12 フレイヤ、見張り番をする
とりあえず、ランドールが行動的なことだけは確かだった。
偵察に行くことは避けられなかった。
フレイヤの忠告通り、ランドールが金持ちの商家の坊ちゃん風に装い、いかにも明らかな護衛を付けてアピールすることにした。
護衛を選んだのはフレイヤだ。
ぱっと見と喋り方で、よくいる兵隊出身の護衛のように装える男を選んだ。
ハンスがよくいると調べてきた男は何度か店にも行ったらしかったので、その男の紹介ということにする。
「聞かれないのに、誰々の紹介とか言っちゃ駄目ですよ」
「なんでだ」
「他の人はそういうことをしないからです」
フレイヤは注意した。
「他の人がやっていることをよく観察して、浮かないように行動するんです」
何と言っても王子様だ。周囲の状況をよく見て振る舞いを変えるなどということはしたことがないだろう。
そう指摘すると、ランドールはあっさりと否定した。
「そうでもない」
「まさか」
「次男なのでな。常に兄上のすることに合わせていた」
ランドールは自嘲気味に笑った。あまり見たことのない笑い方だった。
「そうでないと面倒だからな」
本人が言うならそうなのだろう。
納得はしたが、あまり思い浮かばない。ユリアーナの侍女であるフレイヤにとっても、王族が集まるような席は縁がない。
ランドールとはこうして話すが、その兄である王太子については、ちらりと見かけたことがあるだけだ。
物静かで温厚な人物だという人物評と、予算に厳しい吝嗇なところがあるという評価がある。
その二つは両立しないでもない。
「まあ、俺にも上手くできるところを見せてやるよ」
意気揚々としている王子をジョルジュが困った顔で見守っていた。
数日後、自分には関係ないと思っていたフレイヤは、馬の世話をする小僧に扮して、馬車の中で店の出入り口を見守ることとなった。
「なんで私まで」
「俺たちはチームだろう。参加していこうぜ」
「いざという時に頭数がいた方がいいかと思いまして」
御者に扮したジョルジュまでがそのようなことを言う。
「でもまあおまえは女だ。危険なことはするなよ。馬車からは絶対に出るな」
こんな時だけ良識的なことを言う。
フレイヤはおかしくなってちょっと笑った。
ランドールと護衛が店の中に消えていき、フレイヤとジョルジュは馬車の中で待機になった。
「全くもう」
「申し訳ありません」
ぶつぶつ言うフレイヤにジョルジュは頭を下げた。
王子の乳兄弟である。
どう考えても、フレイヤよりはるかにいい家の坊ちゃんだ。
「ご迷惑をおかけしています。ただ王子はああ見えていろいろお考えなのです」
「そうなんでしょうね」
「ご存じの通り、王家の皆様はあまり関係のよくない状態が続いておりまして」
「全然ご存じじゃないですが」
ただ、有名でないというのも嘘がある。
フレイヤが知っているのは、王太子とその弟であるランドールを産んだ前王妃は10年以上前に亡くなり、ユリアーナの母である今の王妃は前の王妃の生んだ兄弟とは仲が悪いということくらいだ。
国王は若く美しい王妃に夢中で息子の言うことは聞かないらしい。
王妃は浪費家で王太子はそれに不快感を示しているが、それは官僚の言いなりだとも言われている。
財政を預かる大臣たちが王太子に言わせているのだと。
「殿下は間に入って苦労しておられます」
「お兄さん派じゃないの?」
フレイヤが頼まれたのはユリアーナの宮の予算や業者、他国とのつながりだ。
使われている品物を報告したが、それらの価格も調べているようだ。
少なくともやっていることは王太子の意向に沿った内容だと思われる。
「あまり厳しく指摘すると諍いのもととなります」
高位貴族には王妃の親族もいる。前王妃は他国の王女だったので、後ろ盾としては弱い。敵対する派閥の面子をつぶしてもいいことはない。
ランドールはそこを危惧して割って入っているらしい。
「陛下は何もおっしゃらないの」
「王妃殿下の味方のようで。王太子殿下との関係も悪化しています」
「困ったものねえ」
王妃は侯爵家の出で、実家の後ろ盾がある。
王太子の後ろ盾は宰相で、ギスギスしながらも、そこまで大きい問題にはなっていない。
身内で揉めているだけであればなんということもないだろう。
実際、この先、反乱を起こすのは全く話題に出てこない王弟だ。
騎士団に属し、政治的なバランスも見て、各派閥を刺激しないように振舞っている。あえて言えば、国政に真面目に取り組む王太子の味方をすることが多い。彼もまた奢侈に厳しいのだ。
だが、それらは自分には関係ない。
フレイヤは話半分に聞きながら店の前をチェックした。
どこかで見た男が出てくる。
