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第一話:太一、宝くじ当たる

この世にはお金では買えないモノがある。

たとえば、人生のやり直し。

あの頃に戻りたい。そんなものはお金では買えない。

しかし、たとえ買えたとしても高校二年生の深緑青にはまだ必要はないだろう。

そう、もし人生のやり直しを買いたいという人がいるなら、おそらく若年層より中高年層の人が欲しいと思うのではないだろうか。

なぜ急にそんな胡散臭いことを言い出したかというと、お金で買えないモノを売っているところがまことしやかにあるらしい。

そんなことを青に言ってきたのは、幼馴染の古淵桃だった。

桃とは幼稚園の頃から同じ団地に住み、家族ぐるみの付き合いがあった。そんな桃が急にお金で買えないモノを売っているところがあると言ってきたのには訳がある。

桃の父親の太一が桃が生まれてから買い続けていた宝くじがとうとう当たったのだ。しかも、ジャンボ宝くじの一等六億。太一が宝くじを買い続けた理由は、宝くじを当てて一戸建てを買うという夢を叶えるためだった。

しかし、宝くじが当たった今、太一の夢は変わっていた。

太一は大学生の時、お笑いサークルに入っていた。

友人の吉野将司と二人で、さざえというコンビ名で世間的には無名ではあるが一応、小さな事務所に所属し、漫才の賞レースやオーディションに参加する日々を送っていた。

しかし、在学中、付き合っていた彼女、桃の母親である春子が妊娠した。

太一は将来のことを真剣に考えた。

赤ん坊が出来た以上、好きなことばかりは出来ない。それにお笑い芸人で食えるのは、ほんの一握り。今でさえ、事務所から貰える給料は芸人としてではなく、事務所の雑用、イベントの手伝いをして数万円もらっているだけ。

太一は、相方の吉野と将来のことについて話した。

「お互い在学中までお笑いで頑張り、きっかけがつかめなかったら解散しよう」と揉めることなく、すんなりついた。

吉野もまた親に学費を出してもらっている手前、夢ばかり追うことは出来ない。それは重々承知していた。それに芸人になりたければ、大学にいかずとも良かった。大学を出てなくてもテレビで活躍している芸人は山ほどいる。親の金で大学に行ってる以上、卒業したらちゃんとサラリーマンとして働くと決めていた。

結局、お笑いコンビさざえは卒業まできっかけもつかめず、お互い就職した。

それで夢は終わったと太一は思っていた。

しかし、吉野は終わっていなかった。

就職するも、どうしても芸人として生きていきたいという熱量の方が勝ってしまい、三か月で会社を辞めて、再び、芸人の道を選んだ。

それは学生の時の運良ければ、という気持ちではない。人生の全てをお笑いに捧げる覚悟でお笑い芸人として生きる道を選んだ。

それはまさしくいばらの道だった。

両親とも半ば絶縁状態になった。

しかし、そのいばら道を十七年間歩んだ末、今年、テレビ局主宰の大きな賞レース、漫才グランプリで優勝したのだ。

勿論、吉野の相方は太一ではない。太一の知らない人だ。

太一は、その優勝する瞬間の姿をテレビで見たのだ。いや、優勝せずともゴールデンタイムで元相方だった吉野がテレビ画面の中でスポットライトを浴びている。それだけで太一は十分すぎるほど衝撃だった。

ほぼ無名の吉野たちのコンビが優勝した。

人目をはばからず号泣する吉野の姿が太一には眩しく見えたと同時に十七年前のころの想いが去来した。

スーパーの野外ステージで、まばらなお客さんの中、漫才するも、ほとんどウケることなく、漫才の途中で席を立つ人の姿や、突然、泣き出す子供を抱えて出て行く親子の姿。

それでも二人でネタを作り、夜中、閉店したスーパーの駐車場の明かりを頼りに練習したときのことを。

警官に職務質問されたときのことを。

太一は走馬灯のように思い出した。

吉野の優勝を素直に喜べる自分がいる反面、もし、あのとき、と考えてしまう自分の存在を知った。

そして、期せずして太一にも幸運が舞い込んだ。

長年買っていた宝くじが当たったのだ。

宝くじが当たったことを家族に言うと、妻の春子は変な興奮の仕方をしていた。変な興奮とかいたのは、何をどう喜べばいいのか、春子が生きてきた人生の中で、たとえば学生のころの受験地獄で希望校に合格したときの喜びのように自分で勝ち取ったものではない、ただ宝くじの番号が新聞に載っている番号と同じだっただけのことなのだ。

しかし、それが意味するのは、これで億万長者になれるということ。

見たこともないお金が入るということ。

春子は宝くじと新聞を何度も見ては、跳ねたり、体をよじったり、手を振り回したり、体全身で喜びを表現した。

しかし、春子が喜べば喜ぶほど、太一は冷めた。

そして、ひとつの疑問が浮かんだ。

「お金がたくさん入ることが本当に幸せなのだろうか?」

宝くじが当たる前に思ったのなら、そんなことをいうのは貧乏人のただの強がりだ、と一蹴されるだろう。

しかし、今は違う。

六億というお金が現実のものとして太一たち家族に入る。

春子は「まず世界旅行しましょう。そして、世界の美味しいものを食べよう。豪遊に一億使ったとしても、あと五億円もあるわ。一億円で一戸建てを買ったとしても、残り四億。単純に一年一千万で生活したとしても四十年は何もしないで暮らせる」と浮かれていた。

太一もまた、「会社を辞めてのんびり暮らすか」と思うぐらいだった。

しかし、会社を辞めてのんびり暮らすことが幸せなのか?

充実感や達成感のある人生を過ごせるのか?

そう、そんな風に考えてしまうのは、元相方の吉野の存在だった。

太一は宝くじ六億と吉野のテレビ局の漫才グランプリ優勝。そして、今後の活躍。

吉野が一生かけても六億稼ぐことは出来ないかもしれない。

けど、これから感じるであろう充実感や達成感は俺には得ることが出来ないのではないだろうか?

そう考えていくと、宝くじ六億当たるのと、これからお笑い芸人としてテレビ局で、世間で活躍していくの、どちらがいいか。という選択になる。

火を見るよりも明らかだ。

お金よりも夢だ。

夢をかなえている自分に勝るものがあるだろうか?

太一は時間が経てばたつほど、どこか、大きな虚しさを覚えた。

太一は、何気なく喫茶眉唾に行った。



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