表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/67

裏切りの音符

安藤理恵。


明日香は、知っていた。


少し前、テレビで特集をしていた。


海を越え、世界で認められた歌手。


日本人でありながら。


伝説の歌手。



でも、自殺したと…。




恵子は目を細め.....


「2人は、すぐに惹かれ合い…愛し合ったわ」


恵子は、CDを見つめていた。


「そして、あたしを捨てて…健司は、理恵さんと2人で、アメリカに渡ったのよ」


恵子の悲しげな表情に、明日香は、胸を締め付けられていた。


恵子は、扉のKKのロゴに再び、目をやった。


「彼なしでは、あたしの音は、生まれない。だから…彼が、いなくなって…あたしは、歌えなくなった。KKは、1人じゃないから…」


恵子はCDを、棚にしまった。


「理恵さんが、亡くなって、すぐ…彼も、後を追うようにして、アメリカで亡くなったわ」



カラオケの代わりが終わり、拍手が、観客から起こる。


恵子もステージを下りるお客の方を向きながら、拍手した。


「だけど…明日香ちゃん。あなたが来た。あたしが、忘れてた…忘れようとしてた…音を持って。あなたは、言ってくれたわね。あたしの歌が、好きだって…。とっても嬉しかったわ」


明日香に、顔を戻した恵子は、涙ぐんでいた。


「ママ…」


明日香も、泣いていた。


「あなたに、出会えて…あたしは再び…音楽に、向き合えるようになったの。あなたのお陰よ。本当に、ありがとう」


恵子は、お客に見られないように、涙を拭うと、


明日香の涙も、ハンカチで拭いてあげた。


「お互い…泣き虫は、禁止よ。女の涙は、めったに見せない…武器なんだからね」


恵子は、明日香にウィンクした。


恵子の話が終わると、


明日香は、店を出た。


もう8時前だ。


決して明るいとは、言えない道を、駅まで下っていく。


昔は、本当の山道だったけど、最近はKKより上に、住宅が建ち並ぶようになり、街灯は多い。


駅までは歩いて、3分くらいだ。


階段を下り、改札を通ると、


里美がいた。


驚く明日香に、里美は手をあげ、


よっと、一言発した。


「里美!?どおして、ここに!用があって、帰ったんじゃ…」


「うん。でも…もう終ったから…」


里美は俯き加減で、


歩き出す。


でも、昨日と違い…どこか嬉しそうだ。


「何か、いいことあった?」


明日香は、里美の顔を覗き込んだ。


ちょっとにやけている。


あまり見られるのが、嫌みたいで、早足になる。


「いいことあったな」


里美の足が、止まる。


「何?」


明日香も、嬉しくなってきた。


チラッと明日香を見ると、


里美はまた、歩き出した。


ホームにでる。


タイミングよく、電車が入ってきた。


ドアが開き、2人は飛び乗った。


ドアが締まると、里美はドアにもたれかかる。


そして、またクスッと笑う。


「勿体ぶらないでよ」


里美は、明日香に、嬉しそうな笑顔を向けた。


「コクられた」


里美は、体を反転させ、


ドア越しに、流れる風景を見つめながら、呟くように言った。


電車は、地上に出た。


「誰によ!」


里美はまた反転し、明日香に正面を向けると、満面の笑顔を見せた。


「高橋くんに!」


明日香は、里美の言葉に喜んだ。


「よかったじゃない!」


里美は笑顔のまま、大きく頷いた。


「今日呼び出されて…付き合いたいって!明日から、いっしょに帰ろうって!だから、明日香とは…帰れなくなるから…。今日は、迎えにきた」


里美の幸せそうな様子に、明日香は心から、祝福したかった。


これで、少しギクシャクした2人の関係も、もとに戻ると。


次の駅で、電車を乗り換えると、一駅で、2人の学校がある駅に着いた。


2人は、電車を降りると、同じホームに向かうけど、


乗る電車が違った。


明日香は普通。


里美は急行だ。


