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気持ち&気持ち

朝は、来た。


あまり眠れなかった夜。


いつもより早く、家をでたのは、


里美と会う為だった。



明日香が、電車を降りるとちょうど、


里美が、改札を出るところだった。


里美は、一本早い電車に乗ってきていた。


何でも、少し早く通学する癖をつけておくと、ちょっと寝過ごしても、遅刻しないかららしい。


里美流の遅刻防止策だった。


「里美!」


明日香はかけ寄り、改札をでると、里美のそばまで行き、おはようと明るく声をかけた。


一応…


おはようと返ってくる。



朝は、電車の往来が激しい。


すぐに、踏み切りがしまる。


明日香は、ここぞとばかりに、畳み掛けるように、昨日のKKでのことを話した。


いきなり、新曲であたふたしたこと。


いつもなら、笑いながらきいてくれるのに、


反応がない。


すぐに、話すことがなくなり、2人は黙り込む。


踏み切りが開いた。


人混みと車とともに、歩きだす2人。


「昨日のことは気にしないで。すべてうそだから」


踏切を渡る途中、いきなり里美が、話し出した。


明日香は、里美の横顔を見た。


明日香の方は、見ていない。


「あたしこそ、ごめんなさい!あのね、里美…誤解してるよ」


明日香は、里美を見つめながら、強い口調で話し掛けた。


「あたし。今、好きな人なんていないから!誰も、好きじゃないから」


明日香の言葉に、里美は足を止めた。


そして、今日初めて、明日香に顔を向けた。


「本気で、そんなこと言ってるの?」


里美は驚きの中に、少しの怒りを混ぜた口調で、明日香にきいた。


明日香は、力強く頷いて見せ、


「本当よ。あたしは、誰も好きじゃないの」




「本当?」


里美は、疑いの眼差しを向ける。


「本当よ」


明日香は、里美から目をそらさない。


「本当に…誰も好きじゃないの?」


里美は言葉を切り…明日香から目をそらした。


「あの人のことも…」


「好きじゃないわ」


呟くように言った里美の言葉を…明日香は、きっぱりと否定した。



「ふ〜ん」


里美は、そう言うと、


歩きだした。


先程までの重い足取りではなく、いつの里美の……いつも以上に、軽やかに歩きだした。


とても嬉しそうだ。


明日香は少しほっとして、


笑顔を浮かべながら、里美の横を並んで、歩いた。





何事もなく、


放課後を迎えた。


里美は…


用があるらしく、先に帰ると一言告げると、そそくさと教室を後にした。



麻理亜達は…


やはり、昨日…職員室で、何か言われたらしい。


時折、明日香を睨んでいたけど…直接は、何も言ってこなかった。


麻里亜達なんて、どうでもよかった。


ただ出ていく時の、里美の様子だけが、少し気になった。


でも、あまり気にし過ぎても、仕方がない。


明日香は気を取り直し、教科書を鞄に詰め込むと、


教室を飛び出し、走り出した。


渡り廊下へ。



ただ無性に、会いたかった。


(会いたい!ゆうに!)


