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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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塩がない

 本日から投稿ということで一時間ごとに五話ほど投稿します。


 

「なぁなぁ、遊ぼうぜ~勝負しようぜ~釣りとか退屈だよ~」


 そんな声が響く湖畔では一人の少年が竿というには適当過ぎる枝に毛糸を付けジト目を向ける。ジト目を向けられたのは頭に枝分かれした角がある以外は人族に見える女性で、少年の横で体を左右に振りながら遊ぼうと連呼している。


「ついこの前も、その遊ぼうで死にかけたが?」


「谷から落ちたぐらいで死ぬ方が悪い」


「死んでねぇーよ! 死にそうになったんだよ! 咄嗟に水を使って落下の衝撃を和らげたから腕の骨折で済んだが、死ぬほど痛かった……」


「あははははは、落下しながら絶叫してたもんな!」


「してたもんな! じゃねぇーよ! ペプラと一緒だと命がいくつあっても足りないよ……はぁ……この前こっそり果実酒を盗んでたっけ……ティネントさんに」


「ちょっ!? 脅迫とか卑怯だぞ! ちょっと味見しただけだからな! 盗んだとか、そもそも俺を脅迫とかリンクスは怖いもの知らずだな!」


 バシバシとリンクスの背中を叩くペプラ。その表情はどことなく楽し気で叩かれているリンクスは竿が揺れ今日の釣りは諦めようと糸を引き上げる。が、引き上げている時に食いついたのか竿として使っている枝が弓なりに曲がりミシミシと音を立て、慌てて両手で持ち腰を落として力を入れる。


「うぐぐぐ、こんな引きは水龍の悪戯以来だ!」


「こりゃ、夕食が楽しみだな! ティネントの酒に合う魚を釣れよ!」


「釣れよって、このままじゃ竿が折れるかも」


 その言葉に後ろで見ていたペプラは頭を掻きながら立ち上がりリンクスの背中に抱き付き両手で竿を支えて輝きを帯び、リンクスは歯を食いしばり力いっぱい竿を引く。


「ぐぐぐぐ、助かる。これなら……竿が……折れ……ない……」


 力みながらお礼を口にするリンクスに背中に抱き付きながら笑みを浮かべたペプラは大きな声で応援し、ついには一メートルほどの鮭に似た魚を釣り上げることに成功する。


 その場に座り込み肩で息をしながらビチビチと釣り上げた魚を見て安堵するリンクス。ペプラはケラケラと笑いながら「夕食は塩焼きだな~それに美味い酒だ」と機嫌よく口にするのであった。








