23 フレイヤ、王弟殿下を探る
フレイヤは自分の記憶について、詳細なレポートを提出した。
王弟の反乱についても書いた。
ランドールの働きで、国内の状況は前よりも良い。
前の時はもう今くらいから国内がガタガタしていたように記憶している。
だが、フレイヤは王弟に直接働きかけてはいない。
王弟個人としては大幅な改変が起きていないという点で、王弟が過去と同じ行動をする可能性は大きい。
ランドールは全国的な不作と飢饉の対応で、信憑性としては今ひとつなフレイヤの記憶については後回しになっていたが、反乱の時期が近づいてくるとやはり気になるものらしい。
「おまえの話が本当だと仮定して」
一応の前置きはある。
「これから起きることとしては、叔父上の反乱が一番の懸念事項だ」
それはそのとおり。
しかも、王太子夫妻を探ったりしていたので、フレイヤが死ぬまであと1年半ほどになっている。
王弟が行動を起こすまで半年ちょっとということだ。
「なんとしても防がねばならない」
「きっかけが飢えた民衆の暴動なので、そこを防げばいいと思います」
フレイヤも反乱に対する対策は考えていた。
だから、ランドールに働きかけて、不作に対する備えをさせたのだ。
実際に、去年、ランドールは備蓄を増やした。また、天候不順に強い作物の作付面積を増やしている。それらを適切に配布することにより、民衆は抑えやすくなるはずだ。
今後も、引き続き、暴動のあった地域を重点的に支援すればいいように思われる。
だが、ランドールはそれだけでは不十分だと考えているようだった。
「叔父上はいくら民衆が苦渋にあえいでいたとしても、軽々に反乱に加担するような方ではないんだ」
本来は、国を動かして、国民を助ける方向で動く人間であるという。
それなのに、反乱したというのはランドールには信じがたい事だったらしい。
あくまでも身内の気持ちではあるが、会ったことのないフレイヤよりは人となりを把握しているだろう。
それに、フレイヤの方にもかねてから考えていたことはあった。
「私も気になることはあったのです」
「なんだ?」
「誰がどうやって、王弟殿下と暴動を起こした民衆を繋いだのでしょう?」
王弟殿下は王族だ。
周囲をお仕えする者たちに囲まれた坊ちゃん育ちなのは想像に難くない。
目の前のランドールのように。
ランドールは考え方が柔軟で、偏見なく下々の者と触れ合うが、本当に怪しい輩が付け入るようなスキはない。
いざという時はジョルジュが上手く防御している。
そしてジョルジュもなかなかの坊ちゃんだ。本当に飢えにあえぐ農民の知り合いなどいるわけがない。
王弟でも、その辺りは同じことだろう。
と、いうことは、誰かがいたのだ。ジョルジュのような役割の人間をかいくぐって、王弟殿下と接触した者が。もしくは、身近な人間を懐柔できるような誰かが。
「農民がいきなり武装勢力になるって変ですよね」
誰かが彼らを訓練し、糧食や武器を用意しなければならない。
「その辺も探ってみなくてはならないな」
「そうですね」
相槌を打ったところまでは他人事だった。
フレイヤが王弟の身の回りに近づけるわけがない。
ユリアーナやマージョリーの身辺を探れるのは、あくまでもフレイヤがユリアーナの侍女であるフルールと同じ顔をしているからだ。
「頑張ってください。応援しています」
それで、反乱が防がれるというのであればよいことだ。
フレイヤの心を込めた応援を、ランドールはバッサリ斬った。
「何を言っているんだ。おまえが探るに決まってるだろう」
「どうやって」
「話はもう取り付けてきた」
「はあ?」
思わず声を荒げたところにジョルジュがやってきた。
何か紙を持ってきている。
「ああ、出来たか」
ランドールが受け取って、そのままフレイヤに寄こしたのは任命状だった。
油断も隙もあったものではない。
