お茶とヒドラ
一行は執事のポールとメイドの『巨剣』改めササーリが手早く動き、馬車からテーブルと椅子を用意するとお茶を入れ始める。魔道具なのかケトルほどの大きさのポットに魔力を通すと湯気が上がり熱々のお湯が用意され、手慣れた手つきで紅茶を注ぎ入れるポール。
「急いでいたのでお茶請けの用意がなく申し訳ありません」
そう言いながら大賢者ナシリスに頭を下げるポール。
「うむ、ワシは甘いものは苦手だから問題ないが……」
その言葉に俯きあからさまにガッカリとするキラリ。
「果実ならいくつか保管してありますので出しますね」
リンクスが気を使い指輪から木苺や葡萄にザクロに似た果実を取り出すと目を輝かせるキラリ。ラフォーレも果物と聞き同じように目を輝かせ、膝の上や椅子のまわりで幼い金孤たちも食べたいと鳴き声を上げる。
「洗ってはありますが、水球で洗いますね。皿とかありますか?」
「すぐにご用意致します」
素早く馬車へと走るポール。リンクスは魔方陣を浮かべると水球が現れ、果実をその中に入れると水球が回り出し太陽光を浴びて赤や紫に輝き幻想的な光景が広がる。
「水球を使い果実を洗うとは面白いな。それだけ魔力操作が上手くなったのならアレもできるようになったか?」
「アレ……ああ、できますよ。自分なりに改良して陸でも扱えるようになりました」
ケンジからの問いに答えるリンクス。まわりは回転する水球を見つめ耳に入れていなかったのか問い詰めるものはなく、ポールが皿とナイフを持って現れ水球を解除して皿で受け止めるリンクス。
「とても綺麗だったわ。水球は水の初級魔法と聞くけど使い方によっては芸術作品のように見えるのね」
「芸術作品……リンクスさんの水球はアーマードベアをも仕留める凶悪な魔法でしたわ……」
「うむ、どんな魔法も使い方で戦況が一変するの。リンクスは水球を扱わせたらワシ以上じゃからの」
「ナシリスが認めるとは珍しいな。まあ、それだけ努力したんだろう」
そんな話をしながらもポールとササーリにメリッサは柔らかい紙で水気を拭き取り果実の皮を剥きカットする。
「絶界にもこのような果実が実るのですね」
「うむ、絶界での生存競争は厳しいからの。これらが実る木々も魔物化している事が多く採取するにも注意が必要だの。特にこの葡萄の蔦は魔物を捕食し――――」
皿に盛られた果実が届きひとつずつ説明する大賢者ナシリス。その横で目を閉じていたティネントの目が開きリンクスへと顔を向けて口を開く。
「リンクス、行きますよ!」
「へ? 行くってどこへ」
「少し離れた場所に大蛇の気配が複数あり、ふふ、大蛇ではなくヒドラのようです。これは料理のし甲斐がありますね」
スッと立ち上がるとリンクスの後ろ襟を掴みその場から離れるティネント。
「お、おい、ヒドラって聞こえたぞ!」
取り乱したように立ち上がり叫ぶ勇者ケンジ。まわりの者たちもヒドラという単語が出たことで口を半開きにして固まる。
「ええ、言いましたが?」
「いやいや、言いました? じゃなくてだな! ヒドラは軍が総出で相手にする魔物だからな!」
取り乱したように叫ぶ勇者ケンジ。大賢者ナシリスも頷き、リンクスもティネントに後ろ襟を持たれ地に足が付いていないが頷く。
「それがどうかしましたか? ヒドラの肉は首の場所によって肉質が異なり料理をする者にとってはこれほど楽しみな食材はありません。まだ成長しきっていない四本首、一番肉質が良い個体です。狩るに決まっているでしょう」
さも当たり前のように口にするティネントに大賢者ナシリスとリンクスも頷き、唖然とする一同。
ヒドラは亜竜種に属されることが多いが蛇の仲間であり、最大で山ほどの大きさまで育ち国を滅ぼした例もある恐ろしい魔物である。それを相手に肉質を語るティネントの常識の外れ方を耳にした一同が固まるのは仕方のない事だろう。
「あ、あの、私も一緒に戦っても」
