腐肉
スッラの軍団は二手に別れて上陸した。一つは北部の湿地(現ヴェネチア)、もうひとつは前回同様のイタリア半島南部だ。
スッラ軍団は二手に別れることで、ローマのマリウスを挟み撃ちにし、今度こそマリウスの死を確実なものにしようとかんがみたのである。
だが、結果はスッラの不戦勝であった。
マリウスは持病から体が腐敗してゆき、全身に蛆とハエがわきその死体は彼を慕ったものたちですら見放すというざまであった。
スッラはかつての上司であり、憎き敵となったマリウスの遺体とされるものを部下に毛布でくるませると、川に投げ込むように命じた。
スッラとマリウスの対立はここに幕を閉じたのだが、マリウスの息子である小マリウスはローマからの独立を望むサムニウム部族の独立を認める代わりに、その軍事力を一手に掌握し、一つの勢力圏をイタリア半島北東部に形成していた。
スッラの軍団はポンペイウスとクラッススの軍団と合流し、松明を手にサムニウムの村や石碑を全て破壊し、火を放ってまわった。
スッラによって奪還されたローマ元老院の新議員らは、全てスッラの息がかかったもので構成され、この日の前日に小マリウスとサムニウム部族の絶滅が合法的な手段を得て、決定されたのである。
焼けた家から這い出てくるサムニウム人たちに向けて容赦のない矢の雨を浴びせ、女は生け捕りにされ、兵士たちの慰み物となった。
家畜は兵の食料や戦利品となり、その一部はローマにも送られ、配給されたと聞く。
小マリウスの率いる部隊は、山城に立てこもるがスッラは山に向けて火を放ち、投降か燻されて飢え死にするかを選択させた。
小マリウスはもはやこれまでと頸動脈を掻ききり自害した。
サムニウム人たちは頭領を失った事で一斉に投降し始めた。
スッラはこれを待っていた。
当時の軍団兵への給料支払いは金品の略奪か侵略地の土地分配を兵に対して行うのが定石であった。
つまり、反逆者の小マリウスを倒したところで得た金品と土地など無いに等しいものであるから、スッラは奴等を全員射殺せと命じたのだ。
スッラの一声は、一文の特にもならない内乱をサムニウム人の絶滅という形で、彼らのイタリア国内の領地を全て没収し、兵たちの給料支払いに当てようというものであった。
兵たちもそれを理解し、嬉々として投降してきた兵や女子供、老人を含めた全てを亡きものにしたのであった。




