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あたしはあたし

眩しいライトの中、


赤いドレスを着こなし、凛とした表情で、


和美は立っていた。


ファッション雑誌の撮影。


この後、朝の情報番組で、トークと歌をうたい…


夜は、知り合いの料理店のオープニングセレモニーで、


1曲披露しなければならない。


アイドルではないが、


その日本人離れした美貌と、通好みの歌声とテクニックは


音楽を知る者程、魅了した。


スポットライトから出ると、


和美の周りに、多くの人が群がって来る。


そんな人々に、少しの笑みだけで応え、


和美は、用意された席に座った。


自分より、愛想笑いのマネージャーに、


和美は、一枚の紙を渡した。


訝しげに見るマネージャーに、一言。


「これに出るから。もし、予定があったら、すべてキャンセルしといて」


驚くマネージャーに、反対する権利はなかった。







和美の歌を聴いた次の日。


kkのカウンターで、


明日香は、蹲っていた。


久々に、里美も来ていて、ステージでドラムを叩いていた。



「何かあったの?」


恵子は、おかわりのコーヒーをいれてくれた。


明日香は顔を上げ、ため息でこたえた。


「里美ちゃん…上手くなったわね。才能あるのかも」


「才能…」


その言葉に、明日香は目の前のコーヒーカップを見つめながら、


「あたしにはないわ」


呟くように、言った。


「どうしたの?」


恵子は、心配気にきいた。


「あたし…才能ないから…大して上手くないし…あたしの歌なんて聴いたら、みんながっかりする」


またカウンターに、蹲る明日香。


「あら。音楽祭で歌うんじゃないの?」


「だから、自信がないんです!」


恵子は呆れながら、


「昨日は楽しそうだったのに、何があったの?」


明日香のふさぎ込む姿に、話かけた。


「音楽は才能より、気持ちよ。気持ちが、負けてたら絶対…軽やか演奏なんてできないわ」



「明日香!」


里美が、ドラムセットの中から呼んでいた。


阿部がやってきて、一曲やろうと、明日香を誘いに来た。


里美のリクエスト。


明日香に借りて、まだ返していないアルバムより、


ラウンドミッドナイト。


仕方なく…ステージに上がった明日香は、ミュートはつけず、オープンで吹き出す。


その時、


店の扉が開いた。




明日香の吹く音の後ろで、


細かいブラッシングを、里美がいれていた。


明日香と里美だけの音。


そして、


有名なブレイクにはいる直前に、


誰かが、ステージに上がった。


明日香と音を合わすように入り、音を爆発させた。


まるで


狼の遠吠えみたいに。


啓介だった。


驚く明日香を見ずに、


演奏は、啓介主体に変わり、バンドも演奏に加わわる。


啓介の熱いソロの後、


明日香が、慌ててミュートをトランペットに差し込むと…息を整え、静かに、エンディングのフレーズを吹くと 、


さらに、啓介のサックスの音が、明日香に絡んでくる。


ホットなサックスに、クールなやトランペット。


明日香は、


昨日とはちがう意味で、


震えていた。



「この曲は、明日香ちゃんには合ってるかもな」


演奏が終わった後、明日香に向かって、微笑むと…啓介は、ステージから下りた。


「ドラムの子も、よかったよ。明日香ちゃんの友達?」


啓介は振り返り、ドラムセットの向こうに座る里美を見た。


里美は誉められて、嬉しそうに、ドラムセットから飛び出した。


「はい!初めまして、有沢里美です。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


啓介は、カウンターに座った。


里美は、明日香に耳打ちする。


「あれが…啓介さんね。格好いいじゃない」


「そお」


素っ気なくこたえる明日香。


「興味なしか…」


里美は呟いた。


恵子は、ターキーの入ったグラスを、啓介に出した。


啓介は、1口飲むと、


「2人とも、いい感じだ。それに、店が明るくなった…いや、ママが綺麗になったよ」


「あら…前は綺麗じゃなかったの?」


「前から、綺麗だったよ」


「綺麗だなんて…言ってくれたことないじゃない」


啓介は、グラスを持つ手を止めて、


「は、母親に綺麗なんて、あまり言わないよ」


恵子は、啓介を見つめ、


「啓介は、男前よ。いつも言ってるでしょ」


「恥ずかしいから、やめてくれ」


じっと見つめる恵子の視線に、耐えられず…啓介は、グラスを持って、テーブルへ移動した。


同時に、明日香と里美が、カウンターに座る。


「啓介さん、どうしたの?」


首を傾げる明日香に、恵子はクスクス笑って、こたえた。


「まだまだ子供なのよ」


啓介をしばらく見つめた後、


「明日香ちゃん」


恵子は、2人に烏龍茶を出すと、明日香の方を見た。


「あなたはまだ…音楽を習い始めたばかり。才能なんて、言葉を語るものじゃないわ」


恵子は、タバコに火をつけた。


「もし、周りにいる啓介や和美達と、今のあなたを、比べてるんだったら…やめなさい」


恵子は、明日香の目を見つめ、


「キャリアがちがうし…あの子達も、まだ発展途上よ。あの子達より、他の有名なアーティストの音を聴いて、勉強しなさい。そばにいるものだけに、とらわれないで」


恵子は、明日香が愛おしかった。


「それよりも、音楽をやれる楽しみを、味わいなさい。同じ仲間と、同じ曲を練習し、演奏できる楽しさを。里美ちゃん、よろしくね」


里美は、烏龍茶を飲み干しながら、


「任せて、ママ!この子は、何でも、深刻に考え過ぎるのよ」


里美は、空になったグラスを置くと、


ちらっと時計を見た。


「時間だわ。明日香!あたし、先に帰るね。ママ、ごちそうさまでした」


明日香はこの後、ステージに立つことになっていた。


もう7時前だ。


開店の時間。


慌ただしく、店が動き出す。


明日香は外まで、里美を見送ると、


すぐに、トランペットを握り締めて、呼吸を整えた。



明日香は、ステージに上がり、


大きく深呼吸すると、


トランペットの先に、ミュートを差し込む。



7時になると、


お客さんが、ぞろぞろ入ってくる。


ピアノとベースが、イントロを奏でる。


曲は、いつか王子様が。


音のシーツに包まれ、


明日香は、マウスに口づけを捧げた。







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