ヒドラの解体と体重制限
村の入口に戻ると多くのテントが張られるなかで兵士や冒険者たちが不思議そうな表情で二人を見つめ、水流の音でドップラー効果を感じながら右から左へと顔を向ける。
城門を顔パスで通り抜けると勇者ケンジたちが手を上げ出迎え、戦果を報告するリンクス。
「ヒドラは無事に討伐しました。首も十四本と尻尾が四本ほど収穫できました」
ヒドラ相手に収穫という単語を使ったリンクスに勇者ケンジは右頬を引き攣らせ、大賢者ナシリスは笑いながら口を開く。
「ソレは上々、ヒドラの肉は首まわりが美味いからな。尻尾も煮込むとプルプルになって美味いから楽しみだの」
「いやいや、楽しみだのじゃねーよ! ヒドラ相手に首を収穫とかいっているからな! ヒドラは災害級と呼ばれる魔物で、毒のブレスを吐く超が付くほど危険な魔物! 村や町を滅ぼした話なんて腐るほどある……はぁ……まあ、ティネントが付いていれば安全に倒せるかもしれないが、少しぐらい領主の俺の話を聞いてから出て行けよ……はぁ……」
深いため息を吐く勇者ケンジに対してティネントは眉間に深い皺を寄せ、リンクスは難度か頭を下げると討伐証明になるだろう白く大きな魔石を指輪から取り出し大賢者ナシリスの前に置く。
「ほぉ、こりゃ立派な魔石だな。首が四つといっておったから魔石には期待しておらんかったが、純度も大きさも素晴らしいの」
バスケットボールの倍はある白い魔石を両手で支え感嘆の声を上げる大賢者ナシリス。他のものはその魔石の大きさと白い輝きにこの日二度目のフリーズを体験する。アーマードベアの魔石ですら買い取りに困るだろうと思案していた勇者ケンジは目の前にあるヒドラの魔石を前に今度は左頬を引き攣らせながら口を開く。
「なあ、白い魔石は聖属性で回復の効果があるんだよな……」
「うむ、ヒドラの超回復はこの魔石由来のものだの。これを使えば手足が欠損しても簡単に治せるの。教会の連中にバレたら寄付しろと聖騎士を連れて現れるじゃろうから他言むようにの」
ケンジから妻のラフテラに娘のラフィーラや執事やメイドに視線を向けると皆無言で頷き、フリーズからは回復したが伝説級の魔石を前に多少なり挙動不審になるのは仕方のない事だろう。
「そんな魔石よりも解体の手伝いをして下さい。ヒドラの毒腺は危険なのでそれなりに技量がある者でないと手伝いも任せられません」
「うむ、そうじゃの。ヒドラの血には特殊な成分があって死後硬直しないからの。今夜にも美味いヒドラ料理が食べたいの。ケンジよ、腕に覚えるのある者を借りてもよいかの?」
「ああ、俺も手伝うし、ポールやササーリもヒドラの解体は頭に入っているだろ?」
「はい、解体した事はありませんが頭には入っております」
「私も頭に入っていますが……」
「私が手本を見せますので頭に入っているのなら大丈夫でしょう。行きますよ」
そう口にするとひとり門へと向かうティネント。大賢者ナシリスが重い腰を上げ歩き出し、後を勇者ケンジたちが続く。
「あ、あの、ヒドラを討伐され……」
そう呼び止められたリンクスが振り向くとやや不機嫌そうに目を細めるラフィーラがおり、足を止めたことで幼い金孤がリンクスの足元に群がる。
「ええ、首が四つのヒドラでしたね。自分は回収しただけで戦闘に参加しませんでしたよ。実際、ヒドラとか素早く落ちた首を回収しなきゃすぐに落ちた首を食べて失った魔力の回復を計ろうとするので大変ですが、ん? どうかしましたか?」
不機嫌そうな顔から口をあんぐりと開け固まるラフィーラ。隣で控えるメリッサも同様に口をあんぐりと開けて固まり、先を行くティネントから声が飛ぶ。
「リンクスが来なくては解体ができないでしょう。早く来なさい」
