歌手
きらびやかな照明と、満員の会場の熱気。
そして、数多くのスター達。
その中に、場違いな日本人がいた。
LikeLoveYouだ。
慣れない赤いドレスが、明日香には息苦しかった。
メンバーは、誰も緊張していない。
普段なら、感動するアーティスト達がそばにいても、
今の明日香達には、関係なかった。
明日香の隣には、マリーナ・ヘインズが座っていた。
次々と、発表される各部門の受賞者達。
ついに、
ジャズボーカル部門がきた。
高々と名前が、読み上げられる。
「マリーナ・ヘインズ!」
会場が興奮する。
立ち上がるマリーナは、顔を前を向けたまま、呟いた。
「お先に」
マリーナは手を上げ、歓声にこたえる。
「あたしは…来年はいないから」
そう言うと…マリーナは、笑顔のまま、ステージに向かう。
明日香は、その後ろ姿を見つめた。
去年は、和美が取った賞。
明日香は、マリーナの後ろ姿に、
和美を重ねていた。
明日香は、違和感を感じていた。
ここにいる自分自身に。
このようなエンターティメントな雰囲気は、似合わなかった。
クラブで、演奏を終えた明日香に、親しくなったDJやミュージシャンがきいてきた。
どうしてでるんだ。
でる必要がないだろ。
と口々に言われた。
あそこに、音楽はない。
(わかっているわ。あたしが、目指すものは、ここにはない)
歌手に、名誉はいらない。
和美の言葉が、甦る。
(あたしの音楽は、ここには似合わない)
「LikeLoveYou!」
会場に、バンド名が響き渡る。
YASASHISAが取ったのだ。
和美と共作として。
これは、茶番かもしれない。
だけど、
曲に込めた思いと、演奏する気持ちは本当。
明日香達は、ステージに向かう。
ステージ上には、和美の写真が映し出される。
最高の茶番に、最高の思いを込めて…。
LikeLoveYouの
アメリカでの最後の演奏が、始まる。
LikeLoveYouは同時に、ベストパフォーマンスも受賞した。
それは、啓介に対してだった。
彼は、バンドの資金づくりにこの1年、数多くのレコーディングに参加し、名声を得ていた。
「KEISUKE HAYAMI!」
のコールが響き渡った。
速水啓介。
深々と頭をさげる啓介。
彼の夢が叶ったのだ。
ステージ上に並ぶLikeLoveYou。
マイクの前に、明日香が立つ。
つたない英語。
つたない言葉で話す。
関係者にお礼を述べた後、
「この曲は…誰もが普通に経験し、本当は…とても特別で、感謝しなければならないことを歌っています。今ここに、わたし達が生きていられるのは、いろんな人の優しさ、思いやりがあったからです」
和美の写真をバックに、明日香は心を込める。
「この世の中には、不幸なこと、分かり合えないことが、たくさんあります。わたしも、すべてを理解していません。だからこそ、わたしとは、育った国も環境も違う人達には…わたしが、いろんな人から貰った優しさだけを伝えたい」
明日香の心に、和美の…恵子の…そして、渡り廊下での少年…去っていた人達の優しい笑顔が浮かぶ。
「誰も、傷ついたり悲しくならないように。わたしが、貰った優しさ達を…皆さんに伝えたい」
明日香は…
ミュートをつけたトランペットに口づける。
YASASHISAを奏でる為に。