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とめどなく

赤い点滅が、録音中を示す。


スタジオの中、


ただ流れる音に、身をまかせて、


啓介は、サックスを吹く。


サックス以外は、取り終えており、


啓介の音をいれた後に…そのカラオケに、歌をいれる。


こんなただの音入れに、


何も得るものはないが、


恥ずかしいプレイだけは、したくなかった。


スタジオミュージシャンは、自分の色を出さず、そつなくこなすだけ。


上手ければいい。


だから、啓介はテクニックやフレーズは、指示通りにしかしない。


だからこそ、


啓介は、音色に拘った。


音だけで、俺とわかるような音色。


声なら簡単だ。


有名な歌手なら、特徴があればわかる。


しかし、楽器は…。



それは音楽の歴史で、ほんの一握り。


日本人では、いないだろう…。


このレコーディングのメインの人物は、知らない。


知る気もない。


どんな仕事も断らずに、受けた。


ラジオから流れて、初めてわかるのもあった。


しかし、吹いた自分だからわかるだけで、


誰が聴いても、


啓介とわかるレベルではない。


マイルスやコルトレーンに、ゲッツ、バードにアームストロングに、ジミヘンにピアソラ…。


数少ない音色の革新者。


テクニックやフレーズなんて、


ある程度は、できるようになる。



音色…トーンだけは…。


売れなくてもいい。


俺というトーンさえ、残れば。


日本には、俳句がある。


短い響きに、深い意味をのせる。


それができる癖に、


音楽になるとできない。



日本人にはわからない。



例えば、テイクファイブをカバーするとする。


日本人はただ…メロディを奏でるだけだ。


ただアドリブというテクニックを、ひけらかすだけだ。


ただ、コードや楽譜を追うだけだ。


それじゃあ、だめなんだ。


コピー楽譜を見て、音を合わせて、


喜ぶ。


音楽は、プラモデルではない。



いつから、模倣だけの国になった。


なぜ歌詞を理解しない。


それそれが…個性あるアーティストが奏でた…感情の表れと思わない。


まったく他人と同じ、


俳句を詠んでどうする。


自分の言葉を、奏でないと…。


コピーなんか意味がない。


クラシックなら、それでいい。もう骨董品だから。


俺は、生きた今を…奏でたいのだ。


今という…すぐに過去になる時を、未来に向けて。




啓介は、スタジオを後にした。


ただ一人、帰る彼。


まだ自分の音を生み出すのに、精一杯だ。


でも…いつかは、


誰かと、音楽をやらないといけない。


音楽は、一人では表現の限界がある。


誰と組むのか…。


それは、


啓介にもわからなかった。








渡り廊下の事件から、


数日が過ぎた。


サッカーの部のエースである高橋は、


学校側の判断により、厳重注意だけで終わった。


しかし、浅倉と滝川…特に、里美の父親が、学校に乗り込んできたことにより、


がらっと、学校側の対応が変わり…しばらくは、高橋に、監視がつくことになった。





授業が終わり、


音楽室に向かおうとした明日香を、


止める人物がいた。



麻里亜だ。


「少し…いいかな?」


麻里亜に、呼ばれるなんて、初めてだ。


警戒する明日香に、


「心配しなくていい。あたししかいないから」


麻里亜は、先に歩きだした。


少し思い詰めたような麻里亜の様子に、


明日香は、ついていくことにした



「本当は、有沢さんとも話したいんだけど…あの子とは合わないから。多分、犬猿の仲ね」


着いたのは、体育館の裏のベンチだった。


夕陽に照らされたベンチ。


「こんなこというのは、おかしいんだけど…」


麻里亜は振り返り、明日香を見、


「あの人のこと、許してほしいの」


麻里亜は、ベンチに座らない。


「あんなひどいことした相手を、許してなんて…都合が、良すぎることはわかってる…。それでも、許してあげてほしいの」


明日香も座らず、ただ麻里亜を見つめた。


「あたし達、今…付き合って…付き合っては、いないわね。ただ遊ばれてるだけ…。それでもいい」


遠くで、多くの生徒の声がした。


部活が始まったのだ。



「彼は、あなたにふられてから…おかしくなったわ」


麻里亜は、目を伏せ、


「最初は、自分が悪いと責め…最後は、俺をふった女が悪いと。それから、周りにいたみんなに、手をだして…ドロドロに…。ファンクラブも解散したわ」


麻里亜は、明日香に背を向けた。


「最低な男だと、思ったけど…2人でいる時、たまに無意識で…あなたの名前を呼んで泣くの」


麻里亜の背中が、震えていた。


「あなたのことが、本当に好きなの。女の子に…それも、好きな子にふられたことが、すごくショックだったの」


麻里亜は、泣いていた。


涙を見せていないが、麻里亜の切なさが、伝わってきた。


「本当は、別れるべきなんだけど…。あたし、ほっとけなくて」


麻里亜は、涙を拭うと、


明日香の方を向いた。


「あたし…。あの人が、本当に好きなの。今日から、サッカー部のマネージャーをやるわ。もう絶対、この前のようなことさせないから」


麻里亜は、深々と頭を下げた。


「あたしも…あなた達に対して、謝ります。今まで、ごめんなさい」


顔を上げた麻里亜は、優しく微笑み


「もう部活に行かなくちゃ…突然呼び出して、悪かったわね。ごめんなさい」


また、頭を下げると、一目散に走り去った。


高橋のいるところまで。


明日香はベンチに、倒れるように座った。



傷ついて、傷つけられたと思っていた…


明日香と里美。


傷つけた相手も傷つき、


そのそばにいる人も、傷ついていた。



高橋のことは許せない。


でも…もし……


(あたしが、高橋の気持ちを受け入れていたら…)


