戸惑いのメランコリック
沈む夕日の中、
明日香は、追いかけた。
ゆうが、消えたと思われる方向へ。
体育館は、閉まっていった。
明日香は、体育館に入る扉の横にある、
階段を駆け下りた。
いない。
目を外したのは、一瞬だったはず。
そんなに早く、見失うはずはない…。
明日香は、グラウンドの端を走った。
ちょうど、サッカー部の練習が、終わるところだった。
そんなことは、どうでもいい。
走り疲れ、
止まった場所。
いつも昼休みに使う…ベンチだった。
部活の終わりを告げる
チャイムが鳴る。
サッカー部もまた、片付けを始めていた。
「あれ…香月さんじゃないの?」
ボールを、片づけていた三島は、グラウンドの端を、駆け抜ける明日香の姿を見つけた。
高橋は、三島の言葉を無視して、ボールを蹴った。
ボールは、かごに入る。
「なあ、高橋。香月さんが…」
高橋は、またボールを蹴った。
激しい音を立てて、かごが倒れ、
入っていたボールが、四方八方に転がった。
「高橋!」
慌てて、後輩達が、ボールを拾いにいく。
高橋は、そんな後輩達を押しのけて、
1人、部室へと歩いていった。
明日香は、誰もいないベンチに、座り込んだ。
明日香の頬を、自然に、涙が流れた。
もう夕陽は、完全に…向こう側に沈んだ。
明日香は、ベンチにうずくまり、声をださずに、泣いた。
皮肉にも、
夕陽と交代した暗闇が、
明日香の涙を、隠してくれた。
だけど、
それは、単なる気休めにもならなかった。
学校は、休んでしまったけど…
里美は、
学校の近くの駅の踏切を、学校側からこえて、少し行ったところで、
待っていた。
高橋を。
駅をこえたところだから、他の生徒の目を余り、気にしなくていい。
明日香も、ここを通るはずがない。
少し俯きかげんに、里美はただ、待っていた。
もう30分ぐらいは、待っていた。
踏切からのなだらかな曲がり角の…電柱のそばで。
やっと、高橋が自転車で来た。
里美は、自転車の気配を感じ、顔を上げた。
高橋に、笑顔を向ける。
しかし、
高橋は、気づかないかのように、通り過ぎていく。
里美は驚き、
高橋の名を、叫んだ。
急ブレーキをかけて、高橋が止まる。
振り返って、里美を見る目が、無表情だ。
近寄ろうとした、里美の足が止まる。
「高橋君…待ってたんだけど…」
里美は、恐る恐る高橋に近づく。
「話があるの…。携帯にかけても、メールの返事も、くれないから…」
高橋は、自転車を下りることなく、里美に言う。
「もう待たなくていい。お前と、話す必要もなくなった」
「え…?」
愕然とする里美に、
高橋は、吐き捨てるように言った。
「役立たずが!」
高橋は路上に、唾を吐き捨てると、自転車をこいで、
そのまま、振り返ることなく、帰っていった。
里美は、
その場で崩れ落ちた。
「今日は来ないね…。何かあったのかな?」
阿部が、ベースのチューニングを合わせながら、心配そうに言った。
もう七時前だ。
恵子は、カウンターの上に用意してあったコーヒーカップを、眺める。
こんな時間まで、明日香が、連絡してこないなんて…
めずらしい。
少しため息をつき、恵子が、カップを下げようとした時、
電話が鳴った。
恵子は、カップをそのままにして、受話器を取った。
「ありがとうございます。ダブルケイです」
恵子の言葉が、止まる。
かけてきた相手は、明日香だった。
恵子は、受話器を持ったまま、何も話さない。
「わかったわ…」
しばらくして、恵子は頷き、
最後に、おやすみと言って、電話を切った。
泣き声で、何を言ってるのか、聞き取れなかったけど、
来れない状態であることは、理解できた。
恵子は、煙草を取り出し、火をつけると、
カウンターに残されたカップを見つめ…ため息の煙をはいた。
そして、もう一度、煙草を吸うと、
扉にある…KKのロゴに視線を移し、
ただ目を細めた。
家に、何とかたどり着いた。
見慣れた自分の、部屋の中。
ここに帰っても、落ち着かなかった。
ただの一言が、単なる一言が、
明日香の胸を、締め付けた。
ただ苦しくて、切なかった。
眠れない夜になった。
ご飯も入らなかった。
着替える力さえない。
眠れぬ夜は、
長く、感じなかった。
苦しみとともに、朝を迎えた。