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あたしでいる為に

木漏れ日の中、


揺りかごから出された…


まだ小さな体は、


ほんの少しの力だけで、恵子に抱きかかえられた。


恵子の腕の中で、


嬉しそうに


少し手足をばたつかせ、恵子を見つめた。


そして、


小さな小さなで手で、恵子の頬に触れた。


恵子も微笑むと、部屋の中を歩き出した。


静かに。


そして、


静かに歌い出す。


子守歌より、優しい歌。



健司を失い、


歌えなくなったカナリアは、


赤ん坊をあやすときだけ、自然に歌えた。


たった一人の大切な坊や。


さらに嬉しそうに、手足をばたつかせる。


まるで、リズムをとるかのように。


恵子もさらに微笑み、


「啓介は、歌が好きなのね」


もう一曲。


恵子は、歌い続けた。


たった一人の観客が、


眠りにつくまで…。








「どういうことなのよ!里美!」


音楽室をでて、駅へと向かう帰り道。


「どういうこととは、こっちのセリフよ!なんで、あんたが、メンバーに入ってて!あたしは、入ってないのよ」


逆ぎれだ。


言い争いを続ける2人の横を、


2台の自転車が、走り抜けていく。


明日香達と、同じクラスの雪野麻理亜と……


高橋。



麻理亜は、フンと一瞥をくれたが、


高橋は、まるで…気付かないみたいに、無視だ。


去った二人の後ろ姿を、見つめながら、


里美は、拳を握りしめた。


「あ、あすかあ!あたし。絶対に、部長としあわせになるからね。ちくしょう!」


メラメラと燃える怒りに、


里美は、震えていた。





「ったく、むかつく!」


kkに着き、


カウンターに座った明日香は、音楽祭のビラを見ながら、愚痴る。


「あれ?里美ちゃんは?」


後ろから、カウンターに近づいてきた阿部が、明日香にきいた。


明日香は振り返り、膨れ顔を見せる。


恵子は、肩をすくめた。


「ケンカしたらしいわよ」


「だって、ひどいんですよ。無理やり…」


明日香の説明を、ききながら、


恵子は、タバコに火をつけた。


阿部は笑う。


「いいんじゃない」


恵子は、タバコをふかす。


阿部も頷き、


「いいことだよ。歳の近い子とやることは…ここは、年寄りばかりだからね」


「悪かったわね」


恵子の言葉に、阿部が狼狽える。


「ね、姉さん!そういう意味じゃなくて…」


何とか言い訳をしようと、必死な阿部の姿に耐えられず、


恵子は、笑ってしまう。


「わかってるわよ。同い年の子と音楽をやり、学び、成長することは…今しか、できないことだから」


阿部は、胸を撫で下ろし、


「俺らなんて…もう成長しょうがない。新しい曲も、そつなくこなすけど…こなしてるだけ。新しいことはできない」


「そうですか?」


明日香は、首を捻る。


「明日香ちゃんは、若いからね。自分の限界なんて、わからないだろ」


「あたしだって、勉強…特に、理数系は無理だって、限界感じてます」


明日香の言葉に、阿部は微笑み、


「でも…死ぬ気で、頑張れば、何とかなるかもしれない。勉強なんて、答えがあるんだから…」


阿部は、タバコを取り出し、遠くを見た。


「俺は学校とか…集団で学べるものは、ある程度、みんなできると思っている。個人差は、あるだろうけど」


恵子は、灰皿を阿部に渡した。


「この子は、頭、良かったのよ。兄が、あこぎな商売についたから…親の期待を、一身に受けて。全国模試でも十番以内で」


阿部は照れながら、タバコに火をつけた。


「昔の話だよ。結局…兄貴と同じ…あこぎな商売やってるんだから。でも…あんなに、バカにしてた兄貴みたいには…なれなかった」


ゆっくりと、阿部は煙を吐き出した。


「そういえば…大樹は、どうして、音楽をやるようになったの?今まで、きいたことなかったわね」


恵子の言葉に、


阿部は、顔を真っ赤にして、


「兄貴が…心の中では、羨ましかったのさ…兄貴が…」


阿部は、タバコを灰皿にねじ込むと、


ステージに向かった。


もう練習時間が、少なくなってる。


明日香は、音楽祭のビラを恵子に渡すと、


ステージへと走った。


阿部のベースの後、メロディーを奏でる。



曲が変わる。


武田がカウントし、


原田のピアノが、静かに転がる。


曲は、It Never Entered My Mind。


明日香は、フゥと軽く息を吸うと、


トランペットのマウスに、口づけをした。


甘く、優しい音が、


ダブルケイの店内に響く。



まだ拙い…不安定な音ではあるけど、


不思議と、聴いてるだけで、微笑む暖かさがある。


戸惑いさえも…


微笑ましい。


恵子も…自然と微笑みながらも、


演奏が終わると、タバコを灰皿にねじ込み、表情を引き締めると、


ステージに近づいた。



「最近、バラードが多いわね。得意だからといって、それだけじゃあ、駄目よ」


恵子は、厳しい口調で、ステージにいるメンバーに一喝する。


「武田くん。シャッフルのリズムを」


武田は、リズムを刻みだす。


それに合わせて、


阿部が、ウォーキンベースを弾き出す。


リズムが跳ねる。


「曲は、Right Off」



ライト・オフ。


マイルス・ディビスが創ったロックの名曲。


発表から、30年以上たっても、未だにジャズロックバンドが、クラブのジャムでよく演奏している。


お望みならば、最高のロックグループをつくってやる。


ジャズトランペッターだった彼が放った…その言葉を、裏付けるように、発表したこの曲は、


ジミーヘンドリックスにも影響を与えた。


「原田くんは休んで!」


