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黄昏

ただの一言、


ゆうの一言が、


体と心を、締め付けた夜を終え、


明日香は、ずっと倒れ込んでいたベットから、身を起こすと、


いつもより早く、学校へと向かった。


ゆうに、言葉の理由をきかないといけない。


今日で、会えなくなる理由を。


まだ誰も来てない、学校の裏門で、ゆうを待つ。


いつも、ゆうはこっちの方向に、消えるから…。


授業が、始まるギリギリまでいたけど、


ゆうは、来なかった。


とぼとばと、自分の教室にいくと、


今日も、里美は休みだった。


心配だけど、


明日香には、どうしたらいいのか、わからない。


すべてが、どうしたらいいのか、


明日香には、わからなかった。





休み時間を使って、すべての三年の教室をまわったけど、


ゆうの姿は、見つからない。


昼休みも、ランチを食べる時間を惜しんで、


明日香は、校内を探し回った。


でも、


ゆうは見つからない。


やっぱり


放課後しか…。


体育館とは、反対にある食堂を探した帰り、


グランドの向こうに見える体育館と、


渡り廊下。


明日香は、しばらく渡り廊下を見つめ、足を止めた。


あそこでしか…ゆうには会えない。


明日香はなぜか、そう思った。


だから、もう探すのは、やめようと。


大人しく、自分の教室に戻り、時がたつのを待つ。


黄昏の刻まで。


それは、明日香にとって、運命の刻となることを、


明日香は知らない。





終業のベルとともに、急いで、渡り廊下に向おうと、


教室を飛び出し、走る明日香。


廊下の右側に並ぶ窓から、夕焼けの木漏れ日が、明日香を照らし続けた。


だけど、明日香には前しか、見えない。


渡り廊下に繋がる出入り口が、見えた。


あの向こうに、ゆうがいる。


明日香は、切なさに胸が痛んできたけど…全力で、走り抜けようとした。





渡り廊下の手前まで来て、道を塞ぐ者がいた。


高橋だ。


高橋に目もくれず、横を追い抜こうとした。


高橋は、明日香の腕を、強引に掴んだ。


「もういかせない!」


痛いほど、高橋は掴む手に、力をいれていた。


「離して下さい!」


明日香は、振り解こうとしたけど、


高橋は、離さない。


「あいつのところに、行くつもりだろ!頼む!いかないでくれ!」


高橋は、片手でポケットから、CDを取り出し、


明日香の目の前に、差し出した。


それは、チェットベイカーのシングスだった。


「これが、ほしかったんだろ!」


CDを、無理やり、押し付けられ、


明日香は、手で払いのけた。


CDが、廊下に転がる。


それを見た高橋は、思わず、


平手で、明日香を叩いた。


「きゃ!」


明日香は、軽く吹っ飛んだ。腕を掴まれているから、倒れなかったが、痛みで思わず叫んだ。


高橋はその声で、少し我に返った。


明日香と、廊下に落ちたCDを交互に見、


肩を震わせながら、叫んだ。


「どうして…わからないんだ!」


高橋の声が、廊下にこだまする。


高橋の目に、薄らと涙が浮かぶ。


「どうして、わからないだ!俺は、前から、君が、好きだった!それなのに」


高橋は、手に力を込めた。


「君は、あんな男と!ずっと、グラウンドから、君だけを見てたのに!君は…あんな男と、仲良くしやがって!」


明日香は、頬を押さえながらも、高橋を睨んだ。


「あたしが、誰と仲良くしょうと、あなたには、関係ないわ」


「好きだと、言ってるだろ!」


高橋は、明日香の腕を握り締める。


「あなたは、里美の彼氏でしょ!」


明日香の言葉に、高橋は目を丸くし、


やがて、にやっと笑った。


「彼氏?」


高橋は、顔を押さえ…大声で笑い出した。


「あんな女が、彼女の訳ないだろ!あの程度の女…ハハハハ…。ただ、君の知り合いだったから」


