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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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ヒドラの実食と食の都



 空がオレンジ色になる頃には解体も終わり焚火を前に香ばしい煙を上げるヒドラの首まわりの肉。一口サイズにカットされ塩を振り串に刺して焼かれるそれは時折肉汁が吹き出し火の粉を上げる。


「美味っ!? 前に食べた時よりも肉が柔らかいな!」


「うむ、ヒドラ独特の脂はさらりとしていながらも癖がなく、噛めば肉の旨味が堪能できるの」


「お酒が飲めないのが悔やまれますわね」


 勇者ケンジと大賢者ナシリスに伯爵夫人ラフテラはヒドラの肉串に齧りつき感想を言い合い、ラフィーラとラフォーレもその肉串の味が気に入ったのか表情を蕩けさせる。


「スープもそろそろですね」


 大鍋で煮込まれているのはヒドラの尻尾の肉を使ったスープで、骨付きの肉はスジが多いがプルンとした見た目で乾燥させた根菜と一緒に煮込まれている。


「取り分けます」


「ええ、そうして下さい。昼間のような態度ではダメですからね」


 ジト目を向けるティネントに背筋を伸ばし返事をするリンクス。金輪際ティネントの前で体重の話はしないと誓ったリンクスなのであった。


「うまっ!? レッドターキーの肉が一番美味いと思ってたけどヒドラは別格だぞ!」


「本当にね! 口に入れたら肉汁が溢れて溺れるかと思った!」


「塩だけじゃなく胡椒も使っているからか脂がくどくないし、臭みもないな」


「災害級とされるヒドラがこんなにも美味いなんてな」


 冒険者と兵士たちにもヒドラの肉串が振舞われ、あちこちでその感想を口に叫ぶ。


「ヒドラのテールスープです。骨付きですから注意して下さい」


 リンクスが器に入れたスープを配ると大賢者ナシリスがスプーンを手に取り器に顔を近づけて香りを確かめる。


「うむ、香草が使われておるがまったく嫌みのない香りだの。どれ、あむあむ……うむうむ、見た目は透明なスープでありながら濃厚な味と旨味。ヒドラの骨の濃厚さと根菜からでた甘みも加わり最高のスープだの。スジ肉のプルンとした食感もやみ付きになるの」


「尻尾の肉は煮崩れる限界ですわ。それにこのプルンとしたスジ肉はお肌にも良さそうですわね」


「ヒドラのスジ肉は美肌効果があると昔から言われているわね。ティネントさまやペプラさまがヒドラを好物とあげるのはやはり美肌効果ですか?」


 キラリの質問に微笑みで答えるティネント。それを耳にしたラフテラは熱々のスープを前に目を輝かせ口にする。


「キツネちゃんたちもヒドラのお肉が大好きです! ラフォーレもこのお肉が大好きになりました!」


「大好きなのは良いけどほら、頬に付いているわよ」


 そう口にしながら妹の面倒を見るラフィーラはハンカチで頬を優しく拭い微笑みを浮かべながらも、スープに美肌効果があると知り早く口にしたい気持ちを押さえながら妹に笑顔を向ける。


「これ程洗練されたスープがこの世にあるとは驚きです。ティネントさまの料理の腕は王国よりも優れておりますな」


「味のベースは塩だけだと思うけど深い旨味を感じるね。王都で食べたスープと比べるのも失礼に感じるよ」


「ホロホロと崩れる煮込まれた肉も美味しいですし、肉の旨味を吸った根菜が甘くて本当に美味しいです」


 ポールにササーリにその娘であるメリッサもスープの味に感動したのか褒め称え、それが自然と耳に入ったティネントは一人ドヤ顔を浮かべつつ自身でもスープを口にして満足気に頷く。


