9 フレイヤ、父の友人を怪しむ
自分の家の執事が、自分と妹の手紙を読んでいる。
マーサが言うように、貴族の令嬢に変な交友があるのは好ましくないだろうが、そこまですることだろうか。管理が厳しすぎではないか。
読まれるとわかっている手紙は書きにくい。
直接会えるのであれば尚更だ。
フレイヤとフルールの手紙のやりとりは減った。
手紙のやりとりは貴族令嬢の嗜みだ。将来の社交の第一歩として、子供の頃から書くことを推奨される。
前の人生では、フレイヤも暇つぶしによく手紙を書いていた。
王宮では仕事もあるが、貴族令嬢ばかりの侍女はメイドのように忙殺されることもない。
フルールも暇にはしていたが、どうにも筆が進まないようだ。
会えるので特に問題もない。
それに、もうすぐ宿下がりの休暇が貰える。
王宮で働く住み込みの使用人は、1年に1度、自宅に帰ることのできる長期休暇があるのだ。
おおっぴらに外で会えるのは嬉しい。
フレイヤは前の人生でいろいろ学んだ。
先輩侍女へのちょっとしたプレゼントなどが役に立つことも知っているし、どんなものが人気なのかも知っている。
つまり、フルールに気の利いた手土産を持たせてやることもできるのだ。
フルールの帰宅に合わせて、留守がちな父親も戻ってくるらしい。
フレイヤにとっては1週間ぶりだが、父であるデュアルフ伯爵にとっては1年ぶりだ。
伯爵は土産にとてもいい肉を持って帰ってきた。
帰宅したばかりのフルールも目を輝かせる。
「今夜は御馳走ね」
「そうだな。そういえば、後でトビアスが評判の菓子を持ってくると言っていたよ」
トビアスというのはミントン伯爵だ。
フルールに侍女の口を紹介してくれて、その後もいろいろ気にかけてくれている。
特に名門という家柄ではないので、さして力もないが、ありがたいことではある。
ミントン伯爵が持ってきたのは、今、街で流行っている洋ナシのタルトだった。
洋ナシ自体が珍しいものだ。
上にゼリーがかかってキラキラしている。
「素敵」
「美味しそう」
他にも2人に手袋のお土産があった。
そういえば、前の人生でも、最初の宿下がりの時に、ミントン伯爵は手袋をくれたのだった。
上等な品物で、フレイヤはずっと大事に使っていた。
きれいな縁飾りがついていて、デザインも同じように見える。
フレイヤ達以外は、前の人生そのままに動いているのだろうか。
姉妹が喜ぶのを父親とミントン伯爵がにこやかに眺めている。
「いつもありがとう」
「なに、うちには女の子がいないからね。妻はこういうものを選ぶのが好きなんだよ」
「センスがいいと思ったら奥方か」
「そりゃあ僕にはこんな可愛らしいものは選べない」
父親たちが笑いあう。
ミントン伯爵が思い出したかのようにフルールに声をかけた。
「そうだ。王宮で頑張るお嬢さんにはもう一つご褒美があったんだ」
手袋の下にもう一つ薄い包みがあった。
花柄の透かし模様のついた便箋が入っている。
「離れていると寂しいだろう。それとも、手紙を書くのは嫌いかい?」
ミントン伯爵は笑っていた。
しかし、彼が『それとも』と言った瞬間、フレイヤの身体に悪寒が走った。
手紙を書くのが嫌か。
それは、最近、手紙の数が減っていることを知っているから出た言葉なのだろうか。
だとすれば、何故、ミントン伯爵は知っているのだろう。
「嫌いじゃないですけど、人に見られるのって緊張するんです」
フルールがうっかりと口を滑らせた。
「どういうことだね」
「えっと、だって」
聞かれて失敗に気付いたようで、フレイヤを見てくる。
執事がその家の令嬢の様子をうかがうために手紙を読んでいるとしたら、それは親である当主に報告するために他ならない。
そうなると父親の前で出来る話ではない。
「おじさまはご存じだと思うのですが」
フレイヤは助けに入った。
「王宮の手紙って検閲があるんですよ。いろいろ細かく言われるの」
「そ、そうなんです」
「ユリアーナ様のお話とかもしたらいけないんですって」
フレイヤの言葉にフルールもうんうんと頷く。
「他の人と会わないのに王女様の話も出来ないなんて、書くことないわ」
フレイヤは大袈裟に肩をすくめて見せた。
「それはしょうがない。王宮はその国の中枢だ。警戒してしすぎるというものではない」
父が2人を諌めるのに対し、ミントン伯爵は鷹揚に笑った。
「貴君は真面目だな。みな、適当に融通を利かせているよ」
「そうなのか」
「こんな小さなレディーの手紙まで取り締まるなんて、警備兵だって時間の無駄だよ」
ミントン伯爵はポケットからペンを取り出すと、便箋の入っていた包み紙に何かを書きつけた。
