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8 フレイヤ、執事を怪しむ

フルールが働きに出てからもうすぐ1年になる。

フレイヤが女官という名のスパイになってからは半年ほどだ。

最初は荒唐無稽ではないかと思われた計画だったが意外なほど上手くいっている。

フレイヤは意外にそつなくスパイのような仕事をこなしている。

頼まれることが大したことではないからだ。

侍女であれば誰しもが知っているようなことでも、そこに立ち入れない男性にとっては貴重な情報らしい。

そして、フルールのほうも、フレイヤの心配をよそに、驚くほどすんなりと王宮の生活に馴染んでいた。

貧乏だとかオシャレじゃないとかの心ない陰口もフルールはあまり気にしていない。

フレイヤがそれを言うユリアーナや侍女たちにイライラして、内心で敵視していたのとは反対の対応だ。

気持ちが伝わるのか、ユリアーナたちもフルールには優しく接している気がする。

その様子を見ていると、フレイヤにも、自分も悪かったのではないかという気持ちが湧いてくる。

子供だった自分が頑なに自分の殻に閉じこもってしまっていたせいだったのではないか、と。

いや、でも、今でもムカつかないだろうか。

考えて思い直した。

きっと性格の違いなのだろう。

フレイヤがユリアーナに仕えていたら、今、この瞬間にも、意地悪な子供だと思ったに違いない。

しかし、今、フレイヤは別の道を歩いている。

王宮でちょこちょこスパイ活動をしながらも、伯爵家を継ぐために本格的に資産管理の勉強をしている。やるべきことはいくらでもあるのだ。

父親であるデュアルフ伯爵はフレイヤが王宮に女官として勤めていることは知らない。

それはランドールの意向だ。

官僚としての仕事はしていないので、あまりおおっぴらにできることではないのだろう。

そのへんをふんわり誤魔化すために、フレイヤは時々家で過ごしていた。

スパイのお仕事の方は、ひと段落している。

ユリアーナの宮への届け物のリストと、物品のリストをまとめて提出したばかりで、ランドールの部下がそれらの裏を取っている途中だ。

二重生活を円滑にするために、フレイヤはメイドのマーサを上手に使っていた。

マーサは父や家政婦の前ではおとなしくて扱いやすい女を演じていて、それはおおむね上手くいっている。

フレイヤの見立ては違ったので、彼女はマーサに注意深く接している。

具体的には、何か役に立った時に報酬を発生させるという方法で。

マーサもそれを承知しているので、フレイヤが興味を示しそうな情報を教えてくれる。

最新のアドバイスは新しい執事についてだった。

デュアルフ伯爵家では、これまで上級使用人は家政婦と従僕しかいなかったのだが、商売が軌道にのったので、執事を雇い入れたのだ。

中肉中背、特にこれといった特徴のない年配の男性で、性格は穏やかで優しい。

先日も、メイドが故郷に出す手紙を代筆してやっていた。

それを話してきたマーサはフンと鼻を鳴らした。

「まあ親切は親切だけどさあ」

それだけではないと言う。

「うさんくさいね」

「そうかしら。でも、代書屋に払うお金も高いから」

「でも、あいつがやると、メイドがよその人と話さないだろう」

フレイヤの家には字が書ける使用人は執事と家政婦しかいない。

家政婦はいつも忙しくしているし、厳格で頼みづらいから、これまでの下級使用人は街の知り合いや代書屋に頼んだりしていたようだ。

「ああいう連中は顔が広い。他の家の待遇なんかにも詳しい」

「うちは平均だと思うけど」

「でも、そんなにいいわけでもないだろ」

マーサは手厳しく評価した。

給料はほどほどだが、人数が少ないので仕事は多い。

他でいい働き口があれば、移りたいと思われるかもしれない。

「逆もあって、うちの事情をペラペラ喋られることもある」

それはあまりよくない気がする。

「ちょっと優しくして慕われるんなら安いもんだよ」

まあ、そうかもしれないとフレイヤは思った。

そういうことも含めて仕事の内だと考えるのであれば、仕事ができるとも言える。

悪いことではない。

「そういうことに気を配れるというのはいいことだよね?」

「まあね。ただ、そういう管理をきちんとするタイプのまっとうな執事さんは、いい家のお嬢さんが自由に行動するのは良いことだとは思わないかもよ」

マーサはフレイヤが自由にいろいろやっていることを知っている。

王宮でスパイをしていることまでは知らないが、王宮に伝手を作ってフルールと会っていると思っているようだ。

そもそもが平民の女性なので、貴族のことには詳しくないのに、意外と事実に近いところを見抜いている。その観察力を持つマーサの判断は、新しい執事はルールに厳しい人間だということだ。

