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それぞれの願い

昼休みが、終わってすぐ…


いきなり、唐突に…雨が降りだした。


明日香は、教室で席に着いて、授業の準備をしてる時に、雨に気づいた。


「雨…」


外を…世界を隠すような


強い雨。


雨のカーテンは、窓から見える景色を暗くし、心にも陰を落とす。


だけど、まだ…明日香の心を、不安にはさせなかった。少し憂鬱にはなったけど…。


「止むよね…」



明日香の予想は外れ…



雨は放課後まで、降り続けた。


止む気配はなく…。



だけど、


授業が終わると、薄暗い廊下を、明日香は歩いていく。


廊下の左の窓の向こうは、雨が降り続けている


雨なんて、明日香には関係なかった。


明日香の気持ちは、渡り廊下に急いでいた。



激しい雨は、夕焼けを隠した。


息を切らせて、渡り廊下についた明日香の前で、


雨に濡れた渡り廊下が、普段とは、違う姿を見せていた。


雨に濡れ続ける…手摺り。


誰もいない…渡り廊下。


ゆうはいなかった。


ゆうがいない。


それが、


どんなに寂しいことなのか…


明日香は、立ちすくんだ。


ただの雨なのに…


廊下を、濡らすだけではなく、


明日香の心も、濡らしていた。





夕焼けがない夕方。









傘をさしながら、正門で待つ里美。


次々に、帰っていく生徒達を、見送る里美の顔はどこか暗い。


「ごめん。お待たせ」


高橋が、ゆっくりと歩いてやって来た。


里美の顔が、笑顔になる。


「あたしも今、来たところだから」


笑顔の里美を、一度見ただけで…高橋は、周りを見回し、誰を探す。


「高橋くん?」


訝しげに、里美は高橋を見た。


高橋は、里美の表情なんて気にしない。


「あれ?香月くんは?」


高橋の言葉に、里美の表情が曇る。


「え?…明日香は、いないけど…。今日から、高橋くんと一緒に帰るから…」


里美の言葉に、今度は、高橋の表情が、変わる。


「いつものところか…」


高橋は振り返り、学校内を睨んだ。


「高橋くん?」


高橋は、拳を握り締めながらも、


作った笑顔を、里美に向けた。


「あっ、ごめん。いこうか」


2人は、歩きだした。


高橋はもう…校内を、振り返ることはなかったけど、


里美を、見ることもなかった。


ただ前方を、睨みながら、駅までの道を歩いた。


「今日は、自転車じゃないんだ…」


里美の言葉も、高橋には、聞こえない。


何かを考え込んでいる。


「高橋君…?」


里美の質問から、しばらくしてから…高橋は徐に、口を開いた。


「あ…。雨が、降るかもしれないから、家の近くの駅に、置いてきたんだ」


そして、また無言に戻る。


駅に近づく。


踏切が、閉まっていた。


2人は足を止め、


通り過ぎる電車を、ただ見送っていた。


踏切が上がる瞬間、


高橋は、口を開いた。


「里美…」


高橋は、里美の方を向いて、里美を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「今度デートしょう」







KKでの練習を終えて、


明日香は、まっすぐに家に帰った。


かばんを置くというより、落とす。


そのまま、ベットに倒れ込んだ。


ベットに体が、めり込む感覚が、包まれているようで、


少し安心する。


ゆうに会えなかった日。


何かあったのか…心配だ。


たった一日だけど…


心配。


そして、淋しい。


部屋の外から、母親の声が聞こえた。


ごはんの用意が、できたみたい。


返事をし、部屋をでようとしたら、


唐突に、携帯が鳴った。



里美からだった。


「明日香…」


少し声のトーンが、おかしい。


「どうしたの?」


心配気に、明日香がきいた。


ゆっくりと、里美は話しだした。


今日…高橋といっしょに帰り、カフェでお茶したことを。


「よかったじゃない!」


「うん…」


あまり、うれしそうじゃない里美。


しばらく…間があった。


里美の息遣いだけが、聞こえる。


明日香はただ、それを黙って聞いていた。



「明日香…」


蚊の鳴くような声で、


里美は、話し出した。


「高橋君と…デートの約束したんだけど…」


「よかったじゃない!」


また、


しばらく、声が聞こえなくなる。


里美の息遣いだけが、さっきより、大きく聞こえてくる。


「さ、里美?」


明日香には、里美が電話越しで、泣いてるように思えた。


「明日香。日曜日なんだけど……あいてる?」


「え?あいてるけど…どうして?」


「高橋くんが…はじめてだから…明日香も呼んで、4人で遊びにいこうって。サッカー部の子も、連れてくるって…」


「え?それって…」


「来て…お願いだから…」


里美はそう言うと、電話を切った。



明日香は、里美の切羽詰まったような口調に、


何か、おかしいなものを感じていた。



里美のことを、気に掛けながら、


いつのまにか、明日香は、眠りについていた。




目覚めた朝は、快晴だった。


部屋の窓を開け、朝の日差しをいっぱい浴びて、明日香は大きく、背伸びをした。


