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ミュートの囁き

まっすぐな明日香の音に、


啓介の太い音が、絡む。


恵子はその音に、


懐かしさと暖かさ、


未来への輝きを、感じていた。


遠い昔。


恵子と健司が、奏でたように。


明日香は、あたしとは違う。


きっと、


永遠に、幸せな音を奏で、


幸せな音と共に、いれるはず。


こんなまっすぐな音を、出せるのだから。



過去を思い出し、


恵子は、そっと涙した。


誰にも、気付かれないようにしないと。


新しい目標を、見つけた…明日香に失礼だから…。


恵子は微笑み、


いつものように、煙草に火をつけた。


もう明日香に、


恋は、簡単なんて似合わない。


だけど、


まだ…あなたの知らないことばかり…。


でもね…。


もし、傷ついても、


恐れないでほしい。


今日のように、まっすぐに歌いなさい。


まっすぐに、恋をしなさい。


あなたのやさしさと、笑顔があるかぎり、


必ず、幸せにたどり着ける。


あたしは…




さあ、


もう一杯、コーヒーをいれてあげる。






「じゃあね、ママ!また明日」


明日香と里美は、手を振りながら、KKの扉を閉めた。


もう外は、真っ暗だ。


駅まで歩く。


「ねえ。あたしの演奏、どうだった?」


明日香の質問に、


里美は、少し考え込むフリをしながら、


「まあ、いいんじゃない」


えらそうに答えた。


「何!その適当な答えは!」


明日香は、里美にくってかかろうとする。


里美は、少し早足になり、明日香から離れた。


「だって、ここで誉めたら…あんた、天狗になるでしょ」


「ならないわよ!天狗なんて」


「なるなる!絶対に!調子に乗るもの!あたしにはわかる」


明日香は、里美を捕まえ、後ろから、羽交い締めにする。


「ならないから!ちゃんと、よかったといいなさい」


里美は、苦しみながら、


「よかったと、言わそうとしてるところが…おかしい…」


何とか、明日香から逃れると、


里美は、駅まで全力で走る。


「待って!里美」


明日香は追いかける。


「天狗やろう!」


悪態をつく里美。


それは、いつもの二人だった。






明日へと旅立つ明日香を、見送った後…


慌ただしい営業も終わり、



バンドのメンバーも帰った後、


カウンターに一人座り、


恵子は、残されたトランペットを見つめていた。


健司の…


そして、


さっきまで、明日香のだったペット。


しばらく見つめていると、隣に誰かが座った。


啓介だった。


手に、バーボンの入った二つのグラスを持って…。



恵子は、グラスを受け取ると、そっと傾けた。


ワイルドターキートリビュート15Y。


シュガーバレルで、15年熟成された甘い香りが漂う。


啓介が、静かに話しだした。


「ママは…なぜあの子に、おやじのペットを、あげたんだい?」


グラスの中で、氷が転がる。


恵子は、ペットをやさしく撫でる。


「だって、この子に、罪はないから…」


恵子は、グラスに口をつける。



「俺も…そうだったね」


啓介は呟いた。


恵子に、その呟きが聞こえたのか、聞こえなかったかは…


わからない。


「それに…あの子が知りたかった音は…この子から出たものよ」


恵子はもう一度トランペットを撫でると…静かに立ち上がった。


「楽器は、鳴らすもの…あたしは…」


クスッと笑うと、


恵子は、グラスの中身を飲み干し、


カウンターに置いた。


「また、歌いたくなったわ」


恵子は、ステージに向かう。


「啓介。たまには、親孝行しなさい」


啓介は、苦笑すると、立ち上がった。


「はい。母さん」


楽器ケースから、アルトサックスを取り出し、ステージに上がる。


「曲は?」


「イッツ・オンリー・ペーパー・ムーン」


誰もいない店内に、


2人のKの音が、流れた。


優しく、そして切なく…


音楽を演奏することも、思い出もいっしょ……


自分から離れると泡のように、漂い…


決して、つかむことはできない。


そして、泡は弾け、


自分の心以外には、残らない。


だけど…決して忘れない。



第一部…完。



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