指輪の収納に討伐されたヒドラを入れている事もあり「呼ばれているので失礼します」と口にしその場を後にするリンクス。幼い金孤たちもそのまま追い駆け、更にはラフォーレもトテトテと後を追うのであった。
村の外へ出てヒドラの頭部を取り出すと兵士たちは遠目から視線を向けつつ警備や食事の準備を続け、冒険者たちは興味深げに一定の距離を取りつつ視線を向ける。
「毒は噛みついた時に前歯の二本から注入し致命傷を与えるか、奥歯の喉中央部の毒腺からブレスとして噴出します。こうやって顎にナイフを入れ、筋を切るよう注意しながらナイフを進めて上顎と下顎を外し、毒腺に注意しながら紐で喉の奥にある噴出孔を結べば毒がこれ以上出ることはないです。
あとは普通の蛇と同じように解体するだけです。縛っても前歯に残った毒が少量出ることがありますので丈夫な布袋で前歯の先端を包むように縛るか、泥などで牙の先端を詰めてしまう方法もありますね」
ティネントの説明にケンジたちが頷きヒドラの頭部の解体作業を行い、幼い金孤たちと一緒に不思議そうな表情を浮かべ見学するラフォーレ。ラフィーラとメリリには尻尾の部分を任され悪戦苦闘しながら丈夫な鱗を剥がしている。
「このヒドラだけでも遊んで暮らせるだけの財が持てるな」
「鱗は鎧、牙と爪は武器、毒や内臓は薬や錬金術の素材として使えるからの。特に鱗の価値は竜種に継ぐ強度を誇るの」
「うちの財政だけじゃ買い取れないが冒険者ギルドに売るのか?」
「正当化価値で買い取って下さるのならどこでも構いません。肉は売りませんよ」
勇者ケンジと大賢者ナシリスの会話に混じり視線を向けるティネント。
「ヒドラの肉は美味いんだよな~首まわりは適度な弾力で柔らかく、腹まわりも脂がのって、尻尾は煮込めば旨味が出て……背中の肉は脂が少なくて美味いよな~」
「うむ、尻尾の肉を使ったスープは絶品だの。特にティネントが作るスープは美味いからの」
ふたりからのヒドラの肉をご馳走して欲しいという言葉にティネントも悪い気がしないのか、睨むような視線で解体を進めていたが少しだけ表情が和らぐ。
「なあ、ヒドラにも驚いたが、さっき俺たちの前を通り過ぎた乗り物は何なんだ? 板? の後ろから水が出てたが、アレも大賢者ナシリスさまが作った魔道具か?」
解体を進めるリンクスに近づいたのは『月の遠吠え』のリーダーで毒腺を切り取り指輪の収納機能を使いその毒腺を回収し、先ほどのサーフボードを取り出す。丈夫な木から削り出したそれは前足を固定するバンドと後ろ脚を置いても滑らないよう溝が入れられ、後方には魔法陣が二つ描かれ、魔力を通すと水流が発射される仕組みになっている。
「これな。水流の魔法陣が掘られているから水面を走る事ができるんだよ。さっきは草の上を走ってたろ。アレは水球の魔法で水面代わりにして走ってた」
簡単に説明してサーフボードを手渡すと興味深げに見つめる『月の遠吠え』のリーダー。他のメンバーも感心したように見つめひとりが口を開く。
「これってら私でも使えるのか?」
「ある程度の魔力操作ができれば可能かもしれないが、ティネントさんとジジイには無理だったぞ。バランス感覚が難しいのと体重制限だな。ああ、ペプラは器用に乗っていたけどな。ん? どうした?」
毒腺の他にも散らばっていた鱗や牙を収納し会話が途切れたことを不思議に思い顔を上げると震える『月の遠吠え』たちが視界に入り首を傾げ、視線の先へとリンクスも首を動かすと眉毛を立てに吊り上げるティネントの姿があり、自身が口にした体重制限という単語が頭の中で繰り返されるのであった。
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