表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/67

光に包まれた場所

いつものように


お客の隣に座り、水割りをつくる紗理奈。


作り笑いも様になり、


最近は、精神的にも落ち着いていた。


お客の話をきき、


適切なアドバイスまで、できるようになった


紗理奈の客層は変わり、


もう、体を触させることもなくなった。


ふっと会話の合間、


紗理奈の目が、使われていないステージに向いた。


あの日、和美がいたステージ…。


しばらく見つめてしまう。


「紗理奈ちゃん、どうかしたの?」


お客の声で我に帰り、紗理奈は慌てて笑顔になる。


「すいません」


「ステージなんて見つめて。何かあるの?」


紗理奈は、おわかりをつくりながら、


「何もないです。ただあのスペースが、勿体ないなあと思っただけです」


「使ってないもんなあ」


お客は水割りを飲む。


紗理奈は、いきなり笑顔になった。


作り笑いではなく。


「もし、あたしが歌ったら…田中さんは聴いてくれますか?」


お客は少し驚きながら、


「カラオケ?」


「ちがいますよ。バンドっていうか…ギターと2人で音楽やってるんですよ」


お客はさらに驚き、


「音楽やってるだあ!」


「はい」


満面の笑顔になる。


「聴いてみたいなあ」


紗理奈の心は、踊った。


(そうだ!その手があった)



店長にいうとOKだった。


早い時間の、客引きのイベントとして。


次の日。


早速、出勤前に、


紗理奈は、ゆうを呼び出した。


いつものカラオケ店で、


ビールを飲みながら、紗理奈は曲を探す。


いつもの様子を、眺めながら、


ゆうは、ため息をついた。


「ステージでやるって…まだ3曲だぜ。できるの…」


紗理奈は、番号を打ち込みながら、


「2曲しか無理みたい」


「2曲か…」


「日本語は、無理みたい。だから、もう決定よ」


カラオケがはじまる。


フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン。


歌い出す紗理奈。


「これとチェンジ・ザ・ワールドか…」





出勤前の為、あまり時間がなかった。


二人は、一時間で店を出た。


「じゃあね」


「仕事がんばって」


ぎこちない別れ。


二人は、好き合っていたが、付き合ってはいなかった。


キスも、手をつないだことさえない。


それでも幸せだった。


紗理奈は、少しこわかったのだ。


付き合うことで、


別れがくるのではないのかと。


今までの男と、ゆうはちがうけど、


付き合って、長く続いたことがない。


ゆうと別れたくないから、


深く付き合わない。


でも…


不安はあった。





「Evilにいくの?」


紗理奈は、店にいこうとした足を止めた。


「いや、いかないよ」


「明日香ちゃん。最近…店入ってないんでしょ」


「世話になったママの店が、大変らしい」


「明日香ちゃんが、いないから…いかないんだあ」


嫌なことを言ってる。


嫌な女だ。


「ごめん」


紗理奈は、走り出そうとする。


そんな紗理奈の腕を、ゆうがつかんだ。


強い力を引き寄せられ、


抱きしめられ、


そして…、


キスされた。


「言葉にはしてないけど、俺達…付き合ってるだろ」


抱き締められ、紗理奈は頷く。


「だから、そんなこというなよ」


「うん」


紗理奈は深く頷き、


「ごめんなさい」


ゆうを、強く抱き締めた。





ゆうは家に帰ると、夜遅くまでギターを触っていた。


あまりうるさくならないように、静かにコードだけをなぞっていた。


少し疲れて、ゆうはベットに横になった。



寝てしまったらしい。


目が覚めると、深夜の2時半だった。


メールが来た。


携帯を取り、メールを見ると、紗理奈からだった。


紗理奈からのメール。


そこには、


この街に来るまでの出来事が、書いてあった。


母親とのこと。


家出。


しばらくメールを見つめていたゆうは、紗理奈に電話した。


紗理奈は泣いていた。


しばらく泣き声を黙って、ゆうは聞いていた。



「そんな女なんだ」


紗理奈の言葉。


ゆうは、ゆっくりと話し始めた。


「今…ギターの練習してた。まだ下手だけど、もっとうまくなって、ライブハウスとかでやりたい…」


ゆうは、言葉を噛み締め、


「お互い、もっとうまくなったら…招待しょう。お母さんを」



しばらくの間。


「うん」


紗理奈が、電話の向こうで頷いた。



「紗理奈…好きだよ」


ゆうは言った。


「ちゃんと、言ったことなかったな…紗理奈という女が好きだ」


「ゆう…あたしも好きだよ」


「よかった」


「ゆう…あたし…守本幸子っていうの…本当は」



「だから…二人のときは、幸子って呼んでほしい。あたしの名前だから」


「わかった…幸子」


「ライブだね。もうすぐしたら」


「うん。最初の一歩だ」


「うまくなろうね」


「早くうまくなろう」



「おやすみ。ゆう」


「おやすみ。幸子」






何日か過ぎ、ライブ当日となった。


女の子が出勤し、着替える前に、店に入り、


ゆうは、ギターのチューニングを合わせていた。


幸子は、憧れの赤を基調にしたドレスを着ていた。


まだ…明かりのつかないステージの上。


心が踊る。



開店前の朝礼が、始まる。


幸子も参加する。


緊張してきた。


朝礼が終わる。


店が始まる。


それは、幸子とゆうの始まりだった。



開店とともに、何人か飛び込んでくる。


幸子の知ってるお客が、次々と入ってくる。


いっぱいには、ならなかったが、3分の2は埋まってきた。


開店から三十分。


BGMが止まり、アナウンスが流れる。


「NO.21紗理奈におけるライブが始まります。短い時間ですが、お楽しみ下さい」


ここでは、あくまでも幸子がメインだった。


ゆうの名前は呼ばれない。


幸子がステージに上げる。


照明がつき、ライトが幸子を照らす。


拍手が起こる。


まばらだが、気にしない。


幸子は興奮と、嬉しさでいっぱいだった。


あたしが憧れた場所。


光が包むところに、


今立っているから。



ゆうのギターが、イントロを奏で、


エリック・クラプトンのチェンジ・ザ・ワールドが始める。


幸子は、マイクを握り締めた。


静かに、


マイクを口元に近づけ、歌い出す。


ハスキーな歌声が、


店内に響き渡った。



一曲目が終わる。


ギターも歌も、完コピーに近いけど、


幸子の独特の声が、オリジナルを感じさせた。


予想外のうまさに驚いたのか…先程と、打って変わって、拍手が激しい。


幸子は、頭を下げた。


もともと口下手な幸子は…どう対応していいか、


わからない。


紗理奈ではなく、素の幸子にもどっていた。


屈託のない笑顔を浮かべる。


ちらっとゆうを見ると、


ゆうも微笑んでいる。


額に汗を、いっぱいかきながら。



2曲目が始まる。


フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーンだ。


これは、アレンジを少し変え、


オリジナルにあったボサノヴァ感を強調させた。


幸子の声は、伸びやかだ。


どこまでも飛んでいきそうだ。


緊張していたゆうも、目をつぶり、


幸子だけを感じていると、リラックスできた。


(俺は、こいつを支えていきたい)


ギターを弾きながら、


ただ幸子のことだけを、思っていた。


コードや演奏に捕らわれずに。


ずっといっしょにいたいと、願いながら。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