第七話:小巻の死
それはクラスメイトの若佐小巻だった。
小巻は家庭の事情で一年、留年し、みんなより一歳年上だった。シングルファザーで家が貧しいということからこの学校の校則で禁止されているバイトが、唯一認められていた。
その小巻がインスタグラムで『自分へのご褒美』と題してバイトのお金で買ったと思われる服やカバンの画像をアップすると、クラスメイトはその画像に対して「バイト代は生活費を稼ぐためではないのか!」と批判的な投稿を頻繁に受けていた。
それは同時に学校でも冷ややかな扱いを受ける羽目になった。
ゆえに小巻はいつも一人だった。
そう、小巻にクラスメイトの視線が向いているときは、桃は虐められずにすむ。
そのときだけは桃への陰口はなくなり、桃は気持ちが楽になれた。
そんな風に考える自分が陰湿で卑怯だということを桃はわかっていた。
しかし、いじめられないというのは精神的に救われ、平常心を保つことが出来た。
そう桃にとって小巻は自分がいじめに合わないための保険的存在だった。
その小巻が死んだ。
それは全く予期せぬことだった。
それを知ったのは翌朝の教室だった。
教室にいる生徒たちの様子が普段と違った。
別にあからさまにざわついているわけではない。それどころかいつもより静か。
生徒たちは教室の所々に小さなグループを作り、ヒソヒソとどこか驚きと緊張感をもって話していた。
それを青と桃は自分の席に着席し、いつもと違う違和感をお互い感じた。
教室に担任の先生が顔を出して、「今日は体育館で全体朝礼をするから体育館に集まれ!」と告げた。
校長が壇上に立ち全校生徒を前に話し始めた。
「ニュース等で知っている人もいると思いますが、昨日、わが校生徒の若佐小巻さんが亡くなりました。詳細に関しては、現在、調査中ですのであまり憶測や推測で物事を判断することのないよう軽率な行動をとらないようにしてください」
校長は言葉を濁したが、みんなわかっていた。
特に小巻のクラスメイトはなぜ小巻が死んだのか?
一言でいえば小巻への誹謗中傷によるいじめが要因の一つであることは間違いない。
たとえ違っていても、SNSで誹謗中傷の投稿をした者は気が気ではない。
その日は一日中、生徒も先生もどこか落ち着きがなく、心ここにあらずという感じだった。
夜になって小巻が死んだ動機が分かった。
小巻の父はタクシー運転手をしていた。勤務態度も真面目な人だった。
しかし、先日、お客を降ろそうと歩道に寄せたときに、後ろからきたスポーツカーに追突され、そのスポーツカーの運転手と揉めた挙句、殴られた。
殴られることは以前にもあった。
酔った乗客から暴力を振るわれたり……。
真面目に生きているのにどうしてそんな思いをするのか、自分の不遇を愚痴ているのを聞いた同僚もいるらしかった。
小巻の父はギリギリ正常な精神状態を保っていた。
その糸が切れたとき、漠然とした閉塞感から来る孤独を感じ、やる気どころか生きる気力もなくなった。
小巻も同様に誹謗中傷を受けながら、それでもそんな誹謗中傷を意に返さず自分を失わず奮闘してきたが、どんな人も中傷されれば気持ちが萎える。心が軋む。そんな思いを父に悟られないようにしていても、父は娘が気になり、娘のSNSを見れば、娘への誹謗中傷があることは容易にわかる。それがなんともいたたまれなかった。
そんな中、父が小巻に心中を持ち掛けた。
初めは冗談のつもりというか、様子を伺うように父は言った。
しかし、そんなことを言う父の境遇を小巻は察し、どこか自然と同意出来た。
「そうだね。もう十分頑張ったよね。そろそろ楽になってもいいのかな」小巻は応えた。
「なら、最期は親子水入らず、笑いながら」父は練炭と睡眠薬を出した。
「何、用意してたの?」小巻は微笑みながら父に問うた。
「苦しい人生だった。死ぬ時ぐらい楽に死のう」父は笑みを浮かべた。
二人は睡眠薬を飲み、寝ながら母が亡くなる前、貧しくとも幸せだった日々を思い出し、語りながら眠りについた。
その夜、二人は生き地獄から解放された。