「とにかく!里美に会おう」


家を飛び出た明日香は、


いつのルートで、学校へと向かった。


学校に着いた明日香は、


教室に、先に来ていた里美を見つけ、


明るく駆け寄る。


「おはよう!里美」


里美は、明日香を見ると、


すぐに視線を外し、


「おはよう…」


一応、挨拶はするけど…明日香の横を、擦り抜け、


里美は、教室をでていった。


そして、


授業が始まるまで…教室に、戻って来なかった。



休み時間。


明日香がどれだけ、声をかけようとしても、


里美は、すぐに教室を出て、どこかに消えていく。


そんな二人の様子を、遠くから、ニヤニヤ笑いながら、見ている麻理亜たち。


明日香が顔を向けると、麻理亜以外は、顔を背けるけど、


麻理亜だけは、明日香をじっと睨み続けた。


何も言わずに。





誰も、休憩時間内は来ない…視聴覚室のある校舎。


里美は、廊下の壁にもたれながら、


胸を押さえていた。


張り裂けそうな程、痛い。


どうしょうもないくらい、胸が痛む。


痛みが、


嫉妬や、憎しみにならないように、


1人…


薄暗い廊下で、押さえていた。


明日香は、悪くないのに。


何度も、


そう言い聞かせても、痛みは、激しさを増す。


張り裂けそう。


ごめん、明日香。


ごめん、明日香。


でも、


「もお…」


里美は、廊下に崩れ落ちた。


「抑えられないよう」




放課後になった。


今日は、雨が邪魔しない。


綺麗に輝く夕焼けを、背にして、


ゆうはいた。


手摺りから離れ、渡り廊下の真ん中で、無邪気な笑顔を浮かべ、


明日香を迎えた。


息を切らしながら、明日香は、渡り廊下に来た。


嫌な事も、心配事も、忘れられる。


いや、忘れさせてくれる場所。


ほんの一時じゃない。


この時間は…。


だから、


この黄昏に、溺れたい。


先程までの心配と、疑問と、遣る瀬なさの間にある…


この幸せな夕暮れの時間を、


大事にしたい。



明日香は、ゆうのそばに駆け寄る。


「やあ」


ゆうのやさしい笑顔。


ほっと、心が癒される。


明日香は、ゆうを見つめ、


少し照れたように、すぐに視線をグランドに向け、


手摺りへと歩いていく。


「昨日、いなかったね…。どうしたの?」


明日香の瞳に映るグランドも、心に入らない。


明日香は、ゆうの答えを待つ。


「ああ…。雨は、苦手なんだ…」


ゆうは、明日香の隣の手摺りに手をかけ、憂いをおびた笑顔を、


明日香に向けた。


「来てくれたんだね…。ごめん…」


明日香は、首を横に降った。


「いいの…理由が、あったんだったら…。それに…今日は、いてくれたし…」


明日香は、手摺りにもたれた。


「ただ…。もう…会えないんじゃないかと…心配しただけ…」


ゆうは、夕陽に照らされた明日香の横顔を、見つめた。


ゆうは明日香から、ゆっくりと視線を外すと、呟いた。


「まだ…会えるよ…」


それは、とても小さな声で、悲しいトーンをしていた。


ゆうの小さな呟きは、


明日香には、聞こえなかった。




「あたし…音楽やってるの」


明日香は、ゆうを見ないで、強い口調で言った。


「音楽?」


「うん…」


明日香は、こくりと頷いた。


「あんまり…興味ないかな?」


心配気に、明日香はちらっと、ゆうの方を見た。


「あるよ。音楽は、好きだ」


ゆうの言葉に、明日香は笑顔になる。


「本当に?」


ゆうは、頷き、


「どんな音楽を、やってるの?」


明日香は、手摺りから体を離し、ゆうに体を向けた。


「ジャズ!トランペットをやってるの!ジャズって…マニアックかな?」


「ジャズは聴くよ。ボーカルだけど……確か、トランペットもよかった」


「誰を聴くの?」


「安藤理恵」


ゆうの言葉に、明日香は驚いた。


「安藤理恵!」


思わず、声を荒げた。


「聴いたことがないの!聴いてみたい!」


KKで名前が出た時、聴きたいと思ったけど、


恵子からは、何となく借りにくかった。


「聴いてみたいの?」


「うん」


「明日…土曜日だけど…。何とかして、渡すよ。夕方までは、いないからね」


「明日…土曜日か…」


明後日は、日曜日。


日曜日のことは、言えなかった。


悪いことをするようで、胸が痛んだ。




甘く、切ない時間は短い。


もう時間だ。


校内に、部活の終了を告げるチャイムが響く。


「じゃあ。またね」


その言葉を言うのが、明日香には辛かった。


本当は、


いっしょに帰ろう…と、言いたかった。


言ってほしい。


あたしに、言ってほしい。



「またね」


でも、


優しい笑顔を、浮かべながら、去っていくゆうを、


明日香は、手を振って、見送りながら…


自分の思いを、しまい込んだ。


ゆうとは、


帰る方向がちがう。


自分のわがままを、押しつけてはいけない。


時間があるとき、


自分が、ゆうの方向に遠回りしょう。


あたしが合わそう。


ダブルケイの練習がないときにでも。







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