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恋も愛も純粋に、一途でありたい

明日香は、何とかKKにたどり着くことができた。


いつもより、足取りが重かったから…着くのが遅くなってしまった。


いつもより、重く感じる扉を開けた。


「おはよう。少し遅かったわね」


いつものように、カウンターからの恵子の笑顔。


ため息混じりに、明日香がカウンターに座ると、


恵子はいつも通り、コーヒーを出してくれる。


深いため息をつくと、明日香は、コーヒーを一口啜った。


いつも通り…苦い。


やっぱり、顔をしかめてしまう。


そんな明日香の様子を、見つめながら、


恵子は、肩をすくめ…煙草に火を点けた。


「何かあったの?明日香ちゃん」


「え?」


明日香は顔を上げ、恵子を見た。


「来てからずっと、ため息ばかりついて…らしくないわね」


「あ…それは…」


明日香を心配そうに見つめる…恵子の瞳に、吸い込まれるように、


明日香は、重い口を開き、今日あったことを、話し始めた。


恵子は静かに、ただ明日香の話をきいていた。


煙草を挟んだ指先から、煙がカウンターに漂う。


恵子が、ため息ともつかない息を吐き、煙草を灰皿にねじ込むと同時に、


明日香の話は、終わった。


「…ったく、どうしてそんな、勘違いするんだろう!全然、わからないわ!」


明日香はカウンターに、頬杖をつき、コーヒーカップを手に取った。


恵子は再び、新しい煙草をくわえ、火を点けると、明日香を見つめ…徐に口を開いた。


「明日香ちゃん」


明日香は、コーヒーカップを持ったまま、恵子を見た。


恵子は、煙草を一度吹かし、灰皿に置いた。


「明日香ちゃんって…人を、好きになったことある?」


恵子は、見上げる明日香の瞳の奥を覗いた。


明日香は、恵子の探るような瞳に驚き、


慌ててコーヒーカップを置くと、恵子から顔を背け、


「あ、ありますよ!これでも、初恋は早かったんですから!」


恵子は、今度こそ深いため息をつくと、明日香の言葉に呆れた。


恵子はまだ、吸える煙草を手に取ると、灰皿にねじ込んだ。


「早いとかの、問題じゃないの」


恵子は、もう煙草を吸う気にもなれなかった。


「早いとか、どうでもいいの!どれだけ深く、どれだけ好きになったのか…。どれだけ真剣になれ、どれだけ不安になり、どれだけ悩んだのか…」


いきなり熱くなった恵子の言葉に、唖然としている明日香。


恵子は、明日香を見つめ続け、


「あたしなんか…絶対に、あの人に、振り向いて貰えない。あたしの友達は、かわいくて、素直で、女の子らしい。かなわない…絶対に」


里美の気持ちを代弁するような恵子の台詞に、明日香は思わず、カウンターから立ち上がった。


「あたしなんか、かわいくないです!」


恵子はもう…


熱くなることも、ため息をつくこともなかった。


ただ新しい煙草を取り出すと、


「明日香ちゃんの次の練習曲…決まったわ」


火を点けた。


「I Fall In Love Too Easily…恋するなんて簡単。今の明日香ちゃんに、ピッタリだわ」


恵子はカウンター内から、ステージ上でスタンバイしている阿部に、指示を出す。


明日香は無理やり、ステージに上げられた。


原田が、イントロを奏でる。


明日香は頭がパニックになり、あたふたとトランペットを吹き始める。


恵子は、その姿を見つめながら、


「I Fall In Love Too Easily…」


呟くように曲名を口にすると…煙草をくわえた。


そして、火が点いていないのに気付き.....再び、煙草に火を点けた。



「恋するなんて簡単…だけど…」


拙いトランペットが、どっしりと安定したバックの演奏の中をさ迷う。


「永遠の愛を得るのは、むずかしい」


そう…簡単なはずがない。







精神的にも、肉体的にも、クタクタになった明日香は、真っ直ぐ家に帰ると、


自分の部屋に入り、ベットに倒れ込んだ。


KKから、家までが…こんなに遠いなんて…


初めて知った。


しばらく、ベットの上で、じっとしてから、明日香は徐に起き上がると、


携帯に、手を伸ばした。


やはり気になる。


明日香は、里美に電話した。



だけど、出ない。


留守電にもしていない。


しばらくコール音をきいてから、電話を切ると、


ベットの端に、携帯を放り投げた。


深いため息をつき、またベットに倒れ込む。


枕元にある、リモコンに手を伸ばし、CDラジカセをつけた。


音楽が流れる。


KK…ダブルケイのアルバム。


曲は、マイフーリッシュハート。



恋はまるで、夢のようだから…夜と夢の狭間で、迷わないで…


あたしの恋心。


恵子のやさしくて、切なくて、


それなのに、力強い歌声。


恵子のように、歌ってみたい。


だけど、あたしには無理だわ。


たぶん歌えても、歌えてない。


歌詞の心が、理解できない。


上っ面の表面だけをなぞり、深い思いまでは、届かない。



恵子の歌声に、寄り添い…包み込みような音。


とても、やさしい音。


知りたかった音。


恵子を守るような…健司のトランペット。


こういう…誰かを守るような音が、


愛なのだろうか。


明日香は黙って、耳を澄ましていた。



健司の音。


そう言えば、


あたしは、彼のことを知らない。


明日香は、徐にCDを手に取り、


ケースから、ジャケットを取り出した。


ジャケットを開けた。


そこに載っていたのは、若き頃の恵子と、健司の写真。


寄り添うとも、離れてるとも、言えない微妙な距離で、


2人は、微笑みながら写っていた。


明日香は、ページをめくり、メンバーの名前が書いてあるページを探す。


あった。


武田隼人。原田幸喜。井守高次。


そして、速水恵子に、阿部健司。




「阿部?」


明日香は思わず、名前を口に出した。


大好きなアルバム。夢のような音を奏でるアルバムだったから…


明日香は、あまり歌とトランペットの音以外、興味を持っていなかった。


明日香にとって、名前なんて…音よりは重要ではなかったのだ。



唐突に、


恋するなんて簡単がかかる。


あっと呟き、明日香はジャケットから顔を上げると、目を瞑り、ただ流れる健司のトランペットの音に、身を任せた。


恵子の歌声が、響く。


明日香には、


恵子の歌声が、恋するなんて簡単には、聴こえなかった。


むずかしい。


そんな単純な言葉では、ないような気がした。


難解で複雑でもないけど、簡単でもない。


勿論、普通でもない。


この曲はタイトル通りの、単純な意味じゃない。


単純に、訳したけど…それは、正しくないんだ。


でも、今の明日香にはわからない。


うっすらとしたイメージは浮かぶけど…それには、痛みも切なさも感じない。


それを感じさせるだけの経験が、明日香にはなかった。



だけど、もしかしたら…。



もしかしたら、


あたしが、泣かせたのかもしれない。


恋なんて、


わからないから。


もしかしたら、


無神経なあたしが、泣かせたのかもしれない。


里美を。


あたしは、親友の気持ちさえわからない。


人の気持ちなんて、他人にはわからないというけど、


あの涙は、あたしに向けられていた。


あたしが、泣かせたんだ。


里美を。




明日香の頬を、涙が流れた。


里美の恋する気持ちは、わからないけど、


友達が悲しんで、それを理解してあげれない自分。


愚かな自分はわかった。


明日香は涙を拭いながら、決意した。


せめて…誤解だけは解こうと。





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