婚約者にベタベタする馴れ馴れしい従妹。公爵令嬢は強かに演技をする。幸せになる為に。
レティシア・アルメイド公爵令嬢はそれはもう、美しき金髪碧眼の令嬢である。
彼女には、1年前に婚約を結んだテリュース・キルディス公爵令息と言う、黒髪碧眼の美男な婚約者がいた。
歳は同い年、共に18歳、二か月後に王立学園の卒業を控えていて、卒業したら結婚する事になっていた。
テリュースは学園でも優しくて、レティシアは共にお昼を食べたり、放課後勉学に励んだりして幸せだった。
それがである。先日、領地から出て来たと言うテリュースの従妹。アリアンテ・ラントス伯爵令嬢。
彼女がやたらとテリュースにベタベタしてくるのだ。
「テリュースお兄様ぁ。アリアンテ寂しいーー。お昼、ご一緒していいかしら。」
レティシアは嫌だった。二人きりで食堂でいつも楽しく食べているお昼。
それを先日出て来たこの従妹はやたら一緒に食べたがるのだ。
従妹だからテリュースも邪険に出来ないようで、
「ああ、アリアンテ。学園でも君の面倒を叔母上から見るように言われている。
一緒に食べよう。」
「嬉しいわぁ。」
テリュースの隣に座るアリアンテ。
金髪でエメラルド色の瞳が大きい子供っぽい令嬢だ。
「テリュースお兄様に会えて嬉しい。お兄様って呼んでいるの。だって、私にとってテリュースはお兄様のような人ですもの。でも…テリュースお兄様は私の事…きゃっ。
こんなに私、可愛いのですもの。きっと妹以上に思って下さっているわ。」
レティシアはうんざりした。なんて失礼な令嬢だろう。
婚約者であるレティシアの前で。
テリュースは慌てたように、
「アリアンテは妹みたいな存在だ。以上と言う事はないよ。」
「そうなの。もう、照れ屋な所がとても私は好き。」
腕に抱き着くアリアンテ。
アリアンテはちらりとレティシアを見つめながら、
「テリュースお兄様、王都を案内して下さらない?私、色々と見て回りたい。」
「ああ、確かに案内してやらないとな。」
「嬉しいーー。」
レティシアはイラついた。
実はレティシア、公爵令嬢なのだが、母が後妻で、身分の低い女だった。
その連れ子がレティシア。
だから育ちが悪かったのだ。
公爵家に来た時は先妻の娘で姉である2歳年上のマーガレットの物を貪欲にも欲しがった。
本当に公爵家に来るまでは貧乏だったのだ。
だから、姉が羨ましかった。
綺麗なドレスを沢山持って、豪華な部屋に住み、本当の貴族のマーガレット。
銀の髪が美しくその透けるようなエメラルドの瞳。品のある公爵令嬢たる容姿である姉。
金髪碧眼でありながら、そばかすがあって、容姿に自信が無かったレティシアにとって羨ましくて羨ましくて。
だから、我がままばかり言って姉を困らせた。
「お姉様のドレスが欲しいの。この間作ったドレス。綺麗な空色の。ねぇ、私に頂戴。」
姉のマーガレットは困ったように、
「これはわたくしが第二王子殿下との夜会に着ていくために作ったドレスなの。
だから、上げる訳にはいかないの。でも、レティシア。お父様にレティシアの為に素敵なドレスを仕立てて貰うようにお願いするから。」
「嫌、そのドレスがいいの。」
美しい姉になりたかった。生粋の貴族である公爵令嬢にレティシアはなりたかったのだ。
マーガレットはレティシアを抱き締めてくれた。
「ごめんなさい。このドレスだけは譲れないわ。可愛いレティシア。そうだわ。
わたくしの部屋にいらっしゃい。綺麗にお化粧してあげるから。」
「お化粧?」
「そうよ。貴方は公爵家の令嬢になったの。アルメイド公爵令嬢にふさわしい令嬢にならないといけないわ。」
マーガレットにお化粧して貰った。
そばかすを隠して、髪をメイドに手伝って貰って自らレティシアの髪を巻いてくれた。
