第八話:家族団らん
「可哀想に」
そういったのは青の父、大だった。
大も子を持つ親として、しかも、同じ学校の青のクラスメイトと聞けば、いやでも関心を持つ。
「あなたたちは大丈夫?いじめに合ってない?」母、理沙が心配そうな眼差しで青と妹のルナを見て言った。
「大丈夫だよ」と青。
「私も」とルナ。
「そう、ならいいんだけど」理沙は安堵した。
「世の中には人に悪口を言ったり、イジメたり、蔑んだりしないと気が済まないという人間はいる。それも子供だけじゃない。大人だって老人だってそういう人間は沢山いる。構わなければいいのに、構わずにはいられない。どうしてそうなるのかは知らん。それがその人のストレス解消なのか、それとも人を吊るすことが正義を行っていると勘違いしてしまうのか、人を誹謗中傷することを辞めない。いや辞めれないのかもしれない。これは病気だ。人を傷つけないと気が収まらないという心の病だ。そんなことをしても、結局みんな不幸になるだけなのにな」大が家族に向かって言った。
「そうね、特に私たちの頃はSNSなんてものはなかったものね」
「俺が学生の頃だって、同学年で自殺で亡くなった者はいなかった。学校でもそういうのは聞かなかった。でも、今の時代はそうじゃない。いじめだの誹謗中傷だの、影に隠れて陰湿なことを平然とやる。ほんと世知辛い世の中だ。人は便利を得た代わりに、優しさ、思いやり、助け合う気持ち、そういう大切なものを失ってしまったのかもしれない。大体、いじめをほおって見過ごす奴がいたか?俺らの頃は嫌だったのは上級生と先生だったぞ。同学年でいじめるなんて、そんな共喰いのようなことはなかった」
「お父さんの時とは時代が違うよ」青が言った。
「時代が違っても学校は同じだろう。学校っていうのはな、共同生活を学ぶところだ。家族以外の人間と一緒に過ごし、いろんな人と出会い、いろんな意見、考えを見聞きし、お互いを尊重し、共に生きていくことを学ぶところだ。いじめなんてのはなぁ、全くそれが学べてない証拠だ!」
「共同生活を学ぶところだなんて、そんなの聞いたことないよ」青が反論する。
「それがおかしいんだ!だから、いじめなんてものが起こる。人の痛みがわからない奴が生まれるんだ!学校教育自体が間違っているんだ!」
「そんなの俺に言われても。そういうのは教育委員会にでも言ってくれよ」
「なら、青はそんな人間になるな!ルナもだ!」
「はいはい」妹のルナが大の言うことに面倒くさそうに返事をした。
「ルナ、なんだその返事は!大体お前は俺がLINEやっても既読スルーばかりで全く返してこないな!」
「ああもう」ルナは大から顔を逸らした。
「なんだその態度は!」
「パパ、SNS嫌いでしょ。ならいいじゃない」
「それとこれとは違うだろ。パパが送ったら返信するのが筋じゃないのか!?」
「別に家に帰れば会うんだからいいじゃない」
「お前、そういう問題じゃないだろ!パパが送ったんだから、ちょっとは応えるなりなんなりするだろ」
ルナは小声で大に聞こえるかどうか微妙な音量でポツリと呟いた。
「ああ、めんどくさいな」
「めんどくさいとはなんだ!」
「あ、聞こえた?」
「ルナ!」
ルナは最近、反抗期なのか、何かと大を避け始めた。そういう年頃になったということだろう。
ルナと青の名前はいずれも大が名付けた。
ルナの名前の由来はルナが生まれたその夜、夜空に見たこともないほど大きな満月が見えた。満月は大きく黄金色に輝き、どこか暖かさを感じた。
大はその満月を見てルナと名付けた。
青は大にとって初めての子供。感極まっていた。
病院の外に出たとき、空は青天、「こんなに空が青いのか」と、まるで天が赤ん坊の誕生を祝福しているように思え、その突き抜けるような気持ちがいいほどの青空を見て青と名付けた。
どちらも大にとっては思い入れのある名前。
大が愛してやまない子供たち。
その子供にそっぽを向かれることはたまらなく悲しかった。
理沙がルナを諫めた。
「ルナ。もう少しパパに優しくしてあげて。パパはルナが可愛くてたまらないんだから。わかってあげて、ね!」
ルナは不貞腐れ顔をして小さな声で呟いた。
「……気持ち悪い」
「おい、今なんて言った!」大がすかさず反応した。
「何も言ってないよ!」
「いや、言った!微かに聞こえたぞ!」
「ああもう!」
青も理沙も苦笑いしながら場を繕おうとする。
端から見たらプッと吹き出してしまう微笑ましい父娘のやり取りだろう。
しかし、こういういやり取りが小巻の家にはあったのだろうか、微笑ましい団らんの時はあったのだろうか……。