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渡り廊下

ここしばらく…渡り廊下に、あの子の姿を見ていない。


電車でも会うことはなくなった。


どうしたんだろうか。



心配気に、渡り廊下を見上げながら、リフティングをしていると、


ゆうのそばに、同じサッカー部の飯田がやってきた。


「ストーカーは、こなくなったな」


飯田も、渡り廊下を見上げていた。


「ストーカー?」


何のことか、ゆうにはわからない。


「いただろ?ちょっと前まで、ずっと見てるストーカーが…」


「誰のことだ?」


ゆうは、飯田を睨んだ。


「え?被害者が知らないのかよ!有名だぜ!お前が、ストーカーされてるって……!?」


ゆうは、飯田の襟を掴んだ。


「だ、誰が!」


「な、なんだよ!牧村!」



飯田は関係ない。だけど、彼女をストーカーを呼ぶのは、許せなかった。


飯田を突き放すと、ゆうはサッカーボールを蹴り、


渡り廊下の方へ歩いて行った。


(彼女がストーカーだと!)


まだ名前も知らなかった。


だけど、彼女と会うことが、ゆうの嬉しさだった。


笑顔も、照れた顔も…。


走りだすゆうの前に、


誰かが立っているのが、確認できた。


渡り廊下の下で。


それは、麻美だった。


ゆうは、麻美を知るはずもなく、すれ違い、


渡り廊下に向かおうとする。


「う、上には!もう望は、いません」


麻美は、階段を上ろうとしたゆうに向かって、叫んだ。


「今日で…あの子は、転校します。サッカー部のエースであるあなたに、迷惑をかけたくないからと…」


麻美は、泣いていた。


「これだけは…これだけは、知っておいて下さい!あの子は、ストーカーなんかじゃなくて…ただ純粋に、あなたのことが、好きだっただけなんです」


涙が止まらない麻美に、階段を下りたゆうが、駆け寄った。


「あたしが…好きだなんて、思わず言ってしまったから…」


ゆうは、泣き崩れる麻美に、ハンカチを差出し、


「彼女はどこに……」


麻美は、ハンカチで涙を拭いながら、


「今さっき…駅に向かって…」


麻美の言葉が終わらないうちに、ゆうは走りだした。


駅に向かって。


渡り廊下の下をくぐり、


右に曲がると、校門までは一本道だ。



しかし、望の姿はない。




太陽が沈む照り返しが、眩しくて、目を刺激した。


黄昏の中、ゆうはただ走った。


校門をくぐり抜け、左に曲がると、駅まで直線で三百メートル程だ。


だけど、望の姿はない。




駅につき、定期がないことに気付いたゆうは、


切符を買おうと自動販売機に走った時、





電車は出た。




「うおおおっ!」


駅を飛び出し、発車した電車を追いかけるが、



間に合うはずもなかった。



だけど、ゆうは電車が見えなくなるまで、線路に沿って、全力で走った。


まだ着替えていないし、カバンも部室に置いたままだ。


1人…トボトボと、学校に向かって歩く。




校門を抜け、渡り廊下をくぐり抜けて、グラウンドにつくと、


もう部活は終了していた。


辺りも暗い。



ゆうは、渡り廊下を見上げた。


(なぜ…あそこにいかなかったんだ)


後悔の念が、ゆうを襲ったが…もうすべてが遅い。



うなだれ、自分を責めながら、ゆうは部室へ向かった。


着替えを済まし、1人…部室を出て、帰ろうとするゆうの前に、


三人の女が、道を塞いだ。


無視して、横を擦り抜けようとするゆうに、


「待って下さい!」


その中の1人が、声をかけてきた。


谷沢だ。


「あ、あたし…じ、実は…ずっと前から、牧村くんが好きだったんです。だから、あたしと…」


「ごめん」


ゆうは、谷沢に頭を下げた。


そして、谷沢の目を見て、


「俺…好きな子がいるんだ」


もう一度、頭を下げると、ゆうは歩き出した。


後ろで、泣き崩れる谷沢の声が聞こえたが、


振り返ることなんかしない。



ゆうは、さらに後悔した。



好き。


その一言を告げる機会は、いつでもあったはずだ。


いつでも……。




しかし、その機会はもう……永遠に来なかった。



ゆうは、望と会うことはなかったからだ。








あれから…数年後。



ゆうは再び、この学校に来ていた。


教育実習生として。




教師に、なりたいというよりも、


渡り廊下に来たかったのだ。



学生時代…ゆうは、ここに来れなかった。


助けられなかった彼女のことを、思い出すからだ。



教育実習の最終日。


彼女と同じように、渡り廊下にいた生徒に出会い、


ゆうは手摺りから、グラウンドを眺めた。




「先生は…どうして教師になりたいんですか?」


生徒の質問に、ゆうは苦笑した。


「先生になりたんじゃなくて……来たい場所があったんだ」 


夕焼けの中、グラウンドを眺めても…そこには、何もない。


自分の残り香さえも。


後悔さえも……。


「…頑張って!」


ゆうは、隣にいる望に似た生徒に、微笑んだ。


手摺りから離れ、渡り廊下から、去ろうとしたゆうより、女生徒の方が先に、


離れた。


ゆうに向かって、敬礼し、


「先生こそ…頑張って下さいね」


「ありがとう」


ゆうは、微笑んだ。


敬礼を解いた女生徒も微笑みかけ、


「先生って…好きな人いました?」


女生徒の質問に、ゆうはドキッとした。


「あたしに、似てましたか?」


「ええ…ああ…」


真っ赤になり、しどろもどろになるゆうに向かって、


もう一度、敬礼すると、


「立派な先生になってくださいね!」


女生徒は、渡り廊下から階段をかけ下りて行った。



「ありがとう…」


ゆうは、去っていく女生徒の背中に、笑いかけた。



過去には、もう戻れない。



だからもう……。


ゆうも階段を下りた。


そして、渡り廊下を見上げ、



敬礼をし、懐かしい道を歩きだした。




もう二度と…歩くことがない…この道を。






END……


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