「ほら、見違えたでしょう。」
「まるで私ではないみたい…」
マーガレットは、自分のお下がりだけどと言って、綺麗な桃色のドレスを着せてくれて。
「今度、貴方の為に新しいドレスをお父様に頼んで作って貰うから。ね?」
「ええ、このドレスも綺麗…有難うございます。お姉様。」
優しい姉だった。
平民であったレティシアを馬鹿にすることは無く、妹として接してくれた。
レティシアは時には我儘を言って色々とおねだりして。
姉にとって手のかかる妹だっただろうに、マーガレットは叶えられる事は叶えてくれた。
母はと言うと、姉に対して遠慮があるようだった。
それはそうだ。公爵家を継ぐのは正式な血を引く姉であるマーガレットである。
父が死ねば、いずれは追い出されてしまう立場だ。
だから、マーガレットには遠慮があったのだ。
レティシアはいずれ結婚して出て行く立場である。
だから我儘放題だったのだけれども。
その姉は結婚して、第二王子が我が公爵家を継ぐので二人して父の元で領地経営の勉強をしている。
王都には母と二人で今いるレティシア。
家と家が決めたこの婚約。
それでも美しく優しいテリュースが好きだった。
会った途端に恋に落ちた。
レティシアはアリアンテが来るまで幸せだったのに。
アリアンテに負けてたまるものですか。
姉に公爵令嬢としてのマナーを習って大分、淑女らしくなったレティシア。
元々は育ちが悪いが、思いっきりテリュースの前で淑女の猫を被りまくっていたのだ。
品の良い公爵令嬢として、ずっとテリュースの前で振る舞って来た。
偽者ではない。いつか姉のような品のある本物の公爵令嬢になるの。
愛するテリュース様のいずれは伴侶として、公爵夫人として輝くのよ。
それが、レティシアの強い願い。でも…
猫を脱ぎ捨てる時が来た。女は強かでなくてはいけないのだ。
アリアンテなどにテリュースを渡してなるものか。
レティシアは立ち上がった。
テリュースが馬車に乗って、アリアンテと共に帰ろうとする。
彼女はキルディス公爵家に滞在しているという情報を聞いた。
それだけでも許せない。
一緒に夜ご飯を食べているの?屋敷では何をしているの?
嫉妬でイライラする。
レティシアは馬車の前で待ち構え、二人に向かってにっこり微笑む。
テリュースに向かって、
「テリュース様。貴方様はわたくしと、アリアンテ様とどちらが大事と思っておりますの?」
テリュースは困ったように、
「君は婚約者として大切な人だ。アリアンテは身内として大事にしている。比べる事なんて出来ない。」
「そうですの。一緒のお屋敷で暮らしているそうね。」
「それはそうだ。従妹なのだから、我が公爵家で面倒をみる必要がある。」
「この国の法律ではいとこ同士でも結婚出来るのですわ。これは不貞を疑いたくなりますわね。」
アリアンテはテリュースにべったりくっついて。
「不貞だなんて。テリュースお兄様は気の毒に。本当の気持ちが私にあるのにも関わらず、家同士の婚約だからって、私を諦めて。でもレティシア様。真実の愛は私との間にあるのよ。」
テリュースは慌てて否定する。
「アリアンテは妹のような存在だが…」
「でも、アリアンテ様は言っておりますわ。真実の愛が…あああ、結婚する前に不貞を働かれて、わたくしは…悲しすぎます。テリュース様を愛していたのに。」
涙をポロポロと流すレティシア。(目薬の仕込みはばっちりだ)
テリュースはオロオロとしながら、
「私は不貞を働いてはいない。解った。不貞を疑うのなら、アリアンテは別の親戚の屋敷に預ける事にする。」
アリアンテがぷうううううと頬を膨らませて。
「えええっ?真実の愛を諦めてしまうの?テリュースお兄様。アリアンテを見捨てるのっ?」