「叔父上の住まう王宮の離れの宮では人手が足りていないんだよ」
なんでも、侍女やメイドが相次いで退職したらしい。
「偶然なんだが、幸運だった」
フレイヤにはちっとも幸運ではなかったが。
「でも、おまえにも関りが大きいと考えているんだがな」
「王弟殿下の反乱がですか?」
それは国中がかかわる大事件ではあるが。
「おまえの冤罪のほうだ」
「え?」
「王宮に賊が入ってユリアーナが狙われたということだったが」
王宮でも王族以外立ち入れないような場所の通路やユリアーナの予定が洩れていて、ユリアーナの侍女であるフレイヤが疑われたのだ。
「叔父上には動機があるだろう。ユリアーナを狙う」
「ありますか?」
思いつきもしなかった。
まだ子供のユリアーナを狙う動機など。
「この国では王は即位の時に精霊王の試練を受ける」
試練と言っても、一晩、精霊王を祀った部屋で祈るだけのことだが。
それで、生まれつき加護のない王でも、精霊王の祝福を受けるとされている。
「叔父上はその試練を受けていない」
「即位していないから当たり前ではないですか」
「つまりは、叔父上には自分に精霊王の加護があると証明できないということだ」
その考えはじわじわとフレイヤにしみこんできた。
知識人は加護を重視しないが普通の民衆は加護を必要とするだろう。
王になりたいが加護を持たない人間がいたとして、どうやって国民を納得させるか。
加護のある人間が味方にいればいい。
「それでユリアーナ様を?」
「手元に置いて、息子と結婚させればいいだろう」
国王はユリアーナには加護がないと言ったそうたが、それは他の人間には明かされていない。息子であるランドールも知らなかったのだから、王弟も知らないことだろう。
加護があると思われているユリアーナを旗印にすれば、反乱に与する人間も増える。
ユリアーナを狙う動機としては、縁談をめぐる陰謀などよりもはるかに切迫している。
「わかったか。おまえに冤罪をかけたのは叔父上かもしれないのだ」
それはフレイヤも理解した。
しかし、王弟がユリアーナに近づくために侍女を狙っているとしたら、フルールの姉であるフレイヤが近づくのは危険ではないのだろうか。
「大丈夫だ。俺がついている」
「王宮じゃないじゃないですか」
王弟は王宮から少し離れたところに屋敷を構えている。
以前は王宮内の離宮に住んでいたが、王太子が結婚してそちらに移ることになったので、貴族の屋敷が並ぶ地域に屋敷を構えたのだ。
つまり、潜入したが最後、ランドールからの支援は受けられないということだ。
だが、実際問題として、王弟が怪しいならば探らねばならない。フルールの為に。
王弟の住む屋敷はこじんまりとして温かみのある空間だった。後々、臣下に下って公爵になる予定を踏まえて選んだはずなので、十分な広さはあり警備もしっかりしている。
ただ、装飾も少なく、流行りにも寄らず、あまり威容を押し出した建物ではない。
住んでいるのは王弟とその妻、息子が3人と娘が1人いる。
上の息子がユリアーナと2つ違いで、真ん中の息子が同じ年、下の息子は5つ下になる。
ユリアーナの相手として考えるなら上の2人だろう。
次男と三男の間に娘がいて、フレイヤが面倒を見るのはその娘らしい。
彼女も王家の血を引いている。
ついでに加護があるかどうかを確認しろというのがランドールからの命令だ。
ランドールは無いのではないかと見立てている。
王弟の娘が加護持ちであれば、ユリアーナを狙う必要がないからだ。
ティリアという少女はごく普通の少女に見えた。
明るく可愛らしい。
そういえば、内乱の時に、この子供たちはどうしていたのだろう。
離れで接した王弟は、子煩悩な父親のようだった。
あらかじめどこかに避難させていたのだろうか。
国王が反乱を知っていたら、まず、子供たちの身柄を確保するに違いない。