「なぁ、素材の味を大切にするのは理解できるぜ~でも、塩味すらないのはどうしてなんだ?」


 昼間釣り上げた鮭に似た魚を捌き串に刺して囲炉裏で焼き口にしたペプラが感想と疑問を述べ、同席する薄毛の初老も大きく頷く。


「まったくだ。これでは酒が進まん……」


「ナシリスもそう思うだろ! 塩をケチるほど貧乏だったか? それとも俺に対する当て付けか?」


「当て付けではありません。ただ、塩が切れただけです。明日にでもリンクスが買ってきますから我慢なさい」


 そう口にしたのはペプラのように枝分かれした角を持つメイド服姿の女性。名をティネントといいリンクスの親代わりとして湖畔の家で家事をしている。


「明日ですか、明日は釣りをする約束が……」


「その約束はペプラとですね?」


「そんな約束したか? 俺は散々遊ぼうといったがリンクスは乗ってくれなかったぞ?」


 空気が全く読めないペプラにジト目を向けるリンクスだったが、そんなリンクスへ冷たい視線を向けるティネント。


「嘘はダメよ。嘘を吐くとその嘘を隠そうと嘘を吐き、最後には嘘しか残らないわ。リンクスは嘘吐きじゃないわよね?」


「は、はい、すみません……明日は一人で塩を買いに行ってきます」


 これ以上話しても無駄だと悟ったのかリンクスは素直に謝罪し、ティネントは微笑みを浮かべ自身が仕込んでいる果実酒を口にする。


「なぁなぁ、それなら俺が送ってやるよ。そのお礼に果実酒を少し分けてくれよ!」


「街へ行くぐらいならすぐだし、自分ひとりで行けますよ。ペプラは酒が欲しいだけだろ?」


「うっ、酒が欲しいだけとかいうなよ~俺はリンクスが心配で、」


「悪いがお前が送るのはなしだ。お前が送ったら街が滅ぶ……」


 素材の味だけの魚串を口に入れ目を瞑るナシリス。白髪混じりの薄毛と顎の無精ひげ姿で凄味のある声に食卓が静まり返りながらも黙って頷くリンクス。


「その通りです。私が付いて行きます」


「それもダメだ。街が滅ぶ……お前らは心配性が過ぎるぞ。リンクスは去年からひとりで街へ行って、」


「三年前からです」


「そう、三年前からひとりで街へ御使いに行っているのだ。この山だって遊び場として走り回り魔物にだって不覚を取ることはあるまい……ん? 三年前といったか?」


 無精ひげのある顎を摩りながら確認を取るナシリスにリンクスが頷き、ティネントも微笑みを浮かべながら頭を数回縦に振る。


「そうか……もう三年……リンクスはもう十五になるか……」


「リンクスも大きくなりましたね。この前は一人で鎧熊を相手に勝利しました。立派な戦士のひとりです」


「おお、あの硬い熊をひとりで倒したか! 教えてくれたら祝いのひとつでも持って来たのによ!」


「祝うな、祝うな。それは古龍の成人の儀だろう。リンクスは立派な人族だ。古龍種の考え方を押しつけるでない……」


「それはそうかもだが、人族だとどんな成人の儀をするんだよ!」


「それは村ごとに違うかもしれんが、ワシが住んでいた村は………………特になかったの。ただ、教会で洗礼を受けたぐらいだな。よし、明日はワシも街へ行くぞ。ついでにリンクスの成長を教会とあいつに教えてやろう」


 ひとり納得して果実酒を口にするナシリス。リンクスは面倒な事になったと塩気ない料理を口に入れ席を立ち明日の準備を始め、ペプラはキラキラした瞳をティネントに向け新しい果実酒が開封されるのを見つめるのであった。






 静かな森の一角の開けた場所でライトアーマーを装備し手にはショートソートが握られ構え、目の前の巨大な猪を前に怯まず声を上げ、飛び上がり振り下ろされる一撃。自重に加え鋭いショートソードの先端が眉間を切り裂き力いっぱい押し込む姿に、後ろで見つめていた兵士数名と冒険者は歓声を上げる。


「こりゃ本当に勇者さまの再来だな……」


「ええ、ビックボアはこの辺りではCランクよ。まだ、成人したてとは思えないわ」


「ビックボアの前に立つ馬鹿という言葉があるが……」


「領主の娘というよりも勇者の娘と呼ばれるだけあるのであるな」


 後ろから聞こえる冒険者や兵士たちの歓声に止めを刺した戦士はゆっくりと横に倒れる巨大な猪から飛び退き、完全に息絶えたのを確認すると半分ほど眉間に刺さったショートソードを引き抜くべく力を入れるがびくともせず、ショートソードを握ったまま猪の眉間に両足を付けて力を入れる。


「ふぬぬぬ、きゃっ!?」


 力いっぱい引き抜きその勢いで吹き飛びながらも自身の愛剣を取り戻しその場で血を払い鞘へ納め、ついて来た兵士と冒険者たちは一斉に巨大な猪の解体をはじめる。皮を剥ぎ内臓を取り出し、特殊な魔法で血を洗い流し、体内から取り出された魔石の大きさに歓声を上げる。


「ラフィーラさま、これほどの魔石は近年売りに出されておりませんぞ!」


 兵士のなかでも指揮官の男が口にして魔石を掲げ、笑顔で手を振るラフィーラと呼ばれた戦士。巨大な猪から獲れた魔石には興味がないのか、解体されその場で一口サイズにカットし串に刺して塩を振り、石を積み上げ竈にして焼き始めた方へとすぐに視線を戻す。


「勇者の娘は魔石の大きさよりも肉の味の方が気になるのですね」


 そう声を掛けたのは冒険者のひとりで杖を手に、万が一に備えいつでも回復が行えるように待機していた聖職者である。


「ええ、ビックボアは前にも倒したことがある……今回はアーマーベアの討伐が目標だもの……」


 その言葉に目を見開く聖職者の女。


「アーマーベアは危険過ぎます! 鉄よりも硬い皮に覆われ、毛は剣を滑らせます。爪による一撃は重装備の鎧さえ切り裂くと!」


「それは知っているわよ。でも、パパは軽々討伐していたと聞いたわ。私はパパを越える為にも必ず討伐して見せるわ!」


 叫ぶように自身の意思を伝え、その声は解体中の兵士や冒険者の耳にも届き新たな歓声が沸き上がるのであった。







 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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