よかったのか。


それは、またちがう形で結局…


傷つけ合う。


何よりも、


里美をさらに、傷つけることになる。


それは、絶対にいやだった。



(人を愛することって、こんなに難しいの)



明日香は、沈みかける夕陽に問いかける。


しばらく夕陽を、見つめ続けた。



例え…


こたえてくれなくても…。






音楽室につくと、


一心不乱にドラムを叩く


里美がいた。


音が激しい。


滝川が、明日香に気づき、後ろに手招きする。


音楽祭にでるメンバーが、揃っていた。


「話が進んでなかったので…まずは、やる曲を決めなければならない。1組、2曲しかできないけど」


しばらくの沈黙の後、


次々に曲名が上がる。


最近のヒット曲や、有名曲たち。


だけど、これという曲がない。


また黙り込むみんな。


「今回は、香月さんがメインなんだから…まず、香月さんが、やりたい曲はないの?」


唐突な浅倉の言葉に、まったく口を開いていなかった…明日香に、全員の目が向く。


明日香はただ、里美の叩くリズムに、身を任せていただけだったから、


いきなりのフリに驚く。


やりたい曲…。


明日香は思わず、


「マーヴィンゲイのWhat's Going On…」


その曲は、いずれ…遠い未来に明日香がライブをするとき、


1曲目は、トランペットで、これをやりたかった。


スムーズジャズというアメリカで流行っているジャンルがあって…たまたま聴いた、ソウルカバー集に入っていた。


気に入り、原曲を阿部から借りて、


さらに気に入った。


「ホワッツゴーイングオンか…確かボールウェラーも、カーバーしていたな。ロックアレンジで」



「ロックじゃ、駄目なんです!」


明日香は思わず、叫んだ。


「何かこう…ふわっと…柔らかい感触でなくちゃ…いけないんです」


明日香は最近、できるだけ、


いろいろなライブに、足を運ぶことにしていた。


だけど、満足する音に、出会えていなかった。


ほとんどのミュージシャンの……リズムが、固いのだ。


特に、ドラムの音。


音が、抜けていないのだ。


音が、一音、一音で止まり…リズムが続かない。


リズムや、音の勢いが、叩くたびに、寸断されているのだ。


だから、聴いていると、


疲れてくるのだ。


阿部や武田の音は、軽やかで、


何だか心が踊り、


フワフワの羽毛に、包まれているように感じる。


恵子は、明日香の歌にあまり口出しはしなかった。


阿部や原田が、キーを指定し、発声練習をしてるときも。



ただ一度だけ、恵子は口を開いた。


明日香に、ナットキングコールのアルバムを貸してくれたとき…。


「彼は、マーヴィンゲイが憧れた人。本当のソウルフル、歌が上手い人は決して、大袈裟に叫んだり、がなりたてたりしないもの。もっと軽やかで…それでいて、深いものよ。彼のようにね」


その恵子の言葉を、


明日香は、自分の歌の目標にしていた。


軽やかであること。


明日香の説明に、


浅倉は頷くと、


「他は、ロックや…ブラスバンドはスウィング調でくると思うから…音の差別化には、なるわね」


「他にやりたい曲は?」


滝川がきいたが…明日香は、首を振り、


「ないです」


滝川は、ため息をつき、


「今回は、香月さんのできる曲でやろうと思う。僕達がやれる曲は、決まっているし…。毎週…発表会を、土曜日やってるんだが…客がまったくつかない…」


滝川の言葉に、他の部員も首をうなだれる。


「だから、新しい風がほしいだ。香月さんという風がね」






kkの練習を終え、


明日香は、電車を乗り継ぎ、帰途についていた。


軽やかな演奏。


明日香の目標ができた。


それも1人ではなく、みんなとである。


楽しくて、スキップをしながら、


明日香は、駅を出た。


自転車置き場まで、商店街を歩く。


電気店の店頭の液晶テレビから、


CMが流れてきた。


口紅のCM。


明日香の足がとまった。


なんて…軽やかな歌声。


明日香は、震えた。



この声は…。


知っている。


(この声は…)


明日香は、胸を握り締めた。


(和美さん!)


明日香は、CMが終わっても、動けなかった。


衝撃が、背筋を貫き、


まるで、杭を打たれたように、明日香はその場に立ち尽くした。




しばらくして、気付いたときには、


走っていた。


自転車置き場まで走り、


胸を押さえた。


激しく息をする。



(また逃げた…)


あたしは、あの人の歌から。


この前は、そばに恵子たちがいたから、


耐えれた。


あたしは…。



あの人は天才。


あたしは、あの人には勝てない。


絶対に。



明日香は、崩れ落ちた。






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