「見捨てる訳ではない。不貞を疑われたら、我が公爵家として、不味いだろう。」
レティシアは涙を流しながら、
「貴方はわたくしの事を愛してはいないのですか?わたくしは、貴方の事を政略といえども愛しております。貴方となら、良い家庭を築けると信じておりましたのに。あんまりですわ。」
ハンカチを顔に押し当て、シクシクと泣けば、テリュースは慌てたように、レティシアの肩に手を置いて、
「泣かないでおくれ。レティシア。私とて、レティシアの事を愛している。この1年間、共に王立学園で過ごした日々は幸せで。君以外に結婚を考えられない。」
「でしたら、お願いです。わたくしを不安にさせないで。わたくしは貴方の不貞を疑いたくありません。わたくしは貴方を信じたいのです。」
「解った。」
テリュースはアリアンテの方を向き、
「我が国ではいとこ同士の結婚が許されている。確かに不貞を疑われても仕方がない。だから、アリアンテは他の家に明日から移って貰おう。」
アリアンテも泣き叫ぶ。
「お兄様っ。テリュースお兄様。アリアンテを見捨てないで。」
「私が大事なのはレティシアだ。レティシアを不安にさせる訳にはいかないのだ。」
思いっきりアリアンテに睨まれるレティシア。
翌日からアリアンテは他の家に預けられる事になったとテリュースから聞いて、ほっと胸を撫で降ろす。
しかし、お昼に突進してくるのは変わらなくて。
「テリュースお兄様。お昼ご飯一緒に食べましょう。」
ベタベタとテリュースの隣に座るアリアンテ。
レティシアはテリュースに訴える。
「わたくし、この女の顔を見るだけで、心が苦しいのです。愛する貴方が取られるのではないかと。不安で不安で。」
「レティシア。私の想いは君だけしかありえない。すまないがアリアンテ。学園で私とベタベタするのはやめてくれないか?」
アリアンテは怒りまくって、
「こんな女っ。ふさわしくない。私の方が余程ふさわしいわ。元々平民じゃないっ。」
レティシアは毅然と、
「今はアルメイド公爵令嬢ですわ。わたくし。わたくしを蔑むなんて、あまりにも酷い。お父様に報告させて頂きますわ。」
テリュースがレティシアに、
「すまない。従妹が。君の目に入らないように、勿論、私の傍にも来ないようにするから、アルメイド公爵へ報告しないでくれないか?」
「解りましたわ。」
レティシアを睨みつけて、アリアンテはその場を去った。
とりあえずホッとする。
しかし、アリアンテが卒業パーティ当日、あのような行動に出るとは思わなかった。
しばらく平穏な日々が続き、テリュースと愛を深めていった。
レティシアは幸せだった。
卒業パーティが終わった後に、籍を入れる事になっていて。
レティシアは楽しみにしていたのだが。
卒業パーティの当日、ドレスアップをして、髪を巻き、王立学園の門で馬車を降りる。
今日は領地から両親と、姉が別の馬車で来てくれて、卒業パーティと、結婚の籍入れに立ち合ってくれることになっている。
テリュースは用事があると言って、少し遅れるとの事だった。
エスコートされて会場入りしたかったのに仕方がないわ。
馬車を降りた途端、アリアンテが、レティシアを睨みつけていて。
「お前なんて、うんと恥をかけばいいんだわ。」
思いっきりレティシアに向かって、バケツに入った泥水をぶっかけたのだ。
「アハハハハ。下賤な貴方にはお似合いよ。アハハハハハ。」
学園の警備員が走ってきてアリアンテを拘束する。
「離してよ。悪女に制裁を加えたんだからーー。」
レティシアは泣きたくなった。
後、1時間でパーティは始まる。急いで戻って着替えて来る時間はないのだ。
濡れた髪はどうする?
汚れたドレスはどうする?
