表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/67

決意

ステージ上で見つめ合う二人。


啓介が、静かに話し出す。


「俺といっしょに、音楽をやらないか」


思いもよらない言葉に、明日香の時が、鼓動が…一瞬止まった。


「君の音が、ほしいんだ」


啓介は、明日香だけを見ていた。


「俺はまだ…自分のバンドを持っていない。いずれ、組むつもりだ。その時は、君にいてほしい」


「あたしなんて…」


明日香は、トランペットを抱き締めると…やっと声が出た。



「今日の演奏を聴いて…いや、母さんが、歌ったあの日から、君がほしかった」


啓介の目は、ただ優しい。


「俺がなぜ、音楽をやってるか…和美同様に、親をこえたいというのも…あるんだが…少しちがうんだ」


啓介は、明日香の持つ…トランペットを見た。


「おやじは、ペットだったが…俺は、サックスを選んだ。俺は俺…おやじとは、ちがうからな。だけど…一つ勝てないことがあった」


「勝てないこと?」


明日香が呟くように、きいた。


啓介は、頷く。


「歌だよ」


「歌?」


「母さんは、俺が小さいときはよく…歌ってくれたんだ。それなのに、もう何年も歌ってくれない。母さんの歌が好きだった…和美もね。俺達が、どんなに上手くなっても、歌ってくれなかった…。それなのに」


啓介は、明日香を優しく見つめ、


「君は、歌わせたんだよ。母さんを」


明日香は、トランペットをさらに、強く抱き締め、


視線を…啓介から、少し外した。


そして、小刻みに体を震わせた。


啓介の言葉を、噛み締めると、


やがて、啓介を真っ直ぐに見、


口を開いた。


「あたし…」



啓介の言葉は、嬉しかった。


(でも……)


だからこそ、明日香は言った。



「あなたとは、組めません。まだ…組めません」


騒めく観客。


啓介は、驚きはしないが、明日香にきいた。


「なぜ?」


明日香は、トランペットを下げ、姿勢を正した。


「あたしは、いろんな人の優しさに包まれて、音楽をやってきました。ママや、ダブルケイの店の人達…あなたや和美さん…。今日だって、里美や軽音部のみんながいなかったら…あたしは、ステージに立つことは、できなかった」


明日香は、ステージの上の人達を見た。


「今、あなたのバンドに入ったら…あたしはまた、あなたの優しさに、守られるだけだから…」


明日香の目から、涙が溢れた。


「本当は誘ってくれて、嬉しいの…。でも、待って下さい。あたしが、あたし自身で、音を奏でられるまで…待って下さい。あたしがあたしの足で、あたしの音を抱いて、あなたのもとにいくまで…」







「ふられたわね」


店に戻った恵子と啓介。


「啓介が、ふられるなんてな。それも大勢の前で」


ニヤニヤ笑う阿部。


啓介は、やけ酒のワイルドターキーをロックで飲みながら、阿部を睨んだ。


「おじさん!俺はまだ、ふられてないよ」


恵子も笑う。


ワイルドターキーをグラスに注ぎ、阿部に渡し、自分の分も用意すると、乾杯した。


「啓介の未来に、乾杯」


啓介はふくれた。


そんな息子の姿がかわいくて、恵子は啓介に絡む。


「それにしても…あたしの歌が聴きたかったんだって〜言ってくれたら、いつでも、歌ってあげたのに」


啓介は絡んでくる恵子を、振りほどきながら、


「口に出して、頼むんじゃなくて。母さんが、自分から歌ってほしかったんだよ」


恵子は、啓介を抱きしめた。


「痛い!首に入ってる」


半分冗談で、半分うれしさで。






後日、


音楽祭の勝者は、ブラスバンド部に決まった。


それは、なぜか。


簡単な理由だ。


軽音部は、点数を付けてもらっていない。


審査員の和美は、途中で帰るし、


啓介が乱入するしで、


みんな…そんなことは忘れてたのだ。


その場にいた…他の審査員達以外は。


結局…優勝したブラスバンド部部長結城も、何か納得できない。


だから、軽音部の吸収合併は、今回はなしになりましたとさ。


めでたし、めでたし。



「何か…納得できない」


しばらく…結城の口癖になった。






月曜日。


夕陽に照らされながら、


明日香が、ダブルケイに入ってきた。


「おはよう。明日香ちゃん」


いつもの恵子の笑顔。


いつものコーヒー。


明日香は、自然と微笑んだ。


「啓介さんは?」


明日香は、カウンターに座る前に、キョロキョロ周りを見回した。



「今日は、啓介いないわよ。レコーディングで、泊まり込みだから」


「啓介さん、怒ってました?」


申し訳なさそうな明日香の表情に、恵子はクスッと笑い、


「大丈夫よ」



ほっと胸を撫で下ろした明日香は、コーヒーを一口飲むと、


恵子を見た。


思い詰めた表情で、ゆっくりと口を開き、


「まだ…先の話なんですけど…」


明日香は、話出した。


「あたし…。高校を卒業したら…地方の短大に、通って…1人暮らしを、しょうと思うんです…」


身を乗り出して、


「勿論、学費も、自分で払いたい」


明日香の話を、恵子は静かにきいた。


「それまでの一年半…部活を、メインにしたいんです。あたし…今まで…ママの優しさに甘えてばかり、教えて貰ってばかり…」


明日香は、カウンターから身を乗り出し、


「でも!この前の音楽祭で、思ったの。ここで、教わったことを、あたしがみんなに教えられるって!逆に、教えられることもいっぱいあるの!初心者の里美からも」


恵子は思った。


そう…。


この子も、あたしの子供だ。



「それで、どうしたいの?明日香ちゃんは」


明日香は申し訳なさそうに、


「あまり来れなくなります…ダブルケイに。ごめんなさい」


恵子は微笑み、明日香の背中を叩いた。


「何言ってるのよ。謝る必要なんてないわ」


「ママ!」


「学生なんだから、当たり前のことよ。それにしても…音楽ばかりね。恋人とかできないわよ。好きな人とかいないの?」


明日香は、少し考えると、


笑顔になり、


「…多分います」



恵子は眉を潜め、少し考え込むと、


「ああ、あれね…」


頷いた。


「はい」


明日香の嬉しそうな笑顔に、


恵子は、微笑んだ後…少しため息をついた。


「…尻にしかれるわね。でも…女は、そうした方がいいわ」


恵子は、明日香にウィンクした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