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ほしいもの

明日香は、トランペットを抱き締めた。


恵子と健司の…kkのアルバムに導かれて、


あたしは、ここに来た。


恵子の歌声に憧れ、


健司の音の優しさを、知りたかった。


(そうなの…。あたしが惹かれたのは、ママと健司さんの音!一つじゃない!)



「ママ!あたし欲張りかな!」


明日香は、カウンターに向かって、叫んだ。


恵子は、笑顔を向け、


「欲張りじゃないわ。あなたは、あなたのやりたいようにしなさい。それが、あなたの音楽よ」


明日香は、トランペットを突き出し、


「これ、また使っていいの?」


「もう…とっくに、あなたのものよ」


明日香は、ステージから飛び下りると、恵子のもとへ走っていく。


カウンター越しに、恵子に抱きついた。


「仕方が、ないわね。明日から、もっといっぱい練習しなくちゃね」


恵子は、優しく明日香の頭を撫でた。


「うん」


明日香は、頷いた。







ほんのり淡い夜の中。


夜景を見渡せるラウンジに、1人…和美はいた。


見える街並みの光の輝きを、隣のカップルが、綺麗と呟きあっていた。


(綺麗?)


和美は心の中で、せせら笑った。


(こんな人工的な光が?)


和美は、光を睨んだ。



夜は暗いものよ。


夜がない街は、


安らぎのない街。


綺麗なだけ…。


夜景との間にあるガラス窓に、


和美な顔が映る。


(あたしもか…)


和美の手の中にある…グラスの中で、氷が転がる。


虚しい音を残して。




「ここだったか…」


突然後ろから、声がした。


ガラス窓に映ったが…和美は、映った姿を見たくなかった。


目をつぶり、振り返ると…和美は、ゆっくりと目を開け、声の主を見上げた。



「何を飲んでる?」


声の主の質問に、和美は微笑んだ。


「いつもの…」


声の主は、注文を取りにきた店員に、告げる。


「同じものを」


バーボンのロック…ワイルドターキー。


和美は、クスッと笑った。


「自分の意志がないの?啓介?」


和美の前に座ったのは、啓介だった。


「俺は昔から、これだろ。お前が、真似しだしたんだ」


「そうだったかもね」


運ばれてきたグラスを、手に取り、啓介と和美は軽くグラスを合わせる。


バーボンの甘い香が漂う。


「店に…行ったんだってな」


啓介は、口をつける前に、グラスを転がした。


「そうよ。恵子ママはいつ見ても綺麗ね。あこがれちゃう」


それが何か…というように、和美はグラスを、口に運んだ。


「何しに行った?」


啓介の口調が、強くなる。


「恐い顔しないでよ」


和美は、バーボンを飲み干すと、同じものを注文した。


和美は啓介を見つめながら、頬杖をついた。


「見たかったの。啓介が気に入ってる子…。悪い?」


「…いや」


グラスを転がすのをやめ、啓介は…一口飲んだ


和美は、視線を窓に移し、呟くように言った。


「期待外れだったわ…」


和美の言葉に、


啓介は驚かない。


解りきったこと…。


「歌も…演奏も、素人とレベル」


「だな…」


啓介は、また一口飲んだ。


和美は不満げに、啓介を見た。


啓介は、視線を感じ、グラスを見つめた。


「仕方ないだろ。はじめて、半年ぐらいなんだから」


「それなのに、なぜ恐れないの?」


和美も、グラスを見つめ、


「あたしは、こわいわ。歌うことは…好きよ。でも、あたしは…人前で歌うときは、いつもこわいわ」


突然立ち上がり、啓介に向かって服を見せた。


「赤い服。あたしのイメージ…目立つ服装で、あたしはいつもいる。みんなの視線を浴びる為に…そうしないと、あたしは逃げ出す」


啓介は、和美を見ずに言った。


「座れよ。みんな見てる」


「言ったでしょ。目立ちたいと」


フンと鼻を鳴らすと、和美は座り、一気にグラスの中身を飲み干した。


また同じものを、注文した。


「なのに、あの子は…何?若い子で歌ってる子は、何人も知ってるけど…歌が好きなだけ!それだけの子ばかり!下手くそでも、お構い無し!プライドがないのよ!」


和美は、顔をしかめた。


啓介は、それに関しては、否定も肯定もしない。


ただ…ゆっくりとグラスを置くと、和美を見て、


「優しさを知りたい…。歌に、寄り添うおやじの音が、知りたかったらしい」


「優しさ…?」


和美は、眉を潜めた。


啓介は頷き、


「あの子は、歌が好きから、始めたんじゃないのさ」


「優しさって…甘いわ」


和美は、ガラスに映る自分を睨む。


「俺達よりは、ましだろ」


啓介の言葉に、和美は振り向いた。そして、啓介を軽く睨む。


「それが、あたしと組まない理由なの?」


「お前と俺は、似すぎている」


啓介は、睨む和美を真っ直ぐに見据えた。


「あたしと、啓介の音が絡んだら、誰にも負けないわ。少なくても、こんな国では!」


和美は、声を荒げた。


「お前も、アメリカにいくつもりか?」


啓介の言葉に、和美は少し冷静さを取り戻し、


「アメリカ…小さいわ」


遠くの虚空を睨んだ。



「俺は、お前とは組まない」


啓介はきっぱりと言い放った。


「こんなに合ってるのに!なぜよ」


啓介は、バーボンを飲み干すと、席を立った。


「お前とは…確かに、すばらしい音が生まれる。表面的にはな。だが、俺達の音は…だめだ」


「どうして!だめなのよ!」


「俺とお前が、音楽をやってる理由だ」


啓介は、伝票を取ろうとした。


それを、和美は制した。


「やめてよ。そういうのは嫌い。あたしが誘ったのよ」


啓介は、和美を見つめ、


舌打ちすると、伝票を和美に返した。




そのまま…出ていく啓介の背中を見つめながら、


「あんたの音は、誰にも渡さないわ」


和美は、グラスを握り締めた。




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