第三話:人生のやり直し
「いや、実はここへ来たのも、何か胸がすくようなスケールの大きなものに出会えるんじゃないかと思って」太一はカップの中の珈琲の水面を見つめた。
「嫌なことでもあったのですか?」
「嫌なことではないと思います。とても良いことだと思います。でも、どこか空しくて」
「そうですか?まぁ、そういうことってありますよね。手に入れる前はワクワクしていたのに、手に入れた瞬間、どこか空しさを感じてしまうとか」
「そう、それです」
「そうですか。まぁでもそういうものですよ」
太一は魔貝を一瞥した。
「……実は宝くじで一等が当たりましてね」
「おお、それは凄い!初めてです。宝くじで一等に当たった人にお会いするのは。良かったじゃないですか」
「ええ。でも、こないだ学生の頃一緒に夢を追っていた友人が、とうとう夢を叶えたんです。人生の全てをかけていた夢です。とても狭き門で叶わぬ夢です。それを叶えたんですよ」
「それも凄いですね!さぞ喜ばれたんじゃないんですか」
「ええ、彼は一目も憚らず号泣していました。その姿を見て、自分も嬉しかった。けど、彼のそんな姿を見た途端、もし自分も彼と一緒に夢を追い続けていたら、夢を諦めずに続けていたら、という思いが頭をもたげましてね。そう思うとどこか漠然とした虚しさを感じてしまって」
「宝くじが当たったのに?」
「いや、それが当たったから余計に。僕なんかが、一生かかっても手にすることが出来ない大金です。でもそれを手にした途端、なんか、人生の未来が見えてしまったような感覚に襲われて。自分はこれからこういう人生を送って、そして年老いていくんだろうな、と、なんかあがりが見えてしまったというか。そしたら空しくなってしまって。それで思ったんです。もし夢を追い続けていたらどういう人生を送っていたんだろうって。そして友人のように夢を叶えたらきっと宝くじが当たるなんかよりも、とてつもない大きな達成感を得られるのではないかって」
「なるほど」
「別に今の人生に後悔はしてません。とても幸せな人生だと満足しています。でも、だからこそなんです。どこか今の人生の先が見えてしまって。燃え尽き症候群じゃないけど、なんかさめてしまったんですよね。そしたら、つい考えてしまうんです。あのまま夢を追い続けていたら、一体どんな人生になったんだろうかと」
「やりなおせるなら、人生をやりなおしたい?」
太一は笑みを浮かべ、
「いえ、もう年ですから、今からやり直す勇気はありません」
「じゃぁ、もし自分が若ければ夢を追ってみたいと」
「そうですね、若ければ、考えるかな」
「なら、若いころに戻ってみますか?」
太一は視線をあげて、静かに魔貝の顔を見た。
魔貝は柔和な表情をしている。
「戻れるんですか?」
太一は魔貝の冗談に付き合うように応えた。
しかし、魔貝は口元に不敵な笑みを湛えた。
太一はその顔を見て、緩んでいた表情が真顔へと変わっていった。
「本当に言ってるんですか?」
「実はこの手の相談はよくあるんです。特にお金持ちのお年寄りの方とか。全財産投げうってでもいいいから若いころに戻ることは出来ないかって。通帳を見せられたこともありました。ほんと桁違いな、見たこともない額が入っていて、思わず笑っちゃいますよ。持ってる人は持ってるんだなぁ~て。でも、そんなお金持ちでさえ、最後に欲するものがお金では決して買えないもの。もう一度、若返って人生をやり直したいですから、なんか感慨深いですよね。でも、僕はそういう人、大好きなんです。お金では決して買えないモノを、全財産投げ打ってでも手に入れたいという渇望を抱いている人。私は好きなんですよね。だから言うんです。その想いに応えるお手伝いぐらいならできますよって」
「応えるって、それは若いころに戻れるってことですか?」
「はい」
太一は、思わず苦笑し、「いやいや、」と呟くも、魔貝の顔は真剣な表情で、鋭く、刺すような視線で太一を見ている。
その表情に、太一は笑うのをやめ、少し間をおいてから一言。
「本当に?」
「本当です」
太一は、唾をのんだ。