恵子はそう言うと、


ステージ横から、ギターを取り出し、


アンプに繋ぐと、ギターを抱え、ステージに上がる。


恵子のカッテングを主体にしたギターが、鳴り響く。


「ママ…」


トランペットを持ったまま、…唖然としている明日香に、


「ぼおっといない!リズムに乗って、吹いて!」


恵子の声に、


明日香は、恐る恐るトランペットを構える。



「ドラムを感じて…乗りなさい!トランペットを意識しないで!リズムだけ、感じなさい」


明日香は目を閉じると、


トランペットを吹く。


リズムを感じる…。


周りの音にだけ、集中していると、


少しつづ…明日香に見えてきた。



リズムの道が。




明日香の体に、


恵子のギターが絡みつき、


武田と阿部が、進むべき道を創っていく。


ギターが押してくれている。


明日香はその道に向かって、歩きだす。


まだ、まっすぐ歩けないけど…。


少しフラフラしながらも、明日香はトランペットを吹き、


歩いていく。



カウンターでは、


いつのまにか店に来た…里美が、指で軽くリズムを刻みながら、ステージ上を見つめていた。


知らないうちに、


原田のピアノも、参加している。


鍵盤を激しく叩き、


明日香のバックの時みたいな…メロディー主体の弾き方ではなく、


リズム楽器でもあるピアノの姿を、浮き彫りにする。


恵子が、有名なジャックジョンソンのテーマと呼ばれるリフを弾き出すと…


やがて、演奏は終わった。


明日香は、激しい恵子のリフに圧倒され、


音を吹けなくなった。




ギターを外しながら、


「吹かなくていいときは、吹かなくていい」


恵子は、明日香に近づく。


「吹けないではなくて、今は吹く必要がないと、感じられることも…大切よ」


恵子はウィンクした。


「は、はい!」


明日香は頭を下げた。


恵子は微笑みながら、ステージを降りた。


ステージ脇では、


いつのまにか…啓介が、立っていた。


「母さんが、ギターを弾くなんて…」


「あら。弾けないと思った?」


恵子は、ギターをしまいながら、啓介を見た。


「そんなんじゃなくて…」


少し不満げな顔をしながらも、


啓介は視線を、ステージ上に向けた。


「特別か…」


その目は、明日香を映していた。


恵子は、啓介の言葉にこたえず、カウンターに向かう。


啓介は軽く肩をすくめると、裏口に消えていった。




「もう一回お願いします!」


明日香はバックに、頭を下げた。


ヒュウ。


阿部が口笛を吹くと、


ベースを刻み、


ドラムが、シャッフルのリズムを刻む。


今度は、迷うことなく、


明日香は、トランペットを吹き出した。





「あら?…里美ちゃん。おはよう」


恵子は、カウンターに座る里美に気付いた。


「ママ…」


カウンターに蹲り…1人座っていた里美が、


カウンター内に入った恵子に、声をかけた。


「どうしたら…上手くなるんだろ?」


恵子は少し驚きながらも、


里美に微笑んだ。


「練習することだけよ」


「やっぱり練習かあ…」


里美は、カウンターに顔をつけ、両手を広げた。



「それも、人前でね」


恵子の言葉に、


里美は身を上げた。


「人前?」


「そうよ。音楽は1人で練習しても、仕方がないのよ」


恵子は里見を見つめ、


「かつて…マイルス・ディビスは、新しく入った若いメンバーに、こう言ったらしいわ…」


それから、タバコを取り出し、火をつけた。


「お客さんの前で、練習したらいいと」


「お客さんの前で!?」


恵子は頷き、


「それだと、リハーサルする必要もないし…スタジオ代もかからないって…」


恵子はクスクス笑い、


「それは、冗談として…。確かに、人前でいきなり…新曲とかを、合わせていたらしいわ。それによって、バンドのメンバーは、緊張感を保ち…お客さんは、新鮮な演奏を聴ける」


里美は黙って、聞いている。


恵子はタバコを吹かし、


「音楽を、上手くなりたいなら…スタジオとかにこもるのではなくて、できるだけ人前で、演奏することよ」


恵子は、里美にウィンクすると、


「武田くん!ドラム変わってちょうだい」


演奏中でありながらも、恵子の声は伸びやかで、


ステージ上にも響いた。


演奏が止まる。


「いってらっしゃい。里美ちゃん」


「うん!」


里美は勢いよく、カウンターから立ち上がると、


ステージへ走っていく。


そんな里美の背中を、


恵子は嬉しそうに、見つめていた。




でも、ステージ上で、明日香と目が合うと、二人はフンと顔を背け合う。 



だけど…演奏が始まると、不思議と合っていた。


恵子は、カウンター内からクスッと笑った。





練習が終わり、


明日香と里美がお互いに、顔を背けながら帰った…十分後に、


和美が、顔をだした。


恵子は驚き、


「今日は、テレビの仕事じゃなかったの?」


和美は、カウンターに座る。


「昼までに、終わらせたわ。今、まっすぐ帰ってきたところ…。ママ、いつもの」


ワイルドターキー、トリビュート15Yをロックで。


和美は、グラスを手に取り、一口飲むと、


「CM決まったわ。CDにはならないけど…化粧品で、曲はカバー。イパネマの娘…ボサノヴァよ。ワンテイクで、さっさと終わらせたけど」


「さすがね」


恵子は、お客さんに呼ばれた為、


カウンターを出た。


その時、


和美は、カウンターの上に置いてある…ビラに気づいた。


明日香が、持ってきたもの。


和美は、なぜか気になり、


ビラを手に取った。


「音楽祭?」





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