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黒く塗られて

それでも、嬉しい。


にこにこしながら、手摺りに頬杖をつき、鼻歌混じりに、渡り廊下からグラウンドを眺めるあたしを、


気持ち悪そうに麻美が、見ていた。


「あんたって…わかりやすいよね」


麻美の呆れたような言い方に、


「そお?」


そっけなく言葉を返すと、あたしは身を乗り出した。


「よし!」


グラウンド上で、ゆうがゴールを決めたのだ。


今日は、部活内で試合をしているようだった。


妙にはしゃぐあたしに、麻美は頭を抱え、


「ストーカー……ここに極まるだ」


遠く離れているが、


明らかに、ゆうを応援していることが、はたから見てもわかる。


麻美は手摺りにもたれ、ため息混じりにきいた。


「何かあった?もしかして…進展したとか?」


麻美の質問に、力強くあたしは、頷き、


グラウンドのゆうを見つめながら…笑顔になった。


「挨拶した!」


「あ、挨拶?」


「うん。おはようって!」




しばしの間を開けて、


「そんな程度ね…」


麻美はまた、ため息をついた。



「そんな程度って…」


あたしは、遠くのゆうを見つめながら、呟いた。


「凄いことだよ」


そして、深く頷き、ゆうの応援に撤した。





それから、数日…挨拶はするが、


それ以上はない生活が、続く。


電車に乗ると、必ずゆうがいて、挨拶して…


真っ赤になりながら、無言の時を過ごす。


話したくないわけではなく、人目をあるし、


何となく恥ずかしかった。


駅に着いても、一緒に登校するはずもなかった。



幸せだけど、これ以上に踏み込む勇気がなかった。


些細なことに幸せを感じるから、


これ以上を望むのは怖いし、


壊したくもなかった。




そんなある日。



渡り廊下に先客がいた。


三人の見知らぬ女。



いや、1人は知っていた。


同じクラスの谷沢だ。


三人は、あたしを睨んでいた。


特に、谷沢の視線が、痛い。


その中の1人が、腕を組ながら、あたしに近づいてきた。



この瞬間、あたしの運命は大きく変わってしまう。


女は睨みながら、あたしに言った。


「あんたね…。牧村くんのストーカーは」



ストーカー。


麻美は、冗談で使っていたが、


その女は、嫌悪感が、顔や言葉に出ていた。


「あんた…。迷惑なんだよ!」




谷沢の友達の一言は、


あたしの心を抉った。


いたたまれなくなり、渡り廊下に入ることもできずに、


あたしは、その場から立ち去った。


放課後の誰もいない廊下を走るあたしの背中に、


渡り廊下から響く…笑い声が突き刺さった。






ゆうのストーカーという話は、すぐに広まった。


もともとグラウンドで部活をしている生徒は、毎日渡り廊下から眺めるあたしのことを知っていた。


(ああ…あの子!毎日、グラウンドを見てたけど…サッカー部のストーカーだったんだ!)


毎日…という言葉もストーカーであるということに、拍車をかけた。


時間がたつにつれ、教室内のあたしを見る目が、変わる。



「あの子…ストーカーなんだって…」


クラスでも、あまり仲良くない子が、こそこそ話しているのが、わかった。


「気にするなよ」


麻美が近づいてきて、あたしの肩に手を置いた。


「別に、悪いことはしていない」


席で固まっていたあたしに、麻美は笑いかけた。


「ストーカー…って、キモイ…」


後ろから、声が聞こえた。


麻美は振り返り、教室中に向かって、叫んだ。


「誰が、ストーカーだ!誰がだ!」


凄い形相で叫ぶ麻美の姿に、教室中が静まり返る。


しかし、1人だけが言い返した。


「ストーカーじゃない!毎日、毎日、渡り廊下から、ずっと見つめてさ!ストーカー以外の何者でもないわ」


そう言ったのは、谷沢だった。


「てめえか!ストーカーだと言い回ってるのは!」


麻美が、谷沢に詰め寄る。


谷沢は、腕を組んで動かない。


「ストーカーに、ストーカーって言って、悪いの?」


開き直る谷沢に、麻美はキレた。


「好きな男を見たいだけだろ!」


その言葉に、谷沢は笑った。


「好きだって!好きだから、毎日、毎日見てます!」


谷沢は、教室中を見回し、


「それって…やっぱり、ストーカーじゃない!」


クラス中に、笑いが起こる。


「お、おまえら…」


麻美とあたしを囲んで、笑いが沸き起こる。




あたしは、いたたまれなくなって、席を立ち、


教室から飛び出した。


「望!」


麻美の声も、聞こえなかった。





まだ好きだと…


ゆうにも告げてなかった。


それを周りに知られ、笑い者になった。


ただ好きで、ただ…ゆうを見ていたかっただけなのに……。


ストーカーという言葉と、


好きという気持ちを笑われたことが、


あたしの心をボロボロにした。



意識をしていなかったが、廊下を走っていたあたしは、


無意識に、渡り廊下の前に来ていた。


入り口まで来て、あたしの足は止まった。



動かなかった。


行けない。


行けない……。


あたしは、もう


あそこにいけない。


渡り廊下の前で、崩れ落ち…あたしは泣いた。



あたしは、汚れてしまった。



あなたのストーカーという汚れた色を、塗られてしまった。


こんなあたしが、そばにいたら……


あなたまで、汚れてしまう。

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