「厩舎にハンスという飼育員がいるんだが、私の知り合いだ。頼めば手紙を送ってくれるよ」
紙には名前が書いてある。
「こちらからも、ハンスに送れば届けてくれる。正式なルートでいいものを送ったら
実家からの贈り物の無い先輩に奪われた、みたいな話も聞くからね」
「そうなのですか」
それは経験がなかった。
デュアルフ伯爵は気が利かなくて、物を送ってきたことが無かったからだ。
しかし、他の侍女たちはいろいろ送ってきてもらっていたし、
確かに菓子などは本人より先に開けられていたこともあった気がする。
「大きい家のご子息やご令嬢であれば正式な手続きでも優遇されるけれど、我々クラスだとそうもいかないからね。
ハンスは私の知り合いだが、他にも小銭で請け負う下級使用人はいると思うよ」
「そうなのですね」
フルールが感心して聞いている。
「おじさまは物識りですのね」
フレイヤも持ち上げた。
「いやいや。そんなことはないよ。ただ、妻の妹も昔、王宮に出仕していてね」
それでいろいろな知識があるのだという。
フレイヤ達は聞いたことがなかったが、ミントン伯爵夫人はいい家の出なのかもしれない。
「奥方には感謝しているよ。ボーモンも奥方の紹介だっただろう」
フレイヤは耳をそばだてた。
「いやあ、たまたまだよ。本人も移りたがっていたし」
「それにしたって助かっているよ」
デュアルフ伯爵がボーモンを褒める。彼しか執事を見たことのないフレイヤにはよくわからなかったが
ボーモンはかなり仕事が出来るらしい。
父親たちの話を総合すると、ボーモンはミントン伯爵の奥方の実家で執事をしていたが、そこで同年代の同僚が執事長に抜擢されて、出世の芽が摘まれた。それで、執事を探していたデュアルフ伯爵家に紹介されたようだ。
上級使用人が紹介もなく雇われることはまずない。ミントン伯爵の紹介だったのであれば、納得と言えば納得だ。
その後、商売の話になりそうなところで、姉妹は部屋に帰された。
ここからは紳士がお酒を嗜む大人の時間、ということだ。
フルールがミントン伯爵にもらった書付のしわを伸ばすと、もらった便箋に挟んでいる。
「ハンスかあ。厩舎の人となんて、どうやって話すんだろうね」
行くこともないのに、と、フルールは笑った。
フレイヤは笑えなかった。
何故なら、フレイヤはハンスに会いに行ったのだから。
そう、前の人生での最初の宿下がりの日も、ミントン伯爵が家に来ていた。
その時、便箋を貰ったのはフレイヤだった。
お礼を言って、あの時も何故か、手紙の検閲の話になって、ミントン伯爵がハンスの話をしたのだ。
前の人生と同じ。
フレイヤ達以外が前の人生と同じように生きているなら、当然同じような行動をする。
それ自体はおかしくない。
おかしくないが、なにかよくわからない不安がある。
「本当はもう便箋はいらないんだけどね」
ベッドに寝そべったフルールが、今度は手袋を吟味していた。
「私たちが会ってるなんておじさまが知ってるわけないじゃない」
「そっか。でも、私、レイほど筆まめじゃないんだよねえ」
「手紙は淑女の嗜みよ」
社交は重要な貴族の仕事だ。その中には手紙のやりとりも含まれる。
「だってえ。人には向き不向きがあるって」
フルールは文章を考えるのが苦手だという。確かに、フレイヤのほうが筆まめだ。
「まあ、せっかくもらったんだから何か書こうかな」
フルールがぐっと伸びをして言った瞬間、フレイヤの頭の中のもやもやが繋がった。
「もしかして。その為のプレゼント?」
最近フルールが最初の頃ほど手紙を書いていないから。
美しい便箋を貰ったら、書く気になるかもしれない、と。
フルールは首を傾げた。
「私が手紙を書いたからっておじさまには関係ないじゃない」
「関係あるかもよ?」
前の人生でフレイヤはスパイとして疑われた。
全く身に覚えのない冤罪で捕らえられるなんてどういうことかと、ただただ驚いていた。
だが。
フレイヤはハンスに検閲されていない手紙を渡してやりとりしていた。
見られていないという気安さから、あまり書くべきではないようなことも書いた気がする。
それは、傍から見たら、怪しい行動ではなかろうか。
なんの根拠も無いことではなかったのだ。
そしてそれは、ミントン伯爵からのアドバイスに基づいていた。
ミントン伯爵は執事を通じて手紙の内容を知ることが出来た。
単なる想像だと思いつつ、フレイヤは疑念が沸いて出るのを止めることが出来ない。
自分は自覚のないままにミントン伯爵に利用されていたのではないか。
まさか。
スパイだなんて、根も葉もない冤罪だと思っていたのに、本当にスパイだったかもしれないなんて。