あの人の好き
駅前で佇む。
いつもなら、もう出勤の時間だ。
六時半。
静かに牧村を待つ。
こんな時間に同伴でもなく、人を待つなんて…
普通の人みたい。
待つことが、嬉しいなんてなかった。
改札からではなく、
紗理奈が来た…反対方向の地下街から、
牧村はやってきた。
「職場が向こうなんだ。一駅もないから、歩いてきた」
紗理奈は、牧村の仕事を知らなかった。
「事務職さ。営業のね」
二人は、並んで歩きだす。
「ところで、どこいくの?」
牧村の質問に、
紗理奈は、笑顔でこたえた。
「カラオケ!」
「カラオケ!?いきなり!何か食べないの?」
「今のカラオケは、居酒屋より安くて…まあまあおいしいのよ」
「へえ〜」
感心する牧村。
「最近のカラオケは、居酒屋並みに、メニューが豊富で、安い!」
「カラオケでごはんねえ…」
「そんなに、おかしいですか?それとも何?水商売の女がカラオケで、安くごはん食べたら、おかしいですか?」
「別におかしいとは…」
「そりゃあ。お客さんと同伴するときは、高いところにいきます」
「うらやましいなあ」
「でも、仕事で食べてるから、気を使うし…おいしいとか、感じる余裕がない。だから、せめて、高いものを食べたいの」
「こわ!」
紗理奈は、そっぽを向くと、
「別にいいじゃないですか!こんなかわいい子と、いっしょに、ごはん食べれるんだから」
自分でかわいいと言って、恥ずかしくなる紗理奈。
「へぇ〜そうかもな」
他人事のように話す牧村を、
紗理奈は少し、睨んでしまう。
この人は、一体何なのだろう。
こんなにデートを重ねてるのに…。
今までの男だったら、もう付き合って、
住んで、
別れてる頃だ。
それとも…。
水商売の女は、嫌なんだろうか。
紗理奈の気持ちに気付かずに、
牧村が言った。
「じゃあ…俺とも、今度から、高いところにいかないとな」
紗理奈は、牧村に殺意を抱いた。
「そうね!でもその前に、お客なら、店に来て下さい!」
フンと、早足になる紗理奈に、
さすがに、悪かったと思ったらしく、
追いかけながら謝る牧村。
「ごめん」
無視する紗理奈。
「本当ごめん!デリカシーがなかった」
そうこう言ってる間に、カラオケに着いた。
カラオケ店のロビーの広さに、感動する牧村を連れて、
少し広い部屋に通される。
ビールとウーロン茶。
あとは適当に、唐揚げとかを注文する。
早速、ナビを手に取り、曲を探し…すぐにいれる紗理奈。
店員が、先にドリンクを運んでくる。
ビールは牧村。
ウーロン茶は紗理奈。
乾杯する。
紗理奈は、できるだけ休みは、お酒を抜きたかった。
紗理奈の歌がはじまる。
UAの情熱だ。
手でリズムを取りながら、歌い出す。
思わず、
牧村のビールを飲む手が、止まった。
牧村は素直に、驚いた。
相当うまい。
ハスキーで、ソウルフルな歌声。
牧村は、ジョッキを置き、
目をつぶって、
紗理奈の歌声に、聴き惚れた。
歌が終わる。
ふぅと息をつく紗理奈。
大拍手する牧村。
照れながら、頭を下げる紗理奈。
次の曲が、入っていないことに気づいた。
「いや、俺はいいよ。きみの歌が聴きたいから」
紗理奈は驚き、遠慮しながらも、次の曲を入れた。
エンジンがかかった紗理奈の、
ワンマンショーが始まる。
いろんなタイプの曲を歌い、
牧村の反応を見た。
(うまく歌えているかな……)
「どうだった?」
紗理奈の問いに、牧村は、
「よかったよ。うまかった」
感心したように、何度も頷いた。
二時間くらいいて、紗理奈と牧村は、店を出た。
歩きだし、
しばらくして
紗理奈は足を止めた。
振り返る牧村。
「もう帰る?」
紗理奈がきいた。
牧村は、時計を見、
「…じゃあ、もう一軒いく?」
「どこか連れてってよ」
紗理奈の言葉に、苦笑すると、
牧村は促す。
「行きつけのBARがある。いく?」
「うん」
紗理奈は、素直についていく。
カラオケのすぐ右を曲がると、商店街がある。
しばらく歩き、
二本目の十字路を、左に曲がると、
雑居ビルがあった。
そこの三階に、
BARはあった。
BAR Evil。
エレベーターに乗り、三階につく。
廊下には、数多くの扉が並び、
奥から三番目にあった。
多分、一人では来れない。
木製の扉を開けると、
ジャズが流れてきた。
店内は入るとすぐにカウンターがあり…その中には、
一人の女がいた。
「いらっしゃいませ!」
牧村は、紗理奈をカウンターに促し、自分も座った。
「おはようございます。先生」
二人の前に、コースターが置かれる。
「先生は、やめてくれと言ってるだろ。香月さん」
照れている牧村。
「あら。先生だって、香月さんじゃないですか」
「あ、あすかさんとは言いにくい…」
「あたしは、言えますよ。ゆう先生!」
「やめてくれ!先生はいらない」
カウンターにいる女は、
香月明日香だった。