ナチュラル
意を決して、
和美は、アメリカへと活動を移した。
フランスで出会ったバンド仲間も、ついてきてくれた。
啓介のアメリカ留学時のミュージシャン仲間が、温かく迎えてくれた。
そして、休む暇もなく、
早速ライブの予定が入った。
ニューヨーク。
有名なクラブで歌う。
きらびやかな照明が、アメリカを象徴していた。
真っ赤なドレスで、和美はステージに立つ。
映画の主題歌になったオリジナル曲。
ジャズ、ソウル。
そして、日本の民謡や童謡。
日本独特の音階を、だしたかった。
和美の天性の歌声と、
アメリカ人向けにアレンジしたとはいえ…西洋とは違う音階は、オリジナリティを醸し出した。
毅然としたクールな姿勢も評価され、
彼女は、日本人なのかという声も上がった。
どこでも大盛況だった。
一歩、会場をでると、
激しい中傷もあった。
ジャップ。
黄色いメス猿が、白人や黒人の猿真似をしている等。
コンサートが終わるたびに、ホテルの自分の部屋に戻ると、
和美は倒れるように、気絶するように寝た。
毎回、すべてを出し切っていた。
そして、ついに、グラミー賞当日になった。
「カズミ・コウノ!」
会場が、大拍手で湧き上がる。
ジャズボーカルを、アジアンが取ることなんて…奇跡。
いや道化だ。
アメリカ各地でおこる…有色人種への差別による不満を、和らげる為に、
今年は特例で、和美に与えられたのだ。
アメリカンドリームの体現として。
あなた達でも、夢が実現できると。
和美は、ステージに上がり、
グラミーの象徴を受け取ると、マイクに向かって話し出した。
「この度は、このような名誉ある賞を頂き、心から感謝しています。まずは、私を応援してくれたファンのみなさんに、感謝します。そして、私を支えてくれたバンドのみんな、レコード会社、フランスや日本にいる仲間達に、感謝します。」
会場を拍手が包む。
「私を産んでくれた両親に感謝します。天国まで届くことを祈っています」
そこまで言って、和美は言葉を止めた。
そして、
またゆっくりと…話し始めた。
「母親は…この地で、自らの手で、命を絶ちました。それがなぜか…」
和美は、観客…集まっているスター達を、じっと見つめた。
(ここに…あたし達はいない)
和美は、鼓動を押さえながら、毅然と言った。
「彼女が、日本人だからです」
会場が騒めく。
「日本という国にいると、解りにくいですが…世界には、人種による違いがあります。白人、黒人、そして…その他有色人種!」
和美は、まっすぐに会場の人々をみた。
「だけど、この国の色分けなんて、あたしには関係ない!あたしの色は、ナチュラル!両親から生まれた自然の色。あたしの色よ。誰とも違う…あたしだけの色」
和美は、ドレスの袖をめくり、肌を見せる。
「人は、それぞれ違う。違うから、他人を理解しょうとする。違うから、知りたい。違うから、理解できないじゃない」
和美は、埋めつくす人々を見つめ、
「だから、あたしは、あなた方の言葉で歌う。あなた方を、理解したいから」
和美は息を整え、少し間をあけると、
「最後に、あたしの故郷を、ジャパンなんて…汚い言葉で、呼ばないでほしい」
和美は叫ぶ。
「あたしの故郷は!日本…に・ほ・んというの。ジャパンなんて国は、存在しないわ。馬鹿な日本人は、そう呼ばれても…気にしないみたいだけど」
和美は、手に持っていたグラミーの象徴を台に置いて、
その場を、去ろうとした。
司会の二人が慌てる。
「歌手に、必要なのは…観客と音楽だけ。名誉なんていらない」
決して振り返らず、
和美は、静まり返る会場を後にした。
(歌手に…この場所は似合わない)
生放送で、中継されたこの和美のスピーチは、
世界中で、議論を巻き起こした。
激しい嫌悪感を、抱くものもいたが、
表だっては、言えなかった。
有色人種の小娘が、生意気な。
と思っていても、公共の場でいえば問題になる。
しかし、
この国における差別は、根深い。
特に…
今まで、虐げられてきた者達には。
和美の周囲は、あまり変わらなかった。
よく言ったと、拍手する者もいたが、
周りは、冷ややかだった。
どう対応していいのか、わからないのだ。
偉大な賞を侮辱したと、怒る者もいた。
ライブを行っても、どこか戸惑いを、観客から感じた。
相変わらず満員だが、
白人の数が減っている。
(そろそろ潮時ね)
フランスに戻ろう。
最後のアメリカでのライブを終え、
バンドの仲間と、食事をしていると、
1人の男が、テーブルに割り込んできた。
スーツを着、品が良さそうな男はいきなり、
和美の前に座った。
「ちょっといいですか?お嬢さん」
和美は、ワインの入ったグラスを置いた。
「何か?」
和美の凛とした態度に、
男は苦笑し、
「テレビを、拝見しましたよ。あなたのアルバムも、聴きました。大したものだ。賞を取るのも納得する。しかし」
男が、ニャッと笑う。
危険を感じ、バンド仲間が立とうとしたが、
それを、和美が制した。
男は、さらに笑みを浮かべ、
「日本人にしてはだ。ジャズは、この国のものだ。お前の音楽は、ジャズじゃない!」
一転して睨む男に、和美は微笑みで返した。
「だから言ってます。あたしの音楽は、あたしだと。ジャンルなんて関係ない」
「この国は、自由の国だ。しかし!誰もが、自由になれることはない。お前達…黄色に、自由があると自惚れないことだ」
男は、体を震わせた。
和美は、席を立った。
「あたしの色は、ナチュラル。黄色ではないわ」
男の震えが、強くなる。
「ジャップが…言葉で言っても…わからないようだな」
和美が、背をむけて歩き出すのと、
男が、立ち上がるのは、
同時だった。
バンド仲間が気づき、男に飛びかかったが、
遅かった。
凄まじい銃声が、店内に轟き、
その後、
悲鳴があがった。
後ろから、撃たれたのだ。
即死だった。
享年25歳。
もうすぐ誕生日だった。
真紅の歌姫といわれ、世界を飛び回った歌手は、
母と同じ国で、
命を落とすことになった。
赤い血に染まり、
倒れる和美は、
散った…花びらのようだった。
と、目撃者は後に語った。
しかし、
それは自ら…散ったのではなく、
無残にも、むしりとられたのだ。
赤き宿命とともに、散った花びらは、
もう…
美しく咲くことはない。
記憶の中でしか…。