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新たな出逢い

ライブハウス‘ラメール’


明日香は、地下に降りる階段を降り、重い扉を開けた。


いきなり、音の洗礼を受ける。


ヒップホップだ。


受付に座るだるそうな男が、チケットをせがむ。


明日香は、恵子から預かったチケットを渡す。


ワンドリンク付きだ。


高校生であるけど、


こんなところで、ジュースを頼む雰囲気じゃない。


「ジントニック」


明日香は、一言だけいうと、満員になってる店に入った。


フランソワーズアンディというフランスの歌手が、ジャズ風の曲をやっているアルバムのタイトルが、


ジントニックだった。


カフェを経営してた祖母が、持っていたアルバム。


愛してると、つぶやきながら…空々しくジントニックを飲む。


明日香は初めて、飲むお酒は、ジントニックと決めていた。




はじめて飲むお酒…ジントニックに、口を付けた。


あまりの苦さに、


顔をしかめそうになるのを、必死に押さえた。


こんなところに…初めて来て、お酒も初めてなんて…格好つかない。


妙に気取りながら、店の一番後ろの壁に、もたれ掛かった。


それにしても苦い…。


薬のようだわ。


店内は、満員だった。


明日香と、同じくらいの年の人が多い。


ステージ上で、MCが激しく日本語で、がなり立てる。




明日香は、がっかりしていた。


バックの演奏も、すべてが大したことがない。


いつも教えてもらっている人達の方が、数段上だった。


熱気と歓声はあるけど…


ステージと、コミュニケーションがとれていない。


どこか、ストレス発散のような感じがしていた。


ある意味、それが普通なのだけど、明日香には、理解できなかった。


退屈だわ。


その時、


会場の空気を、震わすブロウが、鳴り響いた。


まるで、


音の狼煙のように。


アルトサックスの太い音色でありながら、


まるで…ナイフのように、そこにいる人たちを、切り裂いた。


一瞬の静寂から…


百人以上は、入っているライブハウス内が、興奮で爆発する。


それだけではない。


ステージにいる他のバンドの音を、絶妙に絡み合わせ、


先程のヘタな音が、一瞬にしてまとまる。


違うバンドのよう。


サックス奏者の名は、


安藤啓介。


明日香が、音楽を教えてもらっているママ…恵子の息子。


ジャズ専門誌にも紹介されている、若き新鋭のサックス奏者。


そして、


産みの親は、世紀の天才といわれ、海を渡った伝説の歌手…


安藤理恵。




「すごいとこね」


明日香を、何とか探し出した有沢里美が、


隣に来て、壁にもたれ掛かった。


本当は、明日香といっしょに来るはずだったが、遅れてきたのだ。


チケットに、住所が載っているから、迷うことはなかったようだ。


里美が右手に、もっているドリンクは…。


明日香の視線に気づき、


里美は、照れ笑いをする。


「あっ!これ…芋焼酎の水割り」


高校生が…ライブハウスで焼酎って。


里美は一口飲むと


「おいしい」


満足げに呟く。


(おっさんか!)


「たまに、部の打ち上げで飲まされるんだ」


(部って、あんた園芸部でしょ!)


って、ツッコミたい明日香の視線を感じて、


里美は、頭をかいた。


「たまに、うちのおやじがすすめるのよ。たまにね」


言い直す里美の言葉に、明日香は呆れた。



「最近…なんか、あたしが落ち込んでるみたいだと、感じたみたいで…呼ばれたの」


里美は、焼酎を一口飲み、


「話せと…一杯すすめながら。娘にすることとは、思えないわ」


また、里美は焼酎を飲んだ。


おいしそうに。


それに、ペースが早い。


酒呑みだわ。


「それで、あの事を話したら…その男!殺すと言い出して…やりかねない」


ちょっと前、里美はふられたのだ。


ふられたと いうより利用された…。


今は、明るくなってる。


立ち直ってると思いたい。


なぜなら、


明日香も関係してたから…。



演奏を終えたバンドが、ステージを下りても、


啓介だけは居続けた。


スカ、ロック、ファンク…。


次々に登場するバンドたちと、


啓介は、共演を続ける。


決して、


邪魔することなく、


周りと融合しながらも、


啓介の個性は、醸し出していた。



啓介の心が、叫ぶ。


サックスだから、


なぜ、ジャズをやらなければならない。


俺は、どんな音楽でも合わせてみせる。


そして、


どんな音にも、埋もれることはない。


一音で、


俺だとわかる音。


それが、啓介がほしいものであった。


そして、目標であった。


ジョンコルトレーンやウェインショーターのように。





すべてのバンドが、終わった。


会場が静まり返り、


最後のバンドが、片付けていても、


誰も帰らないどころか…人が、増えている。


みんな知っていたのだ。


今までが、前座であることを。


ステージに一人残る啓介の顔が、真剣になる。


恵子が、ここに明日香を行かせたのは…啓介を聴かせたいだけではなかった。


静かにステージに上がる…赤い影があった。



赤い影は、真紅のドレスをまとった女だった。


黒く長いストレートの髪に、大きな瞳。


軽く会釈すると、


バンドが、後ろでセットしている中、


いきなり、アカペラで歌い出した。



明日香は、曲を知っていた。


美空ひばりのりんご追分。


啓介だけが、歌に絡んでいく。


人々は、まるで


奴隷だった。


聴くことしか許されない。


でも、押し付けがましくない、自然に心に染み渡る歌。


情熱的なのに、


どこか切ない。




明日香は、歌というものの魔力を知った。


軽やかで、


暖かく、やわらか。


そのくせ、激しく心をノックする。


最近、歌い始めたばかりの明日香は、愕然とした。


これが歌なの。


これが、歌うというものなの…。





歌い終わると、


女は静かに、客席に向かって微笑んだ。


「今日は、何の告知もしてないのに…こんなに集まって頂いて、ありがとうございます」


深々と頭を下げる。


ライブハウスに、歓声が沸き上がる。


女は、笑顔を満遍なく、


会場の端から、端まで振りまいた。


嫌みなく。


「次の曲は、アリシアキーズのIf IAin't Got You」


バックがピアノを弾き、歌がはじめる。


あれほど、うるさかったライブハウスが静まり返り、


歌声に聴き惚れる。


啓介のサックスが、絡んだ瞬間…


明日香は、


ライブハウスを飛び出した。


この感じは…


あの音だ。


あたしが憧れた音。



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