背が高くて筋肉質、見栄えのする体躯、顔は特に美形ではないが、鼻筋が通っていて悪くない。
服装は普通の商家の勤め人風だが、どこか違和感がある。
そして何より、本当にどこかで見た顔なのだ。
「あの人、見たことある」
「そうですか?」
ジョルジュが見たことがないということは王宮で見たわけではないのだろうか。もしくは身分が低くてジョルジュの目には留まらないのだろうか。
身元が分かれば。
フレイヤはそっと馬車を下りた。
「危ないですよ」
「ちょっとだけだって」
男は西のほうに向かっている。
繁華街から遠ざかる方向なので、そのまま帰宅するのだろうか。
フレイヤとジョルジュは男の後をつけることにした。
相手が徒歩なので馬車が使えない。
男は酒に酔ってでもいるのか、フラフラと歩いている。
そこまで速度も速くない。
どこで見たのだっただろうか。
ぼんやり考えながら後をつける。
ふと、男が足を止め、後ろを振り返った。
ぞくりと背筋に悪寒を感じ、隣を見やったが、ジョルジュがいない。
なんで。
その瞬間、さっきまでの千鳥足が噓のように、男が身をひるがえした。
フレイヤの前に立ち、深くかぶった帽子をはがす。
「おまえは」
フレイヤを認識した男が剣を抜く。
商人風のしつらえだったのに、どこに隠していたものか、腰のあたりから白い刃が飛び出るように空を舞った。
殺される。
フレイヤが身をかがめた時だった。
目の前の剣が飛んで行った。
いつの間にかランドールがいて、怪しい男の剣を薙ぎ払ったのだ。
「何者だ」
ランドールが足を踏み込んだ時だった。
なにか煙のようなものが沸き上がって視界が塞がれる。
ひるんだ隙に男の姿は消えていた。
「何考えてるんだ」
ランドールは勢いのままにフレイヤを怒鳴った。
「いきなり後をつけていくなんて。ジョルジュが知らせてくれなかったらどうなっていたか」
なるほど。一緒に来ていたと思ったジョルジュは店に戻っていたのか。
勝手に持ち場を離れるわけにもいかないだろう。
「聞いているのか」
返事をしようとしたのに声が出なかった。
フレイヤは自分がガタガタ震えているのに気づいた。
あまりにも恐ろしくて実感がなかったのだ。
「大丈夫か」
ランドールもフレイヤの状態を見て取ったのか、手を取って起こしてくれる。
その手は意外なほど優しい。
フレイヤは支えられてようよう立ち上がった。息をつくと少しずつ自分の意識と身体が一致していくような感覚がある。
でも、まだおかしい。
ランドールがキラキラして見える。
なんということだ。
助けてもらったというだけで、チャラいと思っていた王子が、本当の王子様に見えてくるなんて。
「馬車から出るなと言っただろう」
「はい。ごめんなさい」
短慮ではあった。
しかし、どこかで見た顔だと思った瞬間、怪しい男に迫るチャンスだと考えてしまったのだ。
「それで、何者なんだ、あれは」
「見たことはあると思ったのですが、はっきりしなくて」
「俺も見たことはないな」
そこにジョルジュが駆けつけてくる。
「おまえは見たか?さっきの男」
「見ました」
「知ったやつか」
「いいえ」
ジョルジュがそういうのなら、官僚ではないということだった。
「王宮で働いている下男だろうか」
身分の低い下男であれば、王子やその乳兄弟が見ることもない。
「もっと、なんか華やかな服を着ていたような」
モヤモヤとした記憶の中で、顔の付近、首元にひらひらした飾りがあった。
「下男であれば制服だろう」
「では、ご実家では」
ジョルジュが口をはさむ。
「これでも貴族の令嬢だぞ。変な男と知り合う機会はない」
ランドールの言う通りだった。王宮に働きに来ている時はいざ知らず、フレイヤの日常は年配の女性ばかりと会っている。例外は使用人だが、さすがに自分の家の使用人は皆わかる。そこまで人数が多くないからだ。
これが大きいお屋敷ならば違うのだろう。ミントン伯爵の屋敷には3人も執事がいるという。その規模であれば、きっと覚えきれない。
そう連想した時、フレイヤの記憶がつながった。
あれは、ミントン伯爵の従僕だ。ミントン伯爵が訪ねてくる時に控えている。
ランドールは具体的な名前に、かえってひるんだようだった。
「調べないとならんな」
そう言い、その日は解散となった。
ミントン伯爵が死んだと聞いたのは翌々日のことだった。
馬から落ちて頭を打ったのだそうだ。
タイミングが悪い。
偶然かどうかはわからない。
伯爵家の使用人を調べたが、フレイヤの目撃した男はいなかった。
ハンスはいつの間にか退職していた。
小銭稼ぎが厩舎の責任者にバレてクビになりそうなところを、自分から辞めたということだった。
こうして怪しい人物につながる糸は途切れたのだった。




