも少し早い程度だが舗装されていない道は足場が悪く足元を見て瞬時に選ばなければならず注意力と体力を削る。
「ええ、無理はしないわ」
そう応えるラフィーラだが内心ではややムッとしているのかリンクスへ向ける視線を強め、メリッサは軽く会釈して応えながらも隣を走るラフィーラをいつでもフォローできるよう視野を広く持ち足場の悪い道を進む。
「これでは走り方から教えた方が良いでしょうか……」
先頭をメイド服で走るティネントは振り返ることなく二人の足音を耳にしながら呟き、なだらかな坂道に入り視線を走らせる。
どこまでも続く草原は美しくその間を割るように真直ぐな舗装されていない道が続く。まだ街は見えないが見晴らしの良い草原に吹く風は心地よく警戒に足を進める一行。時折、「キャンッ!」と叫ぶ鳴き声が草原に響き狼を目にするが、ティネントに睨まれ一目散に逃げだすのであった。
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