「これはこれで美味いが、味噌ベースにしてもきっと美味いだろうな。ネギを多めに入れてさ」


「味噌ベースですか? それも美味しそうですわね。味噌は独特の香りで好みが分かれそうですが肉や魚とも相性が良く合うかもしれませんね」


「ああ、串焼きの方も甘い味噌を付けて焼いても、きっと美味いぞ」


「甘い味噌を付けた芋の串焼きは民たちに人気ですものね。商人の方も味噌の味に興味を示した貴族の方へ届けているという噂も耳にした事があります」


 勇者ケンジが味噌の話題を出し妻であるラフテラが賛同し、この村の代表であるシモンが商人を通した話題を口にする。


「ほぅ……味噌とはそれほどまでに万能なのですか」


 片眉を上げたティネントに勇者ケンジはニヤリと口角を上げる。


「ああ、味噌は凄いぞ。もとは俺が住んでいた国の調味料をこっちで再現したからな。十年以上改良を重ね、やっと満足できる味になった努力の結晶だからな。

 朝は味噌汁から始まるといっても過言じゃない生活を送ってきた俺からしたら、この国の料理はあまり口に合わなかった。だが、いや、だからこそ自分で味噌や醤油を作ってこの世界に広めたい! 米もそうだが、この世界に和食を広めグンマー領を食の都にするのが目標だな!」


「食の都ですか……」


 夢を語る勇者ケンジにティネントは小さく呟き、リンクスは自身もスープを口にして久しぶりに食べるヒドラの味に自然と表情を緩める。


「その為の基礎は作ったからな。魔石を動力にした鉄道や、馬を使わない馬車に、温泉だって見つけたんだ! 最高の食を求める人々に安全な移動手段と誠意あるおもてなしをする宿泊施設。ティネントも一度でいいから俺の作った最高の宿に泊まって食事をして欲しい。もちろんナシリスとリンクスもな」


 ニッカリと笑って視線を向けてくるケンジ伯爵に二人は頷き、ティネントも眉間に深い皺を作りながらも小さく頷く。


「温泉施設は民たちからも好評ですのよ。温泉は美肌の湯とも呼ばれ温泉の素と呼ばれる入浴剤も王家が取り寄せるほどですわ。それに怪我の治りが早まったり、腰痛などの改善もあると噂になっておりますわ」


「そりゃ良いの。腰痛は回復魔法で軽減できても治らんからの」


「古龍のなかにはマグマの中に入り傷を癒すものもいますが、美肌ですか……是非、温泉に入らせていただきます。明日は街へ帰るのですよね?」


 ラフテラの温泉の効能に目を輝かせたティネントはグイと勇者ケンジに詰め寄る。


「ああ、朝食後には出発だな。夕方には到着する予定でいるが」


「それでは遅いです! 体力強化の訓練も兼ねて朝から休みなしで走らせるべきでは? 基礎訓練の重要性は魔王討伐の際も口が酸っぱくなるほど教えたでしょう」


「お、おう、そりゃ言われたし、俺も基礎体力の強化は大事だと思うぞ。だが、休みなしで走らせるのは流石に危険だろ。ここから街までも魔物は出るし盗賊だって潜んでいる噂がある。盗賊を目撃したら討伐だってしたいからさ」


「では、私が今から盗賊が潜んでいそうな場所を見てまわりましょう」


 もう夕日が傾き始め暗くなる夜空に向かい膝を曲げ跳び上がろうとしたところに大賢者ナシリスが杖を持ちティネントの頭を軽く小突き口を開く。


「これ、ティネントよ。付いてくるときに言ったろう。お前が本来の姿で暴れ回れば街が滅びると……」


「むぅ……」


 小突かれた額を手で押さえ口を尖らせるティネント。彼女が本来の姿は古龍であり伝説に語り継がれる竜種である。それが飛び回り盗賊が潜んでいそうな場所をしらみつぶしに探しブレスを吐いてまわれば地形が変わるのは必至。竜が暴れ回るグンマー領だと知れ渡れば食の都どころか王家からティネント討伐の為の軍が動かされるだろう。


「気持ちは嬉しいが盗賊退治は任せてくれ。リンクスからも頼む」


 ティネントを止めることができるリンクスへと視線を向けて手を合わせる勇者ケンジ。リンクスは苦笑いを浮かべながらもヒドラのテールスープを用意してティネントに差し出すのであった。






 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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