その時、別の馬車で来た姉と、両親が駆けつけてきて、
姉のマーガレットが真っ青な顔で、
「どうしたの?レティシア。」
「泥水をひっかけられて…あの女に。」
学園の警備員に拘束されているアリアンテ。
マーガレットがアリアンテの前に行き、扇を手に持ち、バシっとその頬を殴りつけた。
「結婚発表と言うこの大事な日に我が妹に害をなすとは、ラントス伯爵家には相応の慰謝料を請求させて頂きますわ。勿論、キルディス公爵家にも苦情を入れさせて頂きます。」
父であるアルメイド公爵もアリアンテを睨みつけて、
「伯爵家に払いきれますかな…」
アリアンテは喚きたてる。
「伯父様と伯母様、愛するテリュース兄様が、キルディス公爵家が守ってくれるわ。」
その時、テリュースの両親であるキルディス公爵夫妻が馬車から降りて来て、
事情を聞いたキルディス公爵が慌てて、謝罪する。
「我が姪が迷惑をかけて申し訳ないっ。」
キルディス公爵夫人もアリアンテの頬を扇でバシバシバシっと三度殴りつけ、更にとどめに一発殴りつけた。
驚いた警備員達が手を離したので、アリアンテは地に転がる。
「妹の子だからと甘くしてきましたが、もう勘弁出来ないわ。貴方は修道院へ一生入って貰います。伯爵家も無事ではすまないでしょう。アルメイド公爵家に害をなしたのですよ。なんて恐ろしい。アルメイド公爵家を本気で怒らせたら…我が公爵家も無事ではすまないというのに。」
アリアンテは真っ赤な頬で、いたぁいと泣いていたが、その言葉に真っ青になり、
「一生修道院なんて嫌よ。そんな伯母様。」
キルディス公爵夫人は警備兵に命じる。
「自分の家が潰れるかもしれないのに、心配もしないなんて。なんて馬鹿な子。本当に恥さらしだわ。さっさと連れて行って頂戴。後で、我が公爵家から迎えをよこすわ。それまで拘束をお願いね。」
「いやぁーーー。テリュース様っ、助けてぇーー。私は悪くないのぉー。いやーー。」
見苦しく喚くアリアンテ。警備兵達に連れていかれる。
キルディス公爵夫妻は、レティシア達に謝って来たが、ともかく時間がない。
レティシアは姉に向かって、
「もうすぐパーティが始まるわ。わたくし、どうしたら…」
「わたくしのドレスを着なさい。髪はすぐにセットしてあげるから。さぁ、行きましょう。」
母のアルメイド公爵夫人も、
「あの、わたくしに手伝える事は…」
マーガレットはテキパキと指示をする。
「着替えを手伝って下さらない?義母様。さぁ、レティシア。」
マーガレットのグリーンのドレスに着替えて、マーガレットはレティシアの髪をセットしてくれた。
遠い昔を思い出す。
姉に初めて髪を巻いて貰ったあの頃を。
なんて良い姉を持ったのだろう。
そして、いざとなったらなんて強い。心から姉の事を尊敬した。
「お姉様。有難うございます。わたくしは駄目ね。あそこまで強く出られなかった。本物の公爵令嬢になりたかったわ。」
「貴方はよく頑張ったわ。わたくしにとって、大事な妹。そして立派な公爵令嬢よ。
さぁ、自信を持って貴方の花を咲かせてらっしゃい。」
会場では後から遅れてやってきたテリュースが待っていてくれて。
「すまなかった。アリアンテは辺境にある修道院へ入れて二度と君の目にはふれさせない。我が公爵家のプライドにかけて。今日の謝罪は日を改めて、我が公爵家からも慰謝料を払おう。」
「二度とアリアンテがわたくしの目にふれなければ、それでよいのです。有難うございます。テリュース様。」
卒業生の皆に、結婚を発表する。
皆、祝福してくれた。
未熟な所はあるけれども、もっともっと努力して、テリュース様にふさわしい、お姉様のような公爵令息夫人になりたい。
そう、わたくしは今日からキルディス公爵令息夫人。キルディス公爵家の一員なのだわ。
わたくしは絶対に幸せになってみせる。
テリュースにエスコートされ、皆に祝福されて、本当に幸せな卒業パーティを過ごすレティシアであった。
アリアンテは後に修道院へ送られ、二度と、レティシアの前に現れる事は無かった。
テリュースと結婚したレティシアは、後に品のある美しい公爵夫人として皆に知れ渡り、テリュースに愛されて男の子を産み、幸せに過ごしたという。