前代未聞の独裁者
マリウスを破り、内戦の勝者となったスッラによる恐怖の独裁がついに始まる?!
さて、ローマから敵対する組織を徹底的に粛清したマリウスが、スッラの軍団により排除された。
ローマがスッラの手に奪還されてから数日のうちに、新たな元老院議会が設置された。
スッラは、ローマの再建が我々の使命であるとして、スッラ自身に最高権力である執政官(現:大統領職)の座を選挙なしで付与する法案を元老院議員で可決させた。
議場は、おびただしい数のスッラ軍団の兵たちが取り囲んでおり、名目上は議会の開催中の保安と治安維持であった。
実態としてはスッラに逆らえば、その場で殺されかねないという恐怖心を煽る、一種の脅しであったことは、まず間違いがない。
この点だけを見れば、スッラはマリウスにも引けを取らないほど強引な行動に出たとも言える。
しかし、スッラには支配というものに対しての欲求がマリウスと比べて、薄かったようにも見える。
というのも、ものの数分で自身に最高権力を与える法案を可決すると驚くべき発言をした。
誰もが、スッラは最高権力を振りかざし、ローマの王として君臨するだろうと考えていたが、
「よいか、私はミトリダテースの首を取りに行く」
と、スッラはマリウスとの内戦によって、お預けとなっていた黒海周辺の再占領を行うべく、執政官の権力を使い、自身を最高指揮官に任命するとローマを離れたからである。
スッラは自身の留守中、代わりとなる執政官代理をこれまで通り、民主的な直接選挙で2名選出すると、彼らにローマ再建の陣頭指揮を取るよう命令した。
「あくまで、ローマは共和政(民主政)なのだ」
スッラの発言は元老院議員たちは驚かせ、長老たちは互いに顔を見合わせる。
誰もが唖然とする中、スッラは議場から颯爽と退場していったのである。
こうして、ローマの最高指導者にまで僅か数分で上り詰めたスッラは、執政官の最高権力を指揮権の獲得のために行使すると、それをあっさりと捨て、自身はミトリダテス討伐のためにイタリア半島を後にするという、前代未聞の行動を取ったのである。
あまりにも酔狂なスッラの行動であるが、結果として、スッラは共和政(民主政)を維持するため、自らの権限を全て民意に委ねたという事は、この行動からも明らかである。
しかし、後にこの決断がさらなる惨劇を巻き起こす事は、まだ誰も知る余地はなかった。