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姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ
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ミッション2

カワサキがCIAへ送ったレポートと装着品の要望は直ぐに了承され、プレシジョンライフルが届けられたときよりも早く手元に届いた。


今回、カワサキが要望した拳銃に使用する5.7×28ミリメートルの弾薬は1980年代に北大西洋条約機構(NATO)がベルギーの銃器メーカーであるFNハースタル社に新たな弾薬開発を依頼したことが始まりで、完成した弾薬は口径が5.7ミリメートルと小さいもののボディアーマー(防弾チョッキ)を貫通する威力があるものであった。

その際、FNハースタル社は開発した弾薬を使用する銃器も製造したものの、ボディアーマーを貫通させる威力があることから、軍や警察等の限定的な販売とされていたが、その後に貫通力を弱めた弾薬を開発して民間への販売も始めたことで、近年は他の銃器メーカーも当該弾薬を使用する銃器の開発に乗り出している。

この弾薬のメリットは、貫通力だけでなく弾薬のサイズが他の拳銃用弾薬よりも細いことから、弾倉に装填できる弾薬数が増やせることで、現在の販売されている口径9×19ミリメートルの拳銃の場合だと装填できるのは17発前後なのに対して、5.7×28ミリメートルの弾薬では20発を詰めることができる。昨今の銃器に求められる性能は、マグナムと呼ばれるような1発当たりの破壊力があるものではなく、ファイアパワーという1つの弾倉に多くの弾薬を装填して数多く撃てることに重点が置かれているのである。また、弾丸の重量が軽いことから反動が比較的小さく連射性能にも優れている点も魅力と言える。

更に、カワサキが指定した亜音速というのは、殆んどの銃器から発射された弾丸の初速が音速を超えることで、発砲音よりも早く弾丸が飛翔するために衝撃波が発生して音が聞こえるのだが、現在の消音器では衝撃波が発する音を制御することができないことから、消音器の効果を最大限に引き出すことを目的に弾丸の初速が音速を超えないように開発された弾薬のことである。ちなみに、5.7×28ミリメートルの亜音速弾薬は軍や警察にしか販売されていない。


要望していた拳銃と弾薬等が手元に届くと、カワサキは直ぐにライフル銃を試射した場所へ赴いて拳銃に専用消音器とハーフミラーを利用して照準を合わせるドットサイトを拳銃の照門の前にあるプレートを外し、そこにドットサイトを直に取り付て試射を行った。

ライフル銃に取り付けていたスコープの調整ほどを面倒ではないが、ドットサイトも調整をする必要がある。

数発の射撃でドットサイトの調整ができてから、改めて試射をしてみると拳銃の反動は想像する以上に小さく2連射や3連射が容易にできるだけではなく、ドットサイトを使っているためターゲットから15メートルの距離で試射を行ったが1インチ(2.54センチメートル)の範囲に着弾が纏まっている。


保養施設を偵察衛星で24時間監視しているCIAからは、未だ朴は保養施設から移動していないと連絡を受けている。だからといって、気を許してゆっくりもして要られないので、カワサキは拳銃の試射が終わった翌朝には保養施設へ向けてパジェロミニで出発した。しかし、今回はパジェロミニのままで目的地に行くことをせず、途中でレンタカーの営業所によって白いワンボックスカーを数日レンタルし、ワンボックスカーに乗り換えて現地へ向かった。

車両を変えたのは、前回の偵察で朴たちがパジェロミニを覚えている可能性があり、パジェロミニのままで行けば朴たちに警戒される場合に備えるのと、朴が爆弾テロを決行するのに保養施設から動き出すまではカワサキも近くで待機せねばならない。そうなるとテントを張るよりは車中泊で待機したほうが効率的であると判断したほか、車中泊だと食糧や飲み物を相当の量が積載できるので、度々食糧等を買い出しに行く必要がない。ある意味、朴が動き出すまでは持久戦を覚悟しなければならないことを考えれば、車内の後部座席をフルフラットにして、クッションが効いた広いスペースで休息するほうが身体的には楽である。

親不知海岸まで辿り着いたカワサキがワンボックスカーを停めたのは、保養施設と上越市の中間ぐらいの地点で、海岸沿いの道路が一旦海側に膨らんで、その後にカーブして山側に向かう辺りを見渡せる距離にして20メートルくらい山側の場所であった。