それは困る。

「アタシのことも胡散臭く思ってんじゃないかって感じる時があるし」

「それは勘がいいね」

「困っちゃうよね。ホント」

マーサが首をすくめるのを見てフレイヤは笑った。

「あ、でも手順にこだわるとこはあるかも」

ふと、思い出す。

「さっきも、なんか順番っぽいこと言ってたような」

「へえ、何かあったのかい?」

「さっき、手紙が来てたんだよね」

新しい執事はボーモンと言う。

どこかからか紹介されてやってきた。

前の人生でも同じくらいの時期に執事としてデュアルフ伯爵家にやってきたのは知っていたが、ずっと王宮にいたフレイヤは、ほとんど接したことが無かった。

伯爵家の家人には礼儀正しく出過ぎることが無かった。

フルールも特に話題にしたことはなかったように覚えている。

だが、今のフレイヤの状況を考えると、使用人に対しては細心の注意が必要だ。

先程、家に帰ると、そのボーモンは玄関で郵便配達夫とやり取りをしているところだった。

手紙の束の中に華やかなピンクの封筒が見えた。

「あ、フルールからだ」

可愛い封筒はフルールのお気に入りだ。

最初の頃は時々手紙が届いていた。

しかし、王宮で会えるようになったので最近は減っている。

先週はイベントごとがあって会えなかったので、それで書いてきたのだろう。

昨日、会ったので内容は見当がつくが。

ユリアーナに付き添って騎士隊の行進を間近で見ることができた話を延々とされたので。

手を伸ばすとボーモンが遮った。

「仕分けしていないので、後でお持ちしますよ」

意味が分からない。

「でも、それ、フルールのでしょ。便箋を一緒に買ったもの」

フレイヤは横からひったくった。やはりフルールからで、宛名もフレイヤ宛だ。

ボーモンは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わなかった。いつも穏やかな微笑みを浮かべている彼の無表情は少し気にかかった。

その話を聞いたマーサはこともなげに言った。

「読んでんじゃないの」

「何を」

「手紙」

「封は切られていないわ」

「お嬢さんがたの手紙なら封が蝋じゃなくて糊だろうよ。あれは湿らせて開けられるって聞いたことあるよ」

「何のために」

「アタシが知るわけじゃないか。でもお偉いさんはそういうことするって」

そういうこととは。

他人の手紙を読むような事か。

しかし、フレイヤは手紙を読まれた経験があった。

前の人生でのことだが。

王宮から出す手紙は全て担当部署に集められて検閲されたのちに発送されるのだ。

だが、それはあらかじめ教えられる王宮のルールだ。

書いてはいけないことが多いから。

基本的に王族の噂話などはしてはならない。無礼に当たる。

ユリアーナがわがままだなどど書いたら鞭打ちになるだろうというくらいの予想はついた。

食事がまずいとかの愚痴もあまりよくはない。

場合によっては書き直しを要求される。

今回フルールが書いてきた『騎士隊がとてもカッコいい』にしても、騎士隊の個人名が入っていて、それが上位貴族の家の息子だったら、名前を削れと言われる可能性があった。

王宮にいた頃のフレイヤはそれが面倒で、裏から手紙を出していた。

下級の使用人に頼むのだ。

彼らは王宮の奥に立ち入れない立場だが、その代わりに王宮の外とのつながりがある。

お金があれば買い物もしてくれたりする。

実家が強ければ、実家からいろいろ送ってくるので、その必要もないのだが

フレイヤのような立場の者にはありがたかった。

フルールは今のところ、普通に検閲をうけているらしい。

封筒に検閲印が押してあった。

「まあ、想像はつくけどね」

マーサが言った。

「若いご令嬢の手紙を読む理由なんて、オトコがいるかどうかだろ」

「妹の手紙だよ」

「女同士だからこそ、あけすけにお互いのオトコの話をしたりするもんじゃないか」

それはそうかもしれない。前のフルールもブライアンと親交を深めていることを手紙に書いてきていたが、多分、父は知らなかっただろう。

「でも、王宮に出仕しているのに」

「王宮だって素敵な騎士さまとかいるんじゃないの」

「それはいるけど」

フレイヤは誰とも付き合っていなかったが、フルールはわからない。

付き合ったら教えてくれるとは思うが。

「ボーモンはフルールの手紙を読んでいるのかしら」

「さあね」

たいしたことを書いているわけではないが、読まれているとしたら気持ちが悪い。

「どうしたらいいかしら」

何でも知っている知恵者のマーサはその答えも知っていた。

フルールから届いた最新の手紙は、まだフレイヤしか読んでいない。

届いたところをそのまま持ってきたからだ。

フレイヤは封筒に髪の毛を挟んだ。

誰かが封を開けたら髪が落ちる。小指くらいの長さに切った明るい金髪は目立たず、

よほどの注意がなければ気づかれないだろう。

そして、ボーモンは気づかなかったようだ。

しばらくたって、フレイヤがもう一度封筒を開けると、髪の毛はどこにも挟まっていなかった。

つまりは一度、開封されたのだ。

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