「ダメだ!」「ダメです」という声が重なりひとつは父であるケンジが叫ぶように反対し、もうひとつはティネントが冷静な声で口にする。
「ヒドラは再生能力が高く鱗も竜種に引きを取らない硬さを誇っている! 迂闊に相手にして街にでも逃げたらどうする心算だ!」
「何を言っているのですか? 倒せばすべて解決です。ねぇ、ナシリス」
「うむ、その通りだの。ワシは葡萄が食べたいからリンクスよ頼むぞ」
「血抜きと解体は任せますからね」
「うむ、そこは皆でやれば良かろう。鱗も鎧や盾として使えるからの」
さも当たり前のようにヒドラ討伐を口にする三名にケンジも唖然として口を半開きにして固まり、ティネントはリンクスを手にしたまま高く飛び上がる。
「うおっ!?」
驚きの声を上げながらも指輪を立ち上げ大きな板を取り出し、高く飛び上がったティネントは巨大な壁を飛び越して着地する。
「本当に魔力操作は器用ですね」
そう口にするティネント。視線の先には水流を二本発射し空を飛ぶように移動するリンクス。足には先ほど指輪から取り出したサーフボードのような板に乗り、その後方から二本の水流が発射され滑空し、ゆっくりと地面に接触すると水球がサーフボードの前方に出現し、水球が地面との摩擦を減らしているのかそのまま牧草の上を進み続ける。
「はぁ……上手くいって良かった……」
高速で進みながらも胸を撫で下ろすリンクス。その横にはティネントがメイド服を靡かせながら走り、外にいた兵士や冒険者たちは唖然としながらも走り去る二人が遠のくのを見つめ。
「ヒドラはどの辺です?」
「このまま直進すると川がありその近くで鹿を食べています。こちらが風上なので一気に首を落としますので素早く回収しなさい。そうですね……目標は十五本ほどでしょうか」
高速移動しながらも二人の会話が成立するのはティネントの特殊な魔法によるもので、二人の前には空気抵抗を減らす流線形の透明なシールドが展開されているためである。
「十五本ですか……はぁ……頑張りますよ……」
「そうして下さい。できれば同じ首ごとに保管するよう心掛けて下さいね」
「………………はい」
そんな会話が終了すると川が視界に入り四本の首を持つ真っ赤なヒドラが見え、大型バスのような大きさに笑みを浮かべるティネント。リンクスはティネントの後ろへと速度を落としながら付け手を開いたり閉じたりしながら準備運動をする。
「では、参ります!」
「グラァァァァァアァァァ」
四つの頭のあるヒドラがサラウンドスピーカーのように叫び重低音を全身で浴びながらも怯むことなく走り抜けるティネント。その手は黄金に輝きすれ違いざまに一本の首を刎ね悲鳴を上げるヒドラ。
リンクスも「うへぇ」という叫びを小さく上げるが推進力の水流を上げて刎ね飛び上がったヒドラの首に触れ指輪の収納機能で回収し、ティネントは旋回し新たな首を刎ねる。
「ほら、早く再生しないとすべての首を刈り取りますよ」
足を止めヒドラの正面に立ち輝く手の平でクイクイと挑発し、ヒドラも挑発されている事に気が付いたのかその瞳を赤く染め、落とされた首がボコボコと泡立つように再生する。
「再生したての首の方が柔らかくて美味しいですからね。どんどん行きますよ」
一瞬にして間合いを詰めたティネントは三本の首を刎ね、リンクスは慌てて回収作業を急ぐ。
ヒドラは再生能力が高く内に秘める魔石を壊すか、隠れている頭を潰さなければ倒すことができない。が、再生能力がいくら高くても限界があり、再生するにつれ首の大きさは細く短くなりついには再生しなくなるのである。だが、落とされた首を捕食する事で無限の再生が可能になる。リンクスにはその無限の再生を止めるために落ちたヒドラの首を回収させているのである。
「尻尾の一撃に注意なさい!」
ティネントの激が飛びリンクスは器用に尻尾の一撃を加速して避け、落ちた首の回収作業を続けるのであった。
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