表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

9・就寝

 夜が更けてくる。


 セレルはそろそろ休ませてもらおうと、「健全な成長のために早めに寝ます」と二階へ上がっていくミリムを追いかけた。


「ミリム、あの、私はどこで寝れば──」


 ミリムは振り返ると、無言でセレルの後ろを指さす。


 振り返ると同時に、手を引かれた。


 ロラッドがいる。


 顔色が悪く、セレルの手を両手で握ったままうつむき、その場にしゃがんだ。


 セレルは不安になり、一緒にかがんで、手に力をこめた。


「発作?」


 ロラッド静かに頷く。


 セレルは祈るような気持ちでうつむき、包んだてのひらに意識を集中させた。


 一方で、心は揺らいでいる。


 緋の英雄と呼ばれるほどの剣士が、突然、人格が変わったように危害を加えてくる可能性を想像すると、恐ろしかった。


「本当に、治まるんだな」


 顔を上げると、ロラッドは少し表情を緩めていた。


 しかし発作の兆候がおさまったとしても、ロラッドが自分を暴走させるものを胸の奥に飼っていることに、変わりはない。


 無力感にうちひしがれ、セレルの手が震えた。


「だけど私は、ロラッドの呪いを解けなかった……」


 ロラッドを励ましたいはずなのに、実際には自分のほうが弱気になっている気がして、セレルは自信なく顔を伏せた。


「セレル。だいじょうぶだ。いいこと思いついたから」


 セレルははっとして、顔を上げる。


「なにか方法があるの?」


「うん。おいで」


 ロラッドはセレルの手を引いて、近くにある部屋のドアを開き、使ってもいいと言われている空き部屋の中に入ろうとする。


 突然の流れに、セレルは戸惑った。


「えっ、あ、あの、待って。この部屋に、なにかあるの?」


「来て」


「え? どうして?」


「一緒に寝れば、怖くないだろ」


 セレルは目を見開き、そのまま固まる。


 大真面目なのか、からかわれているのか、どうすればいいのかいいのかわからず、辺りを見回すと、無表情のミリムがこちらを見ていた。


「私に遠慮なさらず、ご自由に」


「ちっ……違うよ、ミリム! そんな、その、色々違う!」


 セレルが普段は血色の悪い顔をまっ赤にさせて否定すると、ロラッドは機嫌よさそうにほほ笑んだ。


「だいじょうぶだって」


「な……なにが?」


「俺、胸の奥がつっかえて苦しいんだよ。なんか食い込んでいる感じがして……毎晩寝苦しいし」


「弱者という武器を使うのは反則だと思う……!」


「俺が呪いで苦しむのと、セレルが俺と一緒にいるの……どっちがいいと思う?」


「不自由な二択も反則だと思う……!」


「大真面目だから、よくよく考えて」


「あっ、わかった! 私のことからかってるんでしょ!」


 二階のやり取りが聞こえたのか、荒々しい音を立てながら、カーシェスが階段を駆けあがってくる。


「おい! お前ら! いちゃつくの禁止だ! ミリムに卑猥なものを見せるな!」


 やってきたカーシェスに対し、セレルがむきになって否定する。


「見せてない!」


「嘘つけ! おいロラッド!」


 カーシェスは挑むようにロラッドを指さす。


「俺の目の黒いうちは、その小娘と一緒に寝るなんてふしだらなこと、絶対に許さんからな!」


「そうか? ミリムとカーシェスも含めて、みんなで寝たらいいじゃないか」


 唐突な提案だったため、カーシェスはすぐに意味がわからず、顔をしかめる。


「な、なに……?」


「お泊まり会だよ。娘と楽しく枕投げをしたり、秘密の話をしたりしながら、いつの間にか眠っているあれだ」


 カーシェスの目が、みるみるうちに輝きはじめる。

 理解したらしい。


「それは……それはいい……すごくいいじゃあないか!」


 ロラッドの一言で、簡単に誘導されたカーシェスは、喜々とした足取りでミリムに駆け寄る。


「ミリム。みんなで寝よう! お泊まり会だぞ! 楽しいぞ!」


「嫌です。男女が同じ部屋で寝るなど破廉恥です」


「破廉恥じゃない! セレルもいる!」


「父上、そろそろ子離れしてください。セレルも、優しいだけではいいように利用されるということくらい、念頭においておいた方がいいですよ。もしよろしければ、今夜は私と寝ませんか。女人専用です」


「ね、寝る!」


 助かった、とばかりに、セレルはロラッドの手をすり抜けて、ミリムの方へと駆け寄る。


「ロラッド、呼んでくれればすぐ行くから! じゃあ、また明日!」


 セレルはミリムの部屋へ駆け込んでいくと、ミリムが扉を閉める前に、冷酷に父を諭している声が聞こえた。


「いいですか、父上。愛娘の寝顔を見ようと侵入すれば、木の棒でおしりを折檻しますよ」


「ミリム……パパ切ないんだけど」


「もし娘がかわいいのなら、私にそんなことをさせないでくださいね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