「だったから何よ!」


明日香は、高橋を睨んだ。


「君に近づく為に、ちょっと、仲良くしてやっただけだ!好きなのは、君だけだ!」


「最低!」


明日香の言葉を、遮るように、


高橋は、狂ったように叫び出す。


「あんな女のことは、どうでもいいんだよ!君さえ、手に入れば!」


高橋は力任せに、


明日香を押し倒した。


「最初から、こうすればよかったんだ!」


高橋は、明日香の上に乗り、


「女なんかな」


「やめて…」


どんなに、明日香があがいても、高橋はびくともしない。


明日香の両手を抑え、


高橋の顔が、


明日香に近づく。


廊下を、


夕陽が、ただ赤く染めていた。


渡り廊下の入口である校舎は、実験室とかがメインで、普段は授業があるとき以外は、人はいない…寂しい場所だった。


特に、渡り廊下と繋がっている階は、体育倉庫のようになっていた。



顔をそむけて、抵抗する明日香を、


夕日が赤く、染めた。


あまりの眩しさに、反射的に、目を細めてしまう。


その時、


風が吹いた。


風が吹くことはない、廊下に、


強い風が。


それは、明日香には、優しく、


高橋には、激しかった。


「うわあっ!」


高橋の体が、吹っ飛んだ。


明日香の上から、離れた。


明日香は、体を起こし、


夕陽の輝きに、目を細めながら、


明日香のそばに立つ、人影を見上げた。


「ああ…」


嬉しさから、言葉にならない。


高橋に、近づく男の影の中に、


明日香は包まれた。



明日香の頬に、安堵の涙が流れた。




夕日に照らされながら、


廊下に現れたゆう。


高橋に、蹴りを喰らわしたのだ。


驚く高橋が、立ち上がる前に、


ゆうは顔面に、


もう一度、蹴りをお見舞いする。


「昔は、俺も、サッカー部だったんだよ」


また吹っ飛ぶ高橋。


「この子を、傷つけるやつは許さない」



ゆうは、高橋に馬乗りになり、何度も殴った。


高橋に、もう抵抗する気はなかった。


明日香は、殴り続けるゆうを、後ろから、


抱き締めて、止めようとする。


「やめて」


明日香は、ゆうに訴えた。



ゆうは怒りで、我を忘れ、高橋を、殴り続ける。


「やめて!もう…大丈夫だから…」


明日香は後ろから、


ゆうを、ぎゅっと抱き締めた。


「お願い…」


明日香の願いに、


やっと、ゆうの動きが、止まる。


激しく肩で、息をし、


殴る手を止めたゆう。


体を押さえる力が緩まり、


高橋は慌てて、ゆうの下から這い出ると、


すぐに、走って逃げ出した。






「ありがとう」


明日香は、ゆうを抱き締め続け、


背中に、頬を押し付けながら、呟いた。



「もう大丈夫だから…ありがとう」


ゆうを抱き締めながら、明日香は何度も、囁いた。


肩で、息をするゆうの鼓動が、


だんだんと、落ち着いてくる。


ゆうの鼓動の動きを、感じる。


ゆうは、抱き締める明日香の手に、そっと


後ろから、手を置いた。


そのまま、時が止まる。


ゆっくりと、


ゆうが振り返る。


ほんの数センチ先に、


明日香の顔が、あった。


淡く、


きれいな瞳。


明日香は、吸い込まれた。


ゆっくりと、自然に、


目を閉じた。


唇が、触れる。


幸せの涙が、


明日香の頬を、流れた時…


唇の感覚が、消えていく。


明日香は、目を開けて、ゆうを見た。


唇が、離れた訳じゃなかった。


ゆうの感触が、消えていたのだ。


すべての感覚が。


明日香は、瞳のように、


淡くなっていく、ゆうを見つめた。


ゆうは、悲しげに微笑む。


その瞳の奥にある、輝きは…。




明日香の口から、


思わず、言葉が出た。


それは、自分でも、信じられない言葉。






「先生…」





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