これからの音
あれから少し、時は過ぎた。
ダブルケイは、いつものように営業していた。
ステージ上には、原田と武田、阿部がいる。
里美が忙しく、店を動き回る。
亜希子が料理を作り、
カウンターには、新しいバイトが入っていた。
ドリンク作りに、手間取っている。
「まったく…明日香はどこいったのよ!あの子の後、あたしのステージなのにぃ」
里美は、ペパーミントに戻り、音楽活動を続けていた。
「すいません、ビール」
と注文したのが、
ペパーミントのメンバーだったので、里美はきれた。
「あ、あすかあ!」
街中の小さなカフェ。
今日は、何組かのバンドが特別に演奏する。
幸子とゆうは、ユニットを組み、
順調に、活動を続けていた。
緊張している幸子に、
そっとゆうはキスした。
「大丈夫だよ」
幸子はゆうを見つめ、優しく頷いた。
今日は店に、幸子の母と兄が来ていた。
幸子達の出番が来た。
幸子達は、簡易ステージに上がる。
幸子は、
母と兄の方に向かって、頭を下げた。
母が泣いていた。
家出してから数年。
行方も知らなかった娘。
まだ今は、話すことはできないけど、
いつかは…。
幸子は、ゆうのギターに合わせて歌い出した。
子供の笑い声。
まるで…歌っているよう。
明日香は、ゆっくりとメロディーを口ずさむ。
「香里奈は…歌が好きなのね」
明日香が微笑むと、香里奈も微笑む。
小さな手で、明日香の頬に触れる。
その様子を見守る啓介。
かつての自分と恵子を、重ねながら。
「明日香。いつ活動を再開するんだ?問い合わせが、殺到してるぞ」
啓介の言葉に、明日香は、香里奈をあやしながら、
「活動ならしてるじゃない。いつも歌ってるわ」
啓介は呆れた。
「ここだけだろ。ここ以外で歌っていない」
「仕方ないでしょ。香里奈は、まだ歩けないんだから!あたしは、香里奈が歩ける範囲までしか動かないの」
啓介は肩をすくめ、
「アメリカにいくのは、いつになることやら」
「あら、いくわよ。いつか香里奈と2人で」
明日香は、啓介を見ずに、こたえた。
「お、俺は!」
「まあ、香里奈次第ね」
明日香は悪戯ぽく笑うと、香里奈の為に歌う。
香里奈は、ああっと歌に合わせて、反応している。
「香里奈は、いい歌手になるな。大きくなったら、お父さんと、新しいダブルケイを組むぞ」
啓介は、香里奈の頭を撫でる。
「そんなことわからないわ。啓介より、彼氏と組むかも」
「何ぃ!俺より、うまいやつなんていないぞ」
「香里奈。自信過剰の男はだめよ」
明日香が、香里奈に言い聞かすように言うと、
香里奈は笑った。
「明日香!いたあ!」
里美が、2階に上がってきた。
「店、大忙しなのよ!みんな、あんたの出番待ってるんだから!早くしてよ」
「わかったわ」
明日香は、香里奈に微笑んだ。
「ちょっとママ、歌ってくるからね。大人しくしててね」
明日香は、香里奈を里美に預けた。
香里奈を抱く里美。
啓介が、先に下に下りた。
「じゃあ、里美。香里奈をよろしくね」
明日香は、香里奈のおでこに口づけする。
「ちょっと待ってよ。香里奈の面倒見てる場合じゃないの!店どうするのよ」
明日香は、香里奈に手を振りながら、
下に下りていった。
残された里美の中で、香里奈が笑う。
里美も笑いかける。
「ったく…結婚する前に子育て、詳しくなってどうするのよ」
里美の頬を、香里奈がつねる。
「痛っ!まったく…彼氏もいないのに…」
里美のため息が合図のように、下から歓声がわく。
明日香の歌が、始まったのだ。