ダブルケイ
Let Me Love You。
何年かぶりに、このアルバムを耳にした。
一人、マンションにいると退屈だ。
ダブルケイが、家みたいなものだから。
啓介も、ほとんど帰ってこないし。
恵子は一人…ワインをあけて、グラスを傾けていた。
理恵の歌声を聴きながら…。
昔、持っていたアルバムはすべて、捨ててしまった。
健司が去った日から、しばらくしてから。
綺麗な女だった。
美貌とは、あの女の為にあると思った。
歌も最高だった…。
だから、
仕方がないと思っていた。
でも、
アルバムを聴いたら、
歌手であることさえ…否定されてるような気がして、
歌も歌えなくなった。
店を開けてても、音をかける気がせず、無音で営業していた…。
ある日。
原田が来て、勝手にステージに上がると、
何もいわずいきなり、ピアノを弾き出した。
営業終了まで、弾き続け、お客がいなくなると、
飲んでもないのに、
カウンターにお金を置いて、無言で帰る。
それを、何日か繰り返してると、
今度は、武田がやって来て、
ドラムをセットし、原田といっしょに演奏しだした。
二人は、営業が終わると、
お金を置いて帰る。
アメリカから戻ってきた阿部が、
扉を開けた。
ダブルケイに響く
武田と原田の音に驚き、
しばらく…店内をポカンと眺めた後、
慌てて、外に出る。
車に、積んであったベースをつかむと、
店内にもどり、
ステージに上がり、チューニングをやりながら、演奏に参加する。
そして、阿部もまた演奏が終わると、お金を払った。
阿部は、少し恵子の顔を伺いながら…。
そんなことを
何ヶ月も続けた。
半年くらいたったある日。
営業が終わり、
三人がいつものように、お金を払おうとしたとき、
三人は、恵子から封筒を渡された。
中には、三人が今まで払ったお金…プラス、
ギャラが入っていた。
恵子は呆れながら、
「ギャラ払うからには。ちゃんとした曲を、やってもらうからね」
その日から、彼らはずっと店にいた。
才能があり、kkがなくなっても、どこでも演奏できたはずなのに。
再びダブルケイに、音楽が戻った。
それから、
啓介を引き取る…少し前…。
理恵、健司の遺品の中から、恵子宛ての手紙を受け取った。
それは、理恵が出さなかった手紙。
生まれてくる子供のことと、日本にいる和美のことだった。
(なぜ、あたし宛てに?)
それから、もう何年たったのだろうか。
恵子は、和美の為の曲…未来を聴きたくなり、
久しぶりに、理恵のCDを購入した。
聴いた瞬間、
恵子は理解した。
理恵という女を。
「理恵さんに乾杯」
恵子は、グラスを天に掲げた後、ワインを飲んだ。
あれから20年以上。
マンションに流れる…歌声を聴きながら…。
このアルバムには、
歌手安藤理恵ではなく、
母親である安藤理恵がいた。
何もしてやれない母親。
(あたしは、何かしてあげれたかしら?)
理恵のように、曲を残す力は、もうない。
あの子達は、あたしをこえている。
(母親として…何か残せたかしら)
恵子は、テーブルの上に置いたCDのジャケットを見つめ、
(あたしから、すべてを奪ったのはあなた。でも…)
恵子は、グラスを見つめた。
(今のすべてを与えてくれたのも、あなた…)
今は、誰も恨んでいない。
(あたしより、あの子たちの幸せを…そう思えるあたしは幸せ)
恵子は、グラスを傾けた。
「幸せなあたしに乾杯」
例え…
終わりが近づいていても。