悪夢再び
やつがまた、ローマに戻ってくる
スッラはローマから離れる際、二人の執政官代理を立てた。
この二人のうち、一人は親スッラ派の人物であったが、もう一人の方は、民衆派よりの怪しい姿勢を見せている人物であった。
スッラは、ローマに滞在していた期間、政敵に対し粛清を実行したが、スッラに粛清された人物たちの大半は新マリウス派の人間のみであり、民衆派の議員たちを軒並み処刑したわけではなかった。
その点だけ見れば、スッラはマリウスとは異なり、違う派閥と言うだけで敵対勢力の排除、虐殺を行わなかったことがわかる。
しかし、今回はスッラの人の良さが、裏目に出てしまうこととなる。
スッラの命を受け、行われた執政官選挙で当選した代理執政官の一人、キンナは民衆から貴族階級へと上り詰めた人物であり、昔から存在する由緒正しき貴族たちからは、成金の鶏とバカにされていた人物である。
そのため、キンナは貴族からの潤沢な政治資金の援助を受けることは叶わず、キンナの政治資金を捻出する政治的支持基盤となりえたのは民衆を除いて他になかった。
また、キンナは仮にも貴族階級に属しているにも関わらず、マリウスの考えに近い国民優先の政策を連発したことも合わさり、スッラが東方への遠征へと旅立ってから2ヶ月もする頃には、完全な民衆派として貴族からは認識され、元老院の中では常に周囲から白い目で見られていた。
以降キンナは、貴族たちからありとあらゆる政治工作(主にネガティブキャンペーンなど)を受け、精神を病んでしまった。
そんなとき、キンナの目の前に現れたのが、カルタゴに亡命していたマリウスからの使者であった。
「おお、哀れなキンナよ。抑圧されたる戦士は、果たして戦士足り得るのか?」
キンナは、この一言にプライドを強く刺激された(キンナの祖先は、勇敢な戦士を輩出する名家であったため)。
「そうだ、私は戦士だ。私は自由の闘士なのだ!」
キンナの目には、怪しい輝きが宿った。
従者たちの証言によると、キンナは悪霊か何かにとりつかれたかのようだったという。
マリウスからの使者がキンナのもとに現れてから約1ヶ月後、なんとキンナはスッラを裏切り、スッラを“許されざる国家の敵”と名指しするのと同時に、マリウスをローマに召還する決議を見せしめに何人かを殺した後に、強引に可決させたのだ。
当然、このような事態はスッラ自身も起こりうるだろうと考えていたため、先に述べたように、代理執政官を二人擁立したわけなのである。
しかし、キンナと同時期に代理執政官となったポンポンニウスは、キンナが強引にスッラを引き摺り降ろす法案を可決させる前日に、コロシアムの階段から足を滑らせ、転落死している。
これはほぼ暗殺であると考えてよい。
こうして、キンナの策略により、ローマにマリウスが戻って来ることがほぼ確実となり、虐殺の悪夢が再びイタリア半島に訪れることとなる。