大好きだ
ゆうは、明日香の手をゆっくりと離すと、
静かに、立ち上がり、
明日香に、微笑みかけた。
その姿は、
明日香には、優一を思わせた。
ゆうは、観念したかのように、明日香に背を向け、夕陽を見つめながら、
話し出した。
「確かに…俺は、優一だ。だけど、今の優一じゃない」
ゆうの淡い姿。
夕日が透ける。
明日香は、ゆうの背中を見つめ続けた。
「高校生だった…昔の優一。サッカー部で、グランドから、いつも…渡り廊下の女の子を、見ていた…優一だ」
ゆうは、歩きだした。
明日香も立ち上がり、後に続く。
2人は、渡り廊下にでた。
「いつもここから…彼女は、僕を見ていた。僕のことが、好きだったらしい。僕も…好きだった」
ゆうは、手摺りに近づいていく。
いつもの定位置。
「だけど…それが原因で、彼女は、いじめられることになった」
ゆうは、グラウンドを見た。
「意気地なしの僕は、彼女を助けることも…好きということも、できなかった」
風が吹いた。
「教育実習で、ここに来た日。気がついたら、僕はここにいた。夕方の刻だけ……昔、来たかった…この場所に…」
明日香は、ゆうの話をきいていた。
「そして、出会った…あの時の彼女に、そっくりな君に」
「ゆう…」
「はじめて、名前を呼んでくれたね。ありがとう。でも、勘違いしないで、ほしい。昔の子と、重ねた訳じゃない。純粋に、明日香を好きになった」
ゆうの体が、消えていく。
「だけど…僕は、優一の幻…彼が、去ればいなくなる。幻だけど…明日香を、心から愛してた」
「ゆう…うそ…だよね…ゆう…」
明日香の言葉に、ゆうは、首を横に振った。
悲しげに、笑顔のまま。
ゆうの淡い瞳から、涙がこぼれた。
「でも、最後に…君を助けられて、よかった」
ゆうは、グラウンドの向こうに、消えていく夕焼けを見た。
「この時間が、永遠だったら…ずっと、明日香を守りたい」
「ゆう…」
「ただ一度。ただの一度でいいから…君の音を、聴きたかった」
夕陽が沈んでいく。
「明日香。大好きだ」
ゆうは微笑みながら、明日香に向けて、手を差し出した。
涙さえ、
流れ落ちることなく、
途中で消えていく。
ゆうのすべてが、
消えていく。
手を伸ばす明日香。
ゆうの手が、近づく。
だけど、
その手は、
触れ合うことは、
二度となかった。
黄昏の時は、終わった。
夕陽は、向こうの世界に沈み、
辺りは、
夜へと変わっていく。
黄昏の中、出会った人…。
だれそれ…。
出会ったときには、
別れる運命だったのかも…しれない。
大好きな短い時。
黄昏。