ワンボックスカーを停車させると直ぐにエンジンを切り、次いで車の後部と左右の窓に備え付けのカーテンを閉めて外から車内を覗かれないようにした。

その後、後部座席をフルフラットにしてからフル充電にしたタブレット端末を起動して、CIAから朴に関する情報を常時受信できるようにすると、新潟県に入ってからホームセンターで大型のクーラーボックス2個を購入し、更にホームセンター近くのスーパーマーケットで食糧と飲み物を買ってクーラーボックスにそれぞれ分けて収納していた。そのクーラーボックスからハンバーグを挟んだものとコロッケを挟んだ調理パンに350ミリリットル缶入りのノンアルコールビールを取り出して早めの夕食を摂る。突然、朴が動き出さないとも限らないし、カワサキがいる場所にしても、必ず朴が目の前の道路を使うという確証はなく一種の賭けなので、もし朴が違うルートを使った場合には直ぐに移動して、新たな襲撃ポイントへ行かねばならない。


カワサキが想定した襲撃ポイントにワンボックスカーを停めてから2日目、この日は朝から雨が絶え間なく降り続いていた。カワサキは車内でタブレット端末の画面と睨めっこ状態であったが、一瞬タブレット端末の画面から目を離して外を見ると降り続いていたはずの雨は止んでいた。西の空にある雲間からは夕陽が差し込んでくる。そのため、目の前の道路状態を把握することができた。雨が止んで海風が穏やかに吹いているものの空気中の湿度が高いためか、路面などは乾かずに湿潤状態になっている。

その時、タブレット端末に朴が乗車したSUV車が動き出したとの連絡が入ってきた。更に、追加情報としてSUV車が動き出す前に、保養施設から2名の人間が段ボールに梱包された5個の荷物をSUV車の後部に積み込んで、積み込みが終わると1名だけが運転席に乗り込んでSUV車がスタートしたと伝えてきた。これで、朴がドローン爆弾5機を積載したSUV車で移動したとみて間違いないだろう。

カワサキは、保養施設を上から捉えた偵察衛星画像に切り替えて、SUV車が向かう方向を食い入るように凝視していると、カワサキが予想した通りに車首を上越市方面へ向けて走り出した。

SUV車の方向を確認したカワサキは、ワンボックスカーの車内で拳銃の銃口先端部に装着されているマズルキャップを捻り外した。マズルキャップとは銃口先端部に消音器を取り付けるため遊底から1センチメートル程突き出ている銃身にネジが切られているのだが、消音器を装着しない場合にはネジ部分を保護するためにある部品のことである。キャップを外すと急いでいるが慎重に消音器を捩じ込み始める。捩じ込み式の消音器を取り付ける場合は、いくら金属製であっても乱暴に取り扱うとネジ部分を痛めることになり、結果として銃身と消音器が一直線な状態にならず、発砲した際に弾丸が消音器の内側に接触して弾道が思わぬ方向にずれてしまうので、ネジ同士を噛み合わせる最初のところは細心の注意を払う必要がある。

消音器を装着し終えると20発の亜音速実弾を詰めている弾倉を拳銃に装填し、遊底を引いて弾倉上部にある初弾を薬室に送り込むと安全装置を掛けたうえで、運転席側のドア開け車外に出る。CIAから寄越されていたスマートフォンにマイク付き携帯電話用ヘッドフォンを取り付け、CIAのミッションルームにコンタクトをとった。

電話にミッション・オペレーターが出ると

『ターゲットが、襲撃ポイントへ来るまでの距離と車両速度をライブで伝え続けてくれ』

と依頼をして、ワンボックスカーのバンパー右側でニーリングという片膝をついて座るような射撃姿勢をとった。一度、路上を走行する車のタイヤがある辺りの空間に向けて拳銃を構えてみるとワンボックスカーのバンパーが丁度良いレスト替わりになりそうだったので、拳銃を持った左の二の腕をバンパーの上に載せて構えを安定させた。