ランドールはそうするだろうか。
彼は自分で装っているよりも真面目で心優しい人間性だが、国の安寧を一番に考える為政者としての一面も持つ。
反乱を阻止する為であれば、かなり思い切った手段にも出ることだろう。
「フレイヤ。お茶にしましょう」
カラニアが声をかけてきた。
王弟の妻であるカラニア妃殿下はあまりいい家の出身ではない。
デュアルフ伯爵家とそんなに変わらないクラスの伯爵家の出だったと聞いている。
しかし、父である伯爵が優れた学者で、王弟が子供だった頃に勉強を教えていた。
その縁で幼馴染だった二人は、王弟のたっての意向で結婚した。
そのうち臣下に下るのだから問題無いだろう、とかなりの強行突破だったという話だ。
王弟にそこまで惚れこまれるだけあってカラニアは素晴らしい女性だった。
美貌という点ではユリアーナの母である王妃には及ばないが、高い教育を受けていて知性があり、思いやりにあふれている。
使用人に対しても適切な処遇を行い、甘くはないが働きやすい職場づくりがなされている。
なので、今回、空きがあったのは幸運だった。
だが、それもおかしいと、働き始めてからフレイヤは思うようになった。
上手く回っている職場で、いきなり人が辞めることは珍しい。
先に辞めたいという相談があって、後任者が入り、辞める時には引継ぎが終わっているようなことも多い。
それがパタパタと数人が辞めたという。
そのおかげで、新参者のフレイヤが重用されているので助かってはいるが。
「フレイヤは所作が美しいわね」
お茶を入れる動作を控えめに褒められる。
ユリアーナの侍女をしていた経験があるので自信はあるが、それでも評価されるのは嬉しい。
カラニアと娘のティリア、ティリアの乳母が席についている。
午後、ティリアのおやつの時間のお茶はフレイヤも一緒にいただいていいことになっている。
今日はニンジンの入った焼き菓子だ。
ティリアが子供ながらに上品に背筋を伸ばして食べている。
ここではあまり甘すぎるものや脂っこいものは出ない。
野菜が入っているものが多く、健康を考えてのものかもしれない。
ユリアーナの宮とはだいぶ差があるようだ。
美しい妻に可愛い子供たち。今は剣の稽古の時間でお茶には参加していないが、ティリアの上に息子がいる。
この人たちは、反乱の時にどこにいたのだろう?
王弟が反乱を起こすとして。
先に愛する家族をどこかに逃がすのではないだろうか。
しかし、王弟の伝手のある場所は、王家の持ち物でもある。
通常の貴族であれば自分の領地があるが、王族にはない。
王家の直轄地は王のものだからだ。
臣下に下れば別だが、今の時点ではまだ王族だ。
だが、どこかには家族を匿う場所を確保していたはずだ。
もうすぐ反乱を起こすとなれば、そろそろ準備していてもおかしくない。
妻であるカラニアの領地だろうか。
しかし、カラニアの家は学者の家系で領地は狭いと聞いている。
それに、確か王都に近かった。
反乱を起こす地方にいるほうが目が届いて安心だろう。
フレイヤの記憶では、暴動が起こった地域に制圧に向かって、そのまま暴徒と共に乱を起こしたはずだ。
反乱は長引いていたので、何の目算もなく暴徒に加わったということではないだろう。
むしろ、最初から連動していたとも考えられる。
今、思うと、当時のフレイヤは何も考えていなかった。
国内が内乱状態だというのに、怖いと思うくらいで、あまり危険も感じていなかったし、どういう原因で起こったかも詳しく確認することなく、曖昧なままだった。
国中が飢饉で飢えに瀕していたというのに、王宮にはふんだんに食べ物があり、不自由することはなかった。
反乱も、そのうち国王軍が平定するだろうくらいに思っていた。
フレイヤ自身が途中で死んでしまったが、あの後どうなったのだろう。




