降臨
そこは戦場だった。
命の滓と武器と熱狂だけが辺りに散らばされていた。
見渡す限りの荒野。
見渡す限りの屍体。
雲から覗く青い空でさえ地上の凄惨な飾付けに表情を曇らせているよう。
そんな趣味の悪い戦場に立ってる者達がいた。
勇者と魔王。
聖剣騎士と魔槍王。
森の女王と沼の魔女。
狩人には砂の怪物が。
聖者と神官は祈っている。
竜が炎を吐いている、誰かを探しているようだ。
キメラが屍体を貪り膨れ上がっている。
冒険者と半獣半人。
探窟家が腐臭の霧に入った。
組織の回し者が世捨ての武人に相対した。
宰相が荒野に捨てられた。
愛を踏み潰された海賊達の船は止まらない。
空が不機嫌に雷で威嚇した。
無知な魂達が赤の体を起こした。
神は耐えきれない。
引っ張る程食い込む。
吸い込む程勢いが増す。
閉じ込める程それは自由になった。
時間を止めれば光が溢れて見えなくなった。
足を切ればさらに自由に浮き上がった。
言葉で囲めばそれは目配せで解痛かった。
熱で溶けない。
極寒で凍らない。
衝撃で折れない。
圧力で潰れない。
真空で変わらない。
ならば、
ならば最後は愛で入り込むまで。
愛。
愛が、溺れる程注ぎ込まれてーーー
それが、こちらを向いた。
「 」
じゃあな、と一言。
その寸での後にそれは穴を開いて落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦場を覆う、半狂乱な雲が唸りを止めた。
それは、巨大な力のかたまり。
それは、果てしなく長い巻物の終わり。
それは、凝縮した世界の結晶。
それは、揺らぎなき心の結露。
ーーそしてただの一人のニンゲンであった。
遥か大きな力の圧力に誰もが思考を止めた。
空を見る。
ー
ーー
ーーー
ーーーーーーーーー空が割れた。
雲が飛び退いて、姿を散らしていく。
力の圧力が大気を圧縮して空をより一層青くした。
景色が歪んで、熱を捏ね始めた。
上空の真空をこじ開けて、小さな穴を作り出した。
穴から一人男が降りてくる。
ーーーー降臨だ。
まるで神話の一端を覗いているかの様な光景。
誰もが空を見上げていた。
ーゆっくりと降る。
男は、世界を懐かしむ様にゆっくりと降った。