その間もミッション・オペレーターから

『ターゲットの距離、あと20メートル、速度は72キロメートル』

と伝えてきた時、朴がドライブしているSUV車のヘッドライトの光が、カワサキが狙っている辺りを照らし出し徐々に明るさが増してくる。

カワサキは、構えた拳銃の引き金をタイミングを計りながら引き始めた。ハンティングの場合も同じことなのだが、目標物が動いているような場合は狙っている箇所を真面に狙って撃ち込んでも、弾丸が届くまでの僅かな時間さえ狙点が移動するので狙った箇所には当たらない。そこで、発砲した弾丸が狙った箇所へ飛翔する僅かな時間に移動している標的の予想位置を見越して、その空間を狙って射撃するのである。

朴がドライブするSUV車がカーブに差し掛かる2メートルくらい手前で、カワサキは引き金を3回連続で引いた。一発目はSUV車の前方1メートルぐらいの路面に当たり小さな火花を散らしたが、2発目と3発目は右側前輪のタイヤにヒットし、ボフッという音と共にパンクして車体が右側前方へ傾いた。

そのため、SUV車は早く右旋回しようとするが、朴がステアリング操作で修正しようとして車両が蛇行しかけた時、朴が急ブレーキを掛けたらしく赤いプレーキランプが点灯するとSUV車は時計回りにスピンし始めた。

70キロメートル以上のスピードに濡れて滑りやすい路面でスピンしたSUV車は殆んどスピードを落とさずに海側のガードレールに突っ込んで行く。

ガードレールにSUV車が接触すると、勢いそのままにガードレールを突き破って海側へ落下していった。SUV車が地面に落下した音が轟いてくると、その直後には炎が立ち登ってきたのかオレンジ色の光が見えてきた。

カワサキは、落下した車両が見渡せることができそうな位置まで走り出した。もし、朴がSUV車から脱出するようであれば、事故死に見せかけることにならないが、手にした拳銃で撃ち殺すより方法がない。

いつでも拳銃を構えられるようにして、車両を見ると落下したSUV車は運転席側のドアを下にして横倒しになっており、エンジンの辺りから出火しているようである。

SUV車のフロントガラスから車内の様子が幾らか伺えたが、朴は気絶をしたのか動こうとしない。しかし、出火した炎が徐々に燃え広がってくると熱さのために意識を取り戻したようで、朴は必死の形相でフロントガラスを蹴り始める。

カワサキがいる場所まで車内の音は届かないが、朴は悲鳴を上げているのか口を大きく開けてフロントガラスを蹴り続けていた時、SUV車の燃料タンクに炎が燃え移ったのか、車両全体を包む程の炎が広がると、間髪なく大きな爆発音と共にSUV車が5メートルぐらい持ち挙げられ、周囲に無数の破片を巻き散らかした。たぶん、燃料タンクに燃え広がった炎がプラスチック爆弾にまで燃え移り誘爆を起こしたのであろう。

カワサキは右手で顔の辺りを翳しながら車両の爆発までを見届けると、ワンボックスカーの方へ戻り、地面を頻りに探し回って拳銃から排出された3発の空薬莢を回収して、ジャケットのポケットに仕舞った。

未だ16発の実弾が入っている弾倉を拳銃から外し、次いで遊底を操作して薬室に装填された実弾を抜いて弾倉に再装填して、弾倉を拳銃に戻し収納していたプラスチックケースに拳銃を仕舞う。

爆破した車両に近寄って、朴の死体を確認しに行かないが誘爆の直前まで車内に居たのだから、朴が爆死したことは疑いようがない。また、発砲した弾丸は1発目は路面に当たってから跳弾して海中に沈んだろうし、2発目と3発目は車両の爆発で遠くまで飛散したと思われ、余程の偶然でもない限り発見されることはないだろう。

CIAのミッションルームに繋がっているスマートフォンから『ミッション終了』と一言だけ伝えるとマイク付き携帯電話用ヘッドフォンを外して、CIAのミッションルームと通話状態であったスマートフォンを切り、タブレット端末もシャットダウンにした。

その頃になると、遥か遠方から消防車や救急車、パトカーのサイレン音が近づいてくるのに気付き、ワンボックスカーの運転席に着くと拳銃を収納したプラスチックケースを助手席の下に置いてから、エンジンを掛けるとヘッドライトを点灯して山側へ向けてハンドルを切り、遠回りのルートでパジェロミニを置いてあるレンタカーの営業所を目指してワンボックスカーのアクセルを踏み込んだ。


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