こんなに、人に会いたくなるなんて、初めてだ。


この気持ち…


何かはわからないけど。


そう…明日香にはまだ、


それが何なのか…これまで経験したのない湧き上がる気持ちを、説明することができずにいた。


それはまだ、痛みも悲しさも伴っていない…始まりなのだから。




いつものように、夕陽に照らされた…指定席に、ゆうはいた。


「やあ」


少し手摺りに、身を寄りかかりながら、明日香に向かって、見せた…やさしい笑顔。


明日香は、笑顔を見ただけで、安心し…力が抜けた。


そして、泣きそうになった。


あれほど好きだった夕陽の輝きも、今の明日香には、見えてなかった。


ただ目の前にいる人だけが…明日香には、特別だった。



「どうかしたの?」


ゆうは、視線をグラウンドに戻した。


「何か…悲しそうだから…」


ゆうには、今の明日香を正視することができなかった。


赤く輝く夕陽も、学校内に残る生徒たちの熱気も、


渡り廊下の2人には、関係のない世界となっていた。



明日香は涙を流さず、ゆっくりと微笑みながら、


渡り廊下を歩き、手摺りに近づくと、大きく深呼吸した。


昨日より、ゆうの近くに…もたれる。


それだけで、少し落ち着いた。


明日香の目に、耳に…周りの様子が飛び込んでくる。


明日香は口を開いた。


「昨日。いろいろあって…友達とちょっと…もめたんだけど…」


明日香は、ちらっと左横を見ると、ゆうがこちらを見ていた。


思わず、顔を背け、


「…あっ!そう言えば…昨日、すぐいなくなったね」


少しの沈黙が、2人の間に走る。


グラウンドから、サッカー部監督の激しい指示が、聞こえてきた。


取り巻きの声は、聞こえてこない。


ゆうは顔を前に向け、


「ちょっと…用があったから、急いでいて…」


ゆうは少し口ごもり、


「それより昨日…何があったの?」


今度は、明日香が視線を外した。


「べ、べつに大したことじゃない…」


ゆうの憂いをおびた瞳が、ずっと…明日香を見つめていた。


「友達とは、仲直りしたの?」


明日香は、目を伏せたまま、軽く頷いた。


「うん。一応は…」


「よかった」


ゆうは微笑んだ。


明日香は手摺りを、ぎゅっと握りしめた。


ゆうの笑みが、消えた。



しばらく、話すことがなくなり、沈黙が続く。


明日香は、自分から積極的話すタイプではない。


だけど、話すことにした。


少し雰囲気を変えたかった。


「ゆうくん…ゆうさんは、何年何組ですか?」


明日香は名前以外…ゆうのことを知らなかった。


明日香の質問に、ゆうは目を瞑り、


「明日香さんより、少し上だよ」


ゆうはこたえた。


「3年生ですか?」


「それが近い…」


ゆうは、今思わず口に出た言葉に、自傷気味に笑った。


明日香は、そんな笑いに気付かず、


「じゃあ…やっぱり、ゆうさん…ゆうやさんがいいのかな?」


真剣に悩む明日香が、かわいくと、


ゆうの表情が和らぐ。


「ゆうでいいよ」


「え、でも…」


「好きな女の子に、だったら、呼び捨てがいい」


「え」


明日香の時が、止まる。


ゆうは、まっすぐ明日香を見つめながら、


「好きだよ。明日香さん」


ゆうの顔が、やさしい笑顔でいっぱいになる。


「あなたのことが好きだ」


突然の…思いもよらないゆうの言葉に驚き、明日香は言葉を失った。


何も言うことができずに、息が止まった後も…激しく鼓動だけが、心臓を揺らした。


ゆうはただ笑顔で…明日香を見ていたけど、しばらくすると、照れたように顔を背けた。


明日香は、自分の中で驚きや戸惑いより、喜びが大きくなっていくことがわかった。


それも、心の奥から湧き出るような喜び。


今までない…


嬉しさだった。




「だから…きみを傷つけるやつは、許さない」


ゆうの口調が、変わる。


手摺りを握り締め、グラウンドの一点を睨む。


「え…」


明日香は、ゆうの視線の先を追った。


サッカー部のマネージャーたちが待機しているところ……いつもは、取り巻きがいるところ。


「昨日も、あの女達が…きみに酷いことを」


ゆうの言葉に…明日香は、はっとした。


「もしかして…昨日、先生に通報したのは…」


ゆうは静かに、頷いた。


「きみを傷つけるやつは、許さない」




「で、でも…」


何か言おうとした明日香を、こちらに向けたゆうの目が、止めた。


あまりの目の強さに、明日香は動けない。


やがて、ゆうは微笑むと、ゆっくりと手摺りから離れた。


「もう…時間だね」


固まっている明日香。


「ぼくの好きに対しての答えは、いらない。ただ…明日も、ここに来てほしい」


ゆうは、明日香を見つめながら、歩き出す。


名残惜しそうに、体育館の横からのびる階段を、下りていく。


少しずつ見えなくなるゆうの背中の向こうに、


山の遥か向こうに、沈んでいく夕陽が…赤より真っ赤になって、


今日…最後の輝きを見せる。






明日香は、頭がぼおっとして、1人…渡り廊下に立ちすくむ。


しばらく動けなかった。


息もしていたのだろう。


好きと言われて、何の反応もできなかった。


それを後悔したり、


悔やんだりする思考能力も、


今の明日香にはない。



好きだ。


好きだ。


あなたが好きだ。


という…ゆうの言葉と、顔しか浮かばない。


好きだ。


好きだ。



明日香さん。



校舎が、今日最後のチャイムを鳴らす。


明日香はやっと、渡り廊下から歩き出した。




明日香は、フラフラしながら、階段を下りていく。


階段の真下に、


高橋がいた。


明日香は、高橋に気づかず、


階段を下りると、隣をすり抜けていく。


「香月さん」


高橋は振り返り、明日香に声をかけた。


それでも、明日香は気づかない。


「香月さん!」


高橋は叫んだ。


やっと気づき、明日香は振り向いた。


「高橋くん…」


高橋は笑顔を見せると、深々と頭を下げた。


「昨日はごめん」


ぼおっとしていた明日香も、高橋の行動に、びっくりして、


我に返った。


「き、昨日のことなら…高橋くんは、悪くないから。謝らなくいいよ」


高橋は首を横に振り、


「いや、俺の責任だ。あんなこと言わす前に、とめるべきだった」


「気にしないで。あたしも手を、だしたし…」


まだ、何か言おうとする高橋に、


明日香は、軽く頭を下げると、


「気にしないで下さい」


また歩きだした。


まだ…頭がぼおっとしてる。


これ以上会話なんて…明日香にはできなかった。




去っていく明日香の後ろ姿を、見送りながら、


高橋は、唇を噛み締めた。



「何よ。あの態度!」


明日香の姿が見えなくなると、物影から、


麻理亜が出てきた。


「高橋君が、謝ってるのに、あの態度!最悪だわ」


麻理亜の言葉に、高橋は彼女を睨んだ。


「彼女のことを、悪く言うな!」


高橋のあまりの剣幕に、麻理亜は驚いた。


「どうして…あんな女の肩をもつのよ!高橋君が、何もするなっていうから…我慢してるのに!本当は、殴り返してやりたいのに!…部活も、見に来るなって言うし…」


取り乱し、わめき散らす麻里亜の肩を、


高橋は掴んだ。


「黙れ」


高橋は、手に力を込めた。


「痛いよ!高橋君……!?」


麻里亜は、自分を睨む高橋の目に、ぞっとし、震えだした。


「彼女には、何もするな」


高橋の口調は、有無を言わせない。命令に近い。


麻里亜は怯えながら、頷くしかなかった。


高橋はゆっくりと力を抜くと、麻里亜の肩から、手を離した。


「それより…昨日言ってたことは、本当なのか?」


手を離しても、高橋の目が麻里亜を離さない。


震えが止まらない麻理亜に一歩近づき、


高橋は耳元で、何か呟いた。


麻理亜は、何度も頷いた。


高橋は、にやっと笑うと、


顔を上に上げた。


そして、誰もいない空間を睨んだ。


渡り廊下の手摺り。


さっきまで、明日香とゆうがいた空間を。












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