ホームに、電車が滑り込んで来た。


急行だ。


「じゃあ…お先に…」


電車に、乗り込む里美の背中に、


「おめでとう!里美!」


明日香は、声をかけた。


里美は振り返り、


「ありがとう…明日香」


里美は、涙ぐんでいた。


ドアが閉まり、電車が動き出しても、明日香は手を振り続けた。


電車が、見えなくなるまで。


「明日香…」


里美はドアにもたれ、涙を拭っていると、


携帯が鳴った。


切ろうとしたけど、画面を見て、


里美は慌てて、出た。


口元を手で覆いながら、


「高橋くん。今、明日香と別れたところ…」


電話の相手は、高橋だった。





次の日。


昼はいつも、里美と食べていたけど、


今日から1人。


里美は、高橋くんとランチらしい。


幸せでよかったけど…


少し寂しい。


明日香は、いつものように、体育館の裏のベンチで、サンドイッチをパクついていると、


優一が、顔をだした。


「先生!」


びっくりする明日香に、優一は頭をかき、


「ごめん。癖だな…ここに来るのは。あれ?今日は1人?有沢さんは」


「ちょっと…」


口ごもる明日香に、優一は肩をすくめ、


「別に、関係ないか…」


そう言うと、その場を去ろうとしたが…優一は思い出したように振り返り、


明日香を見、笑いかけた。


「今日は、元気そうだね。よかった」


「え」


優一の言葉に、驚く明日香。


優一は、優しく微笑み、


話題を変えた。


「先生は、大変だね…。今から授業まで、勉強だ」


優一は、そう言うと、ベンチ前から、消えていった。



「変なの…」


明日香は、首を傾げると…再びサンドイッチをパクつく。





「どうして…あそこに、いつも足が向くんだ…」


優一も、頭を傾げながら、歩く。


ベンチがある場所は、体育館の裏側であり、体育館に沿って、校舎まで歩いていると、


当然、渡り廊下の横を通る。


「うん?」


優一は、視線を感じ、真上を見上げた。


手摺りは確認できたけど、


そこから、覗き込むものはいない。


気のせいか。


優一は、歩き出そうとしたけど、


再び…上を見上げた。


しばし見上げ、


「いるわけない」


フッと笑うと、再び歩き出した。


「先生!」


優一に、気づいた女生徒が、10人くらいに、優一の周りに集まってくる。


「先生!ご飯、食べたんですか?」


「あっ…いや、まだなんだけど…」


口ごもる優一を、


「じゃあ!一緒に食べましょう」


両腕を捕られ、優一は囲まれながら、


渡り廊下と、反対側の北校舎の横にある食堂へと、連行されていく。






1人になると、自然に考えるのは、


ゆうのことだった。


今…何をしてるのだろう。


何を食べてるんだろう。


明日香も、里美のように一緒に、ランチしたかった。


恵子の歌声や、メロディーも浮かぶ。


恋するなんて、簡単…


とは、明日香は思わない。


でも…恋をして、


永遠の愛を得て、


それを失うなんて…。


明日香には、考えられなかった。



やるつもりは、なかった音楽。


でも…やってみると、わかる。


自分の心が、自分の戸惑いが…。


明日香が、わかったことは…


わからないことばかりと、いうこと。


自分の心さえも…。


そうだ。


ゆうにきいてみよう。


あたしが、音楽をやってると言ったら、


何て言うだろうか。



あたしが、


愛や恋が、わからないと言ったら…


あなたは…、


何とこたえるのだろうか。


明日香は、自分の願うこたえを、口にするゆうを想像し、


赤くなった。


妄想は自由だ。


しばらくして、妄想が落ち着くと、


明日香は、現実に戻り…大きな溜め息をついた。


「会いたいな…」


誰もいないベンチで、ぽつんと呟き、


明日香は